第6話 災禍再臨
あてもなく、洲本神父を探すのは面倒くさい。
教会本部へ向かって居場所を聞くのも一つの手段ではあるが、そこは魔術師らしく、魔術という万能にすがろう。岩座守も、ただ斬られたわけじゃない。彼は意地でも逃がすまいと、神父の毛髪を引きちぎっていた。
背後から襲われた瞬間、黒い得物に気づいた瞬間。迎撃しようと身構えて、咄嗟に腕を掴んだ瞬間に、腕に生えた短い毛を、引きちぎった。
本人は反撃する気でいたのだから、それは偶然引き起こった事だけど、事態を早々に収束させるためのカードになった。
「いやぁ、握っていてよかったッス!」
「咄嗟の判断とはいえ、よくやった。あの血みどろの中から探す手間が省けたってものだ」
サスペンスドラマではよくある話。もみ合いになった際、爪で相手を引っ掻いて、指先に犯人の皮脂を残すのと同じ。
小学一年生の名探偵もよく言うだろう? あなたの爪を鑑定すれば――――。ってヤツ。魔術師もそういう事ができる。今回は犯人捜しではなく、犯人を追うために使うわけだが。
ローテーブルに展開された赤い魔法陣。中心には媒介となる薄毛が置かれているわけだが、なんとも貧相な見た目である。凝視してやっと見えるような毛に魔法陣が展開されているのだから。
巴さんが煙草に火をつける。喫煙するためではなく、儀式に用いるのだ。なんでも、煙草のフィルターに付着した唾液から、魔力が発生し、その巴さんの魔力が洲本神父と同調して居場所を明かすらしい。
いやぁ、よくわからん。
怪異の専門家ではあるけれど、魔術に関してはからっきしだ。岩座守はその辺熟知しているみたいだけれど、俺にはてんで分からない。覚えている魔術は初歩の初歩。結界の展開とか、魔弾っていう魔力の塊を弾丸みたいに発射する技くらいだ。呪詛返しは体質なので、技とはいえないし。
「よし分かった」
呪文やらなんやらは必要なかったらしい。赤い魔法陣に置いた煙草を咥えると、儀式は成立したようだ。今、師匠の頭の中で洲本神父の位置情報がはっきりと分かるらしい。
だが、俺や岩座守が安堵したのは束の間。
目を開き、瞳孔を開き、師匠は怒りを露わにする。
「天河。一緒に来い」
コツコツコツと杖を突きながら、出口へ進む。
幽志朗と岩座守は、覇気に怯えたように黙り込む。
かくいう俺も、息を吞みつつ頷いて、後を追った。
「幽志朗、鷹彦の事は任せたからな」
◆
いつもの黒いセダンへ乗り込もうとキーでロックを解除する。が。
「待て、今日はこっちだ」
「――――シルビア?」
ガレージに安置されているもう一台の車。シルバーのクーペ。シルビアS15。この時代において、俺よりも年上のレトロマシンである。一応車検は通っているようだし、そこらの問題は大丈夫そうだ。ただ、博物館でずっと眠っていましたという雰囲気で、ボンネットには分厚い埃を被っている。
普段は使わない、古い車。巴さんは何故かそちらをチョイスした。運転しろと命令した。
「どうしてこの車を」
「気分なんだ」
一体どういう気分なんでしょうか。懐かしみ?
ともかくともかく、仕方なく。俺は運転する車を変えるため、キーを取って戻ると早速運転席に座る。ふむ、やはり最新鋭の黒セダンとは居心地が違う。俺だって懐かしさを感じてしまうぜ。
巴さんは運転できないから、助手席で静かに発進を待っているのだが、今までにないくらいの緊張感。自動車学校の教官を横に乗せているような気分になりつつ、やたら丁重に発進する。
車が赤信号で停止したところで、禍々しく、恐ろしい殺気を纏った師匠はようやく口を開いた。
「俺の家族に手を出しやがった」
舌打ちしつつ、車内喫煙を開始する。
「喫煙、いいんですか?」
喫煙車は買い取り価格が下がりますからね。
「この車はいいんだ。前のオーナーも吸ってたし」
「あぁ」
煙草が吸いたかったからシルビアを選んだんですか。なんちゅう理由だよ。
古い車だったから、MTかと思っていたけれどATだった。AT限定の免許しか持たないのだから、MTじゃなくてよかったぜ。まぁ、師匠も俺の持つ免許の事は知っているだろうけど。
車はちょっと五月蠅い。排気音がこれぞスポーツカーってかんじだし、車内はガタガタ揺れる。各種ペダルの踏み具合も大分心配だ。
マシン自体が寿命をとっくにオーバーしているからなのか、それとも最初からそういう仕様なのか。新車の状態を扱った頃のない俺にとっては、わからないことだけど。慣れれば問題ないが、いつも運転していた車を変えるというのは変な気分だ。
「――――いや、それより! ご家族がどうしたと⁉」
旧車のレビューなんてしている場合じゃないじゃねーか! と、内心で叱責しつつ。車に乗って最初に口にした言葉を問い直す。
「位置情報を割り出したのはよかったのだが、その座標が自宅ときた」
「つまりなんです? 神父は奥さんや娘さんを――――――」
そんな不穏な質問をしたもんだから、巴さんはすぐに電話をかけた。奥さんか、娘さんのスマホに。
俺は余計な事を言ったと反省しつつ、黙って車を発進させる。
待つことなく、電話は繋がった。
「俺d」
俺だの「だ」を言うまでもなく、巴さんは口を止めた。電話の相手から応答があったからである。
嫁ではなく、子でもなく、出たのは神父だったわけだが。
スピーカーにしているワケでもないが、神父の声は隣に座る俺にもよく聞こえる。
「久しぶりだな、螺旋」
「洲本神父―――随分と大きな博打に出たものだな」
巴さんから会話相手の名前が出るまで、誰なのか分からなかった。それほどに洲本神父の声音は若々しく、快活だった。温厚で、柔和な神父はどこへやら。快男児のように、まるで数十年ほど若返ったようなその声。
「いいや、俺は洲本神父じゃねぇ。分かっているんじゃないのか? そう。そうさ! 俺はお前がかつて殺した、殺したと思っていた相手! つまり…………」
「
男の自己紹介に割り込んで、巴さんはその名前を口にする。
それは、かつて解体殺人を引き起こした殺人鬼の名前。精神超越し、覚醒し、殺人し、殺戮に至った愚か者の名前。
「ヒヒ! よく分かっているじゃないかァ! そう、俺はこの時代に蘇った! また、あの日の続きをしよう! レースをしよう! さっさと俺を捕まえてみろ!」
ブツン。
電話は一方的に切られた。
「急ぐぞ、テンカワ」
そう言う巴さんは、どうしてか笑っていた。
◆
「こんにちは~! 愛する琥珀の登場ですよ! 七楽さーん。ん? んん? …………ギャアアアアアアア!」
巴や七楽と入れ違いになった花鳥琥珀は、廊下の惨状を見て奇声を上げた。悲鳴ではなく、奇声。品のない叫び声である。
いや、叫び声に品とかどうとかって、おかしいかな。
廊下をモップで掃除していた東条幽志朗(つまり僕)が、彼女に気づいて振り返る。
「うん。いいリアクションだね」
血みどろの廊下で、僕は爽やかに汗をきらめかせた。
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