第8話 殺人鬼の証明

 ともかく、仕事は果たした。次にやるべきことがあるとすれば、言う通り、それは師匠の援護でしょう。

 闇討ちするつもりで俺は廃墟へと潜った。


「返してもらおうか。解体殺人の資料を」


 巴さんも神父と接触して間もない様子。

 一階の大広間で、二人は向かい合っていた。廃墟の中はがらんどう。かつてそこが、どんな店だったか示すものは何もない。むき出しの電気ケーブルに、大きくひび割れた壁面。棚やテーブルなんかは全部取り払われて、身を隠す場所はほとんどなかった。部屋と部屋を間切っている壁へと体を沿わせ、俺は呼吸を落ち着かせる。神父までの距離ざっと十メートル。闇討ちするにはちと距離が遠い。

 俺はどんなチャンスでも見逃すまいと、身をかがめて隙を伺う。準備は万端だ。


「いいや、それはお前との殺し合いの後だ! それくらい、付き合えよ」


 洲本ではなく、神父でもなく、殺人鬼。そして本当の名前は西浄断彩。

 口調は変わっていたし、明らかに雰囲気が違った。

 殺し合いを愉しむ殺人鬼。イメージ通りの立ち居振る舞い。記録でしか見た事のない殺人鬼は、如何にも異常者というような振る舞いだった。


「なんせ二十年ぶりの復活だ。お前は殺せなかったんだよ。螺旋! この俺を、西浄断彩を殺せなかった! 人質を殺してやってもいいぜ? お前がどうしても戦わないというのならな!」


 それを聞いて、肩を落とす。まるで、期待外れだというように、巴さんは呆れてしまった。


「らしくない。らしくないとは思っていたが、お前のは三流だな」


 模倣? 模倣とは何のことだろう。

 そう思ったのは、西浄も同じ。口を開けたまま、首を傾げる。


「なにを、言っている! お前は、お前は!」


「なんだ? 言ってみろ。正直がっかりしたぜ?」


 その言葉に、怒った西浄は、どこからともなく黒い日本刀を出現させる。

 そして、その動作と共に、螺旋巴へ斬りかかった。

 師匠は回避行動すら行わない。黒き刀身は、直撃のコンマ五秒前に突如動きを止め、中空で停止する。西浄は必死に刀を振り下ろそうとしているが、それは無意味だった。

 おそらくは、時間魔術の応用。男の挙動をタイマーでストップさせるような要領で止めてみせた。

 苦虫を噛む西浄。それを師匠は嘲笑する。


「あぁ、やはりそうか。お前は弱体化しているわけでもない。西浄断彩は確かに死んだのだから、復活という事象はあり得ない。ならば、答えは一つ」


 一旦間合いをとった西浄は、舌打ちをする。


「おい、テンカワ。いるんだろ? 出てきていいぞ」


 マジかよ。

 西浄から目を離さずに、師匠は廃墟に響くような声でそう言った。言われてしまえば、出てくるしかあるまい。

 警戒しながらも、師匠の元へ駆け寄る。途中、神父の横を通り過ぎて。


「どういうことですか」


 こっちは闇討ちする気満々だったのに。


「その様子だと、紬希が上手くやったんだろ? 流石は俺の娘」


「ま、まぁ」


紬希つむぎも大きくなったな~ホント。性格は紡稀つむぎと似ていないけれども」


「は?」


「失敬、こちらの話だ」


 なんですか、別の話の伏線ですかそうですか。回収される日は来るのかな。


「んなことより、どうして呼んだんです!」


 相手は二十年前の殺人鬼なんでしょう? 横を通ったときなんてビリビリするような悪寒がしたのに!


