第7話 座標:0118.028.049.067=RUINS

 赤石あかし市。

 鋼戸こうべ市のすぐ隣に位置するこの街は、ベッドタウンとして爆発的な人口増加を成し遂げた。人口の数では鋼戸に劣っているものの、人口密度で言えばこちらが上なのではなかろうか。俺にそういう知識なんてありませんから、実際の所は分かりませんが。


 児童の医療費無償化制度など、子供向けの政策を多く打ち出した結果、ガキで賑やかな街であることに間違いはない。

 遊びに行くなら鋼戸! 暮らすのなら赤石! ってなかんじだ。

 

 師匠の自宅は、赤石にある。街の最寄り駅から徒歩で半時間という、微妙にアクセスしにくい立地だが、タワーマンションの最上階に居を構えていた。

 数時間前まで、俺が呑気に奥さんと呑気にお茶会をしていた場所だ。そのまま滞在していれば、洲本神父にご家族を拉致られる事もなかったかもしれない。

 でも、無理か。洲本神父が解体殺人の犯人だったというのなら、師匠が殺し損ねた西浄断彩だと言うのなら、俺はあっという間にバラバラにされていたことだろう。岩座守が黒い日本刀ですっぱりと斬られたように。


 二百余名の人々を、地下街で殺戮したような超人など、手に余る。これは師匠の領分だろう。かつて相対した経験があるのなら、尚のこと。向こうも螺旋巴との決着を望んでいるようだし、俺はこうして、車を運転することしかできない。今回の仕事は、殺人鬼の元まで送り届ける事だ。


 しかし不思議なのは、何故今になって殺人鬼が活動を再開したのかということ。とんでもない再生力を持っているとは聞いていたけれど、一度殺したはずの人間が復活するなんてあり得ない。それこそ吸血鬼でもなければ不可能だろう。

 無理矢理由付けを行うのであれば、死んだはずの肉体が、とっくに焼却されて灰になったはずの肉体が、二十年という歳月を経て復活したというところだろうか。プラナリアもびっくりの再生力ではあるが。

 洲本神父と最初にあったあの日、巴さんは不思議な事を口にしていた。


『一度どこかで会いましたか?』


 巴さんがただの記憶違いとかで、そんな事を言うはずがない。買いかぶりすぎだと、師匠は言うかもしれないけれど、螺旋巴はそういう男だ。

 記憶違いでなければ、それはなんだ。


『―――かつて殺した、殺人鬼の香りがしたから。かな』


 師匠は確かにそう言った。

 つまりそういうことだ。考える間もなく、そういうことだ。

 俺たちは、とんでもないヤツを相手にしようとしているのかもしれない。


 魔術による、位置情報特定。洲本神父の座標は正確に機能していた。

 俺は、それこそ自動車学校の教官みたいに、右折だ左折だという声に合わせてハンドルを回し、三十分もしないうちに座標に追いついた。

 神父がいた場所、そこは殺人鬼が根城にするにはぴったりの場所。


 旧ショッピングモール跡地。といっても、数十年前に潰れたコンクリート製の建物であり、ショッピングモールらしさは跡形もなく、色あせている。

 今にも崩れそうな廃墟をそう呼称できたのは、巴さんが教えてくれたからだ。

 なんでも、殺人鬼とは因縁浅からぬ場所だという。いや、そんな場所、さっさと潰してしまえよ。不気味で仕方ねーや。

 ここもまた、アクセスのしにくい場所である。徒歩ならば、駅から小一時間かかるだろう。車で来ても十五分くらいか? ショッピングモールであるならば、もっと立地の良い場所を選ぶはずだが………それが廃墟と化した一因なのだろうか。


 と言っても、その規模は小さい。建物は天井高めの二階建てであり、駐車場(だった場所)の面積がバカみたいに広かった。とても駐車した全員を収容できるとは思えない。当初は月極駐車場としても使うつもりだったのだろうか。車を侵入できなくするような、チェーンの柵もないものだから、不法駐車の車も何台かあった。その一台は、洲本神父のものだろう。

 俺たちも廃墟に侵入する上で、ここに停めるのだから、不法駐車云々の話はできないが。


「ここ、俺の土地なんだがね」


「は?」


「色々あったんだよ、今は税金を支払うだけで使う事もないのだが、思い入れもあるんでな」


「殺人鬼との因縁が思い出でしたか」


「いや、違うし。そんな男に見える?」


「残念ながら見えますよ」


 死の衝動でしたっけ。奥さんからもお墨付きですよ。


「――――初恋の相手と色々あったんだ」


「わお。青い頃の巴さんですか! それは聞きたいですね」


「実際に青かったからなぁ、前の名前は青咲あおざきだったし」

 

