第3話 ビルの中の礼拝堂

 調べるのならガッツリと。

 どうせなら、本拠地へ。

 俺は巴さんと岩座守の三人で、彩色心裡教会の本拠地、鋼戸彩色大礼拝堂へ向かった。


 鋼戸彩色大礼拝堂。近年建造された、彩色心裡教会の建物の一つ。信者からの援助、いわゆる献金で建造されたこの礼拝堂は、築五年。本当に最近建造されたばかりだった。

 外観は単なるビルで、入り口の表札を見なければそこが新興宗教の施設であることには気づけない。偏見だが、新興宗教の建物は外観からしてぶっ飛んでいるものが多いと思っていたけれど、彩色心裡教会に至っては普通らしい。

神を崇めているのか? と不思議なくらい、礼拝堂とは呼べぬ外観。


 古きよき、西洋風の建築でもなく、仏教の祈祷場である寺院のような雰囲気もない、ただのビル。高さ八階建ての建物が、鋼戸の駅前から少し離れたオフィス街の一角で静かに佇んでいる。

 イレギュラーではありません。カルト宗教ではありません。

 そう訴えるように、静かに。


「違和感がない。それが違和感」


 巴さんはそう言って笑った。

 こじつけがましいが、我々魔術師、もとい怪異の専門家はそういう違和感を突き詰めていくもの。彩色心裡教会は、この一点で既に異質だと言えるのかもしれない。

 宗教らしさがない。神を崇めてなどいないと言うように。こじつけは、立派な違和感へと様変わり。


「でもこれ、献金で作られたんですよね~? 相当お金持ち?」


 と、隣から花鳥の声。


「なんでお前まで――――」


 と言っても、とっくに無駄だろう。花鳥琥珀は、事務所で一人ぼっちになるのが嫌だからと、後部座席へ乗り込んでいた。いや、そこで帰宅してくれればよかったのだが。

 巴さんは、その行動を注意すらしなかった。むしろ良い経験。校外学習みたいなノリで彼女を同伴させている。


「お金持ちの団体? いやいや、詐欺師かもしれない」

 

 岩座守に運転を任せ、車からビルを眺める師匠の顔はなんだかつまらなさそうだ。


「鷹彦。近くの駐車場で待機していてくれ。花鳥、お前もな」


「え……えぇ、マジすか」


 岩座守は心底嫌そうな顔をした。


「俺はテンカワと礼拝堂へ入る。帰ってくるまで待機だ」


「ちぇ。了解ッス」


 何か企てているように黙り込んだ花鳥に、一瞥する。


「余計な事するなよ。尾行してきたらお前の数珠、返してもらうからな」


 これくらい言わないと聞かない。

 花鳥はしょんぼり肩を落とした。


「岩座守としりとりでもしてろ」


「はーーい…………」


 ◆


 巴さんと二人、エントランスへ入る。

 目の前には受付嬢が二人、満面の笑みで立っていた。突然の来客にも最高のもてなしを、ってか? なんか不気味。


「こんにちは」


 三十代半ばの受付嬢が綺麗なお辞儀と共に挨拶をする。

 巴さんは余所行きの顔で微笑んだ。


「こんにちは。春風さんのご両親から紹介を受けまして。是非とも一度、ご享受していただきたいのですが――――受付などはこちらでよかったでしょうか?」


 女は一瞬考えた後、「少々お待ちください」と、カウンターの固定電話に耳を預けた。それほど待たずして、話相手は応答し、何言か交わした後、受話器を置く。


「担当の者が参りますので、あちらでお待ちください」


 指された方にはふかふかのソファ。巴さんは「ありがとう」と、それはそれは爽やかに告げると、そそくさとソファに腰掛けた。


「いいんですか? 春風さんの名前を使って」


「問題ない。受付嬢がイチイチ信者の名前を把握しているわけなかろう。高額献金者じゃあるまいし。名前を出して怪しさを打ち消しただけだ」


「そんなものですか」


 同じようにソファへ座り、エントランスを見渡す。

 これといっておかしなモノはなにもない。天井から吊されたテレビに、映像が流れていたが、それもごくごく普通の地上波。この宗教はこういう教えを説いています。だとか、こういう慈善活動をしています。とか、そういうプロモーションビデオは流れていない。エントランスはテレビの音が支配していて、俺たちの対応を終えた受付嬢二人も、暇そうな面持ちでテレビの方を見ていた。


 なにも変なところはない。

 館内には甘ったるい匂いが充満しているが、芳香剤の類いだろうか? 良い香りだ。心が落ち着く。

 と、深呼吸する俺の肩を巴さんは止めた。


「な、なんです?」


「あまり吸うな。テンカワには無害かもしれんが、これは立派な毒だ」

 

 耳打ちするように、小さな声で巴さんは言った。


「じゃ、じゃあ」


「確定したよ。やはりここは普通じゃない」


 ◆


「初めまして。わたくし、色彩心裡教会で神父をやっております、洲本です。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 数分後、俺たちの前に現われた黒服。五十代くらいの男性だ。

 胸元には平和の象徴であるピースマークをあしらったネックレスがある。けれどそれは、どこか歪で、俺の知っている形とは違うものだった。この宗教のシンボルマークのようなものだろうか。街中で見る分にはただのアクセサリーだが、こうして見ると不気味である。