「ああ、その答えがまだだった。あれはね、テンカワ。西浄断彩ではないのだよ。つまり、二十年前に戦った殺人鬼でもない。危険性はないってことさ」


「何を言う! 俺は、西浄! 西浄断彩だ!」


 巴さんは冷笑する。


「いやぁ、そんな事言わねぇと思うぜ、アイツは」


「お前に、お前に何が分かる!」


「分かるとも。俺はアイツの、最高の理解者であり、最高に理解できなかった人間だ」


「なに………?」


「俺と西浄はよく似ていた。死に希望を持っていたという点では同義の存在だ。それくらい、本物なら知っているはずだが?」


「いや、違う。俺は、俺はあの場所で、二百人以上を殺した異常者だ……」


 何やら言動がおかしい。動揺しているのか?


「では答えを言ってやろう。お前がそうまでして認めたくないのなら、今を生きている人間が存在を否定してやろう」

 

 すうと一呼吸。覚悟を決めるように間を置いて、巴さんはついにその正体を告げる。


「お前はあの事件の際、殺人鬼に殺された幾人もの魂。その残骸だ」


「…………は?」


 殺人鬼ではない。目の前にいるのはその被害者だと、巴さんは言った。意味が分からない。どうしてその結論に至ったのか、まだ理解できない。

 鋼戸地下街天井崩落事故。またの名を解体殺人。二百余名が犠牲になった殺人事件。表向きは天井崩落事故という事で死者が公表され、地下街は魔術師によって後から爆破された。


 魔術師によって作り上げられた、新人類の模倣。殺人鬼はそういう存在だった。地下にいた、もれなく全員が平等に殺された事件を公にはできない。それは何故か。一般市民が怪異という存在を知るきっかけとなるからだ。


 一体それに、どんなデメリットがあるのか、俺には分からない。首ねじれ事件の後、螺旋巴に魔術を教わった俺は、こんな便利なもの公表してしまった方がいいとまで思った。けれど、それはいけない事だ。なんでも、社会が超常を認知してしまえば、世界が崩壊するとか。魔術による技術のインフレ、それによる失業者続出とか、魔術を軍事転用した新兵器の登場とか、そういうのではないらしい。


 世界が知れば、人類は崩壊する。

 純粋な水が汚染され、浄化できなくなるまで淀むように、世界が歪む。

 故に、魔術師達は怪異や魔術といった超常現象を必要最低限の人間にしか教えない。教えられない。

 解体殺人と呼ばれる殺戮が、天井崩落事故にすり替えられたのはそんな理由。


 いや、そうか。そういうことか。


 あれから既に二十年。殺人鬼がいたという事実を知るのは魔術師の中でも数少ない。長年この土地に住んでいる魔術師でもなければ知り得ない情報だ。

 その情報を、洲本神父は知っていた。

 確かに、辻褄は合う。


 三桁に及ぶ人間が、あっという間に殺戮される。ズタズタに、バラバラに、みな平等に。事件が発生してから、一帯が封鎖されたため、地下街は密室と化した。魔術師が隠蔽のためにそうせざるを得なかった。けれど、そういう場所は怪異にとって格好の力場となる。


 自殺スポットが、心霊スポットとして有名なのと同じ。

 他にも墓地。墓地は元より死者を弔う場所であるが、死者の遺骨が密集する場所であるから、心霊スポットになる。

 死者が多い場所や、死者そのものが眠る場所は、古よりだった。

 解体殺人の現場だって、例外じゃない。一気に沢山の人が亡くなったのだから、怪異が発生しても何ら不思議じゃない。しかもそこでは殺人鬼が異能力を使い暴走したというじゃないか。カマキリ男のように、怪物と化した男によって、殺された。怪異は怪異を呼ぶ。爆弾が誘発してドカンと大爆発するように、事故現場は怪異の吹きだまりとしてブーストされた。


 今になって、今だからこそ、怪異がそこから生まれたとしてもおかしくない。むしろ自然なことだ。

 人々があの事故を忘れ去り、弔う気持ちを忘れた時、それは教訓だというように、生まれ出た。

 それが、洲本神父の正体。

 西浄断彩という殺人鬼ではなく、あの殺戮で死んでいった被害者の魂の集合体。つまり、亡霊。


 となれば、怪異である洲本神父が、師匠に接触を図ったのも、簡単なこと。

 師匠、螺旋巴は二十年前、その事件に深く関わった。当事者と言っても過言ではない。その事件の鎮圧し、高校生でありながら、西浄断彩を殺した男。

 この街に住む、唯一の目撃者。解体殺人の最後の証人。

 あの血と臓物で溢れた地獄を、この人はその目に焼き付けていたのだから。


「らしくないんだよ。西浄断彩なら、とっくに俺の家族を殺してた。アイツは俺の目の前で愛する人を殺すのが趣味だったが、生き返ったとなれば、真っ先に報復してくることだろう。以前のように、人質は取らずに、脅しもせずにブチ殺すだろう。俺の大事な家族をな。ぬかったな、洲本神父。バリエーションに富んだいくつもの方法で殺されてきたお前達でも、たとえ二百人分の殺された記憶でも、殺人鬼は模倣できんということだ」


 亡霊として蘇ったのはいい。

 しかし、何故師匠に接触をする? 関係者だから、襲ってくるのは妥当だろうと思ったけれど、数行前にそんな思考を巡らせていたけれど、やっぱり動機が見えてこない。

 師匠を襲って特をすることは何だ? 

 その前に新興宗教の話を整理すべきか?


 洲本神父は彩色心裡教会の神父だったわけだけれど、教祖ではなかった。絶対的な権限を有していなかった。教会を支配していなかったのだから、今回の件に宗教は関係ないと思える。

 いや、それだと春風秋冬から持ち込まれた話の意味が分からなくなる。

 ここ最近になって、突如として入信を始めた被害者家族。彼らがこぞって入信する理由が、洲本神父が原因であることは確かだ。人を惑わすようなお香を本部で焚いていたのもこの人と見て間違いない。

 だが、被害者家族を集める理由、それは何だ?

 どうして今になって、そんな事をする?


「お前のやりたかった事、当ててやろう。つまりはさ、解体殺人の公表だろう?」


「――――そうか」


 被害者家族を集めたのは、情報収集。鋼戸天井崩落事故という、偽装された事件を詳しく調べるための布石。亡霊とはいえ、あの事件の全容を把握しているとは思えない。なんだって情報は必要だ。神父にとって、被害者家族は全員血縁者みたいなものでもあったけれど、格好の情報元だった。

 現に、こうして秋冬から相談を受けた俺が、彼女を巴さんの元に連れて行って、教会本部へと足を運ぶ流れとなったわけだし。

 螺旋巴が二十年分老いていたとしても、彼を正確に記憶していたのなら、事件に関わった魔術師だと気がついたのなら、詳細を知ったこの段階で強硬手段に及んだのも理解できる。

 

 事件現場に立ち寄った、螺旋巴を、死者達はきっと見たことだろう。

 怪異のホットスポットとなっていた現場に足を運んだ彼を。

 血にまみれた地下道を歩くその様を。


 神父は岩座守を襲っただけじゃない。資料室へ侵入し、解体殺人の資料を盗んだ。目的が事件の公表ならば、納得のいく行為だ。

 巴さんの家族を拉致したのは、その最終段階。当事者であった彼から、事の全てを知るためだとすれば――――。


「だが、お前は少し模倣しすぎた。再現しすぎたために、本来の目的を失っている。殺人鬼の模倣をするのなら、殺人鬼でなくてはならない」


 巴さんは、黒に染まった日本刀を見て言う。

 神父の呼吸は荒れていて、極度の興奮状態で、顔はまるで、戦いを愉しむように嗤っていた。


「ソう、か。貴方はそこまで、リ解していたか! 螺旋巴!」


 衝動を抑え込むように、苦しんでいる。体からはどっと汗が噴き出していて、今にもおかしくなりそうだ。


「最後に一つ、教えてやる。西浄はな、俺のことを螺旋とも、螺旋巴とも言わねぇよ。青咲あおざきって呼ぶんだ」

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