第2話 再聴取

「というわけで、お連れしました」

 

 こういう話は、巴さんの前で語り明かす方がいい。

 春風秋冬は俺の職種を知っていなかったが、探偵ということで今まで誤魔化していた。彼女が怪しい宗教の話を持ち出したのはそれが理由だったわけだ。だが実際、俺が知っているのは天井崩落事故の別称のみ。詳しい事は一切知らない。巴さんに聞かされた話だけが知識だった。怪異が絡んでいる事件だとは思えないけれど、湧き出した違和感のようなものをどうにかするには、プロに話をするのが手っ取り早いと思った。そう、俺よりも経歴のあるプロに。


 春風秋冬は事務所の前へ来た際、デザイン事務所? と、噛み合わない話にそこはかとなく胡散臭さを感じていたようだが、巴さんの立ち居振る舞いを見るなり、何か疑問は解消された様子。むしろ安心したような面持ちになった。

 突然の来客に慌てて淹れた、花鳥の紅茶がローテーブルに置かれる。それと同時に、巴さんは沈黙を破った。


「テンカワの姉の友人――――ということでいいのかな?」


「テンカワ?」


 あまかわですよ? と首を傾げる秋冬さん。


「あぁ、そこは気にしないで。俺のあだ名だよ、単なるあだ名」


「そうなんだ」


 巴さんの質問に、秋冬は頷く。


「では、聞かせていただけますか?」


「はい」


 そうして、彼女は語り始めた。

 怪しい宗教、彩色心裡教会の話を。今はまだ、危険性はないが、両親が宗教にのめり込んでいる事、そして信者の大半が鋼戸地下街天井崩落事故の被害者であるということを。

 ソファに座る巴さんと俺の他に、岩座守は壁にもたれながら耳を傾けていたり、花鳥は俺の真後ろに密着するようにして傍聴していた。

 秋冬の話す内容は、レストランで語った話とほぼ同じ。何も新しい話はなかった。


「ふむ――――かいた、違う。天井崩落事故の被害者家族ですか。確かにそれは気になりますね」


 解体殺人って言いかけたよこの人。危ない危ない。背後で岩座守の目がまん丸になってる。


「そうなんです………なんだかそれが不気味で…………それ以上、変な話はないんですけれど」


「私も変だとは思いますけどね。被害者家族がこぞって同じ宗教に入信するなんて。被害者団体じゃあるまいし」


「で、ですよね!」


「しかしその理由が見当たらない――――分かりました。私も調べてみましょう」


「でも、螺旋さんってデザイン会社の社長さんなのですよね?」


 秋冬は、テーブルに置かれた名刺に目をやる。それはかつて、「首ねじれ事件」の際に俺に渡してきたものと同じだった。巴さんの、いわゆる表向きの職業で、彼女もその点を疑問に思っていた。俺もその回答にどんなものを用意するのかと思っていたが――――。


「デザイン会社の社長兼探偵です」


 キリッとした顔でそう答えるもんだから、俺と岩座守は堪えられなくなって爆笑した。それはそれは腹の底から。


「よし、君たち減給だ」


 しかし、爽やかな笑みでそう言われては黙るしかない。ただでさえ歩合制なのに、そこからまた引かれるとなるとたまったもんじゃないぜ。


「あの、着手金とか、あります?」


「ありませんよそんなもの。私が勝手に調べて、勝手に解決するだけですから」


 嘘である。きっとこの宗教がよからぬ事をしていれば、いいカモだと嗤うことだろう。


「そして勝手に金を巻き上げ――――る!」

 

 余計な一言を漏らす俺に、師匠は無言でアイアンクロー。


「テンカワ。嘘か本当かは君の頭で判断するといい。俺は一度、で人を殺したぞ?」


「ごめんなさい! もう言いません!」


 その様子を見て、秋冬はくすりと笑う。まるで、弟の成長を喜ぶように。


「いい職場に巡り会えたんだね、七楽っち」


「――――どこがですか」


 巴さんの右手を払って、ふんと息を吐く。

 その様子を見ても、秋冬さんは嬉しそうなままだった。


 ◆


「で、実の所はどうお考えで?」


 秋冬が帰った後、煙をふかす巴さんに尋ねる。


「黒ッス」


「黒だな」


 何故か岩座守からも回答が飛んできた。


「しかし何故に?」


「岩座守。教えてやれ」


 怠そうに、岩座守の方へ手を振る。


「はい。直感ッス!」


 岩座守は真面目な顔でそう答えた。


「俺も同じだ、テンカワ」


「え、えぇ…………」


「宗教が怪しいというより、宗教に被害者が集まるのがおかしい。なんというか、そこが一番の違和感だ」


「では、宗教自体はカルトではないと