「どうも。倉井戸くらいど香夜きょうやと申します」


 などと、巴さんは偽名を使って自己紹介した。まるで躊躇いがなく、偽名が偽名であるとは、誰も思わないほど清々と。

 一瞬の戸惑いあれど、俺は黙って二人を見つめる。


「そちらの方は?」


「私の身辺補助をしてくれている海上寺かいじょうじです。私の体、色々と障害がありまして。ま、執事――のようなものですよ」


 これからは海上寺と名乗れと、アイコンタクト。


「初めまして、海上寺です」


 神父を握手を交わす。


「それでは、行きましょうか」


 と、神父はすぐに背中を向けた。


「どこに行くのでしょうか? お恥ずかしい話、私は宗教とは無縁でして………天井崩落事故のお話を聞いて、訪ねさせていただいたのですが」


「おや、貴方もあの事故の―――ご家族ですか?」


「えぇ。恋人を亡くしましてね」


 つらつらと、巴さんはありもしない人間を作り上げ、自らの経験が如く吐露する。それはそれは、深い傷を負った被害者のように。


「――――そうでしたか。お辛い思いをされましたね」


 神父は師匠の左手薬指をちらと見た後、微笑んだ。


「こちらでは、被害者家族様の供養もしております。勿論、当教会が迎えるのはそういった事故の被害者様だけではありませんが、事故関係者の方々は我々の教えに共感される方が多いようです」


 その後、各フロアを巡る。

 といっても、これといって不審な点はなかった。宗教の経理諸々を管理する、事務フロア。ビルでありながらも、お参りができるように整えられた礼拝堂。三階にもおよぶ、展示フロア。信者数百名を収容できる、まごころ会館。市が運営する図書館とも負けず劣らずの図書資料館。

 洲本神父の説明を受けながら、それらをぐるりと巡る。


「素晴らしい施設ですね」


 師匠は笑ってこそいたが、目が死んでいた。

 だが、これといっておかしな点はない。ごくごくありふれた新興宗教といった雰囲気だった。巴さんが言う、毒の話を除いて。

 全てを見終わって、一階ロビーへと腰掛ける。神父も無理な布教などはせず、パンフレットを渡すに留まった。


「入信の際はご連絡を。手続きはいつでも可能ですので」


 洲本神父はそう微笑み、立ち上がった。

 俺と巴さんも、ここが引き際だと席を立つ。


「大変参考になりました。本日はありがとうございました」


 巴さんは礼儀正しく礼をする。

 神父もそれに応じて深々と頭を下げた。

 そして、去り際に一言。巴さんはこう言った。


「洲本神父。最後に一つだけ――――私たち、一度どこかでお会いしましたか?」


 そんな言葉を。

 神父は少し目を丸くしたあと、微笑んだ。


「いえ。そんなことはないかと」


「そうですか」


 巴さんの瞳は、神父ではなく、他の何かを捉えてそう言った。二人は向き合って、目を合わせているはずなのに、不思議なことに、俺はそう思ったのだ。


 ◆


 施設を出て、岩座守達の待機するセダンへと戻る道中。巴さんは首を傾げる。


「おかしいな」


「なにがです? 黒なんでしょ?」


「あぁ。そこに間違いはないよ。証拠と呼べるものを掴んだワケじゃないけど、あそこは“何か”の巣窟だ」


「証拠ならありましたよね? あの甘い香り」


「それな、確かにそうだ。あれは人を寄せ付ける効能を持つ、お香の一種だろう。だが、それだけでは打点に欠ける。何が怪しいのか、アレの何が、どう危険なのか。俺たちはそういうものに気づくことすらできなかった」


「お香を破壊しちまえばよかったのでは。製造者を探します?」


「無駄だろうな。あの系統の香なら、テンカワにでも簡単に作れるものだ。犯人捜しをしたところで、少なくとも大元が判明しないと」


「安直ですけど、教祖……みたいな人が魔術師である可能性は?」


「うーん……ありそうだし前例もあるが、今はなんとも。施設内にいた人間も全員が善意で行動しているし、金銭の巻き上げや、倫理観の欠けた奇行に走っているわけでもない…………しかし、崩落事故の被害者家族が集まるってのはどういう寸法だ?」


「色んな偶然が重なっただけ――とか?」


 もしくは、俺たちの考えすぎという線もある。

 怪異など、最初から関与していない。あのお香の危険性も、一般に流通している製品がなんらかの理由を経て魔術的意味合いを帯びてしまったのかもしれない。あれは、この天河七楽でさえ、簡単に用意できるものだと師匠は言った。なら、偶然に偶然が重なって奇跡的に魔術として作用した。というケースも考えられる。

 師匠はその可能性を汲み取って大きな行動に出なかったのだろう。


「首謀者…………犯人のいない陰謀…………既にソイツが死んでいるとなると気づけない…………呪い…………」


 質問には答えないまま、ブツブツと推理している。


「そういえば、巴さん。洲本さんとはお知り合いで?」


「いや、今日初めて会った」


「じゃあ、何故あんな質問を?」


「――――かつて殺した、殺人鬼の香りがしたから。かな」


 頭に疑問符を浮かべるが、巴さんは一人ブツブツと街道を進む。

 俺は黙ってその後を追うのだった。

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