 なんだ? それじゃあ昔は青咲巴だったの? 似合わねー名前だな。


「師匠って婿養子?」


「違う違う。俺にも色々あるんだよ。そんなに気になるなら、『魔法使いと吸血鬼』を読め」


「…………唐突なメタ発言はやめましょうよ。俺たちにそういうのは似合いませんって」


「は。まぁそうだわな」


 緊張感のない二人である。家族が拉致されてんのにどんな心境だよ。

 でも本当に落ち着いているな…………まるで危険性は皆無だという風に。

 焦る様子もなく、ゆっくりと廃墟へ進む。


「しかし、どうしてご家族を狙ったんでしょう」


「そりゃ、俺に対する復讐なんじゃねーの」


 やる気なく、けだるげに言う。


「それだけですか? なんというか、神父の目的が分かりません。新興宗教の話と関係ありますか、これ」


「ふーん、お前もまだ三流だな」


「なんですか、分かっているんですか」


「なんとなくだけどな。神父と話したら決定的になるだろう」


 入り口は、入り口らしさの欠片もない。おそらくは前面ガラス窓だったりしたのだろう。その部分が全部なくなっていて、侵入は容易だ。入り口にはガムの吐き捨てた後や、空き缶が転がっている。コンクリートの壁面も、スプレー缶やらで落書きされた跡ばかりだ。すごい治安が悪い。…………こんな場所があれば、不良たちは格好のたまり場にするのはどこの街だって同じか。


「テンカワ。お前は裏口から回れ。まだ万が一という場合がある。救助は任せていいか」


「了解です」


 武装はいつも通りナイフのみ。めっちゃ心もとない。

 得物を構える俺を見て、巴さんは苦笑する。


「彼が西浄断彩なら、銃だろうが無意味だよ。けど、安心しろ。そうはならない」


「そっすか」


 隠していた鞘に納刀すると、裏口へと走った。


「気をつけてくださいよ! 師匠!」


「お前もな」


 ◆


 人質はすぐに見つかった。というか、俺がいなくとも脱出できたっぽい。


「バカなはんにんです! まったく!」


 堂々と裏口から出てきたところで、ばったり出会ったからである。


「え、ええ。俺の立場…………」


「ごくろう、ごくろう!」


 なんて、娘さんから腹を叩かれる始末。

 どうやら師匠、有事に備え、小学生なりたての娘に魔術を教えていたらしい。縄で縛られようが、手錠をかけられようが、関係なし。そんな拘束は意味を成さなかったらしい。


つ、紬希ちゃん…………流石だね」


 螺旋らせん紬希つむぎ。巴さんの娘さんである。まだ小学一年生のはずだけど、殺人鬼から逃げ出すなんてどんな技量の持ち主だよ。俺には到底真似できないと思う。

 後ろには蒼さんの姿もある。疲労の顔すら見せず、異常もなさそうだ。


「ご苦労さま。天河くん。でも、脱出できちゃった」


「おそろしや、この家族…………」


「娘に助けられちゃったわ。よくできた子でしょ?」


「どうやって逃げたんすか」


「ふつうに手錠を消滅させました」


「消滅⁉」


 と、紬希ちゃん。そんな軽々しく言うけれど、物質の消滅なんて簡単に行えないよ⁉ やはり予想の斜め上を行く魔術を行使した模様。


「時間魔術の応用よ。手錠をすさまじいスピードで劣化させ、破壊したの。巴くんも似たような技、よく使っているんじゃない? あれは螺旋の十八番おはこだからね。私には使えないけれど、紬希には素養があったみたい」


 ああ、あのワケわからんテレポート攻撃の事か? 瞬間移動したように見えていたのは、時を止めて攻撃していたってことね。いやいやすげーな師匠。世界に干渉するような大技じゃねぇか。そういう魔術は魔力消費が激しくて連発できないって教えてくれましたが、どうやってるわけ? 


 魔力というのは有り体に言えば生命エネルギーみたいなもの。随時体内で生成されるけど、魔力をずっと保存しておく事は難しい。バケツに溜まった水は、いずれ溢れ出るように、限界がある。生成量や保存量にも個人差があって、グラス一杯分の人もいれば、貯水槽くらいまで生成し、溜め込める人もいる。


 巴さんは、その量が少ない部類で、時止めみたいな大技は一日一回、しかも数秒が限界のはずだけど…………あの人連発するときは何十回と使っていた気が…………何か裏技でもあるのだろうか。


 それに類似した大技を、簡単にやってのける紬希ちゃんも紬希ちゃんだ。小学生だよね、本当に?

 素養があるってレベルじゃないよ、大物だよ、天才だよ。

 というか、師匠が使う魔術を時間魔術と呼ぶだなんて始めて聞きました。岩座守は知っているのかな。


「どうしよう、俺の役目なくなった…………」


「ごくろうごくろう!」


 ぽんぽん腹を叩くな。


「巴くんの所に戻ったら?」


「いや、しかし相手は殺人鬼ですよ?」


 蒼さんは、不思議そうに首を傾げた。


「え? そうなの?」


「ちがうよ、あのひとはシンプだよ!」


「いや、それは知ってる」


 紬希ちゃんは不機嫌になった。あちゃー、嫌われたかな。


「西浄断彩ですよ。あの西浄!」


「うん? そんな気配はなかったけれど。巴くん、確かにそう言った?」


 不思議そうに首を傾げる。


「言ってましたとも」


「ふぅん。まぁ、大丈夫じゃないかな。こっそり援護くらいしてあげたら? 弟子として頑張ってね」


 なんて、肩を叩いて駐車場の方へ行ってしまった。


「なんなんだ螺旋ファミリー…………」


 あんたら拉致られたんだぜ? どうしてそう平然としていられるんだよ。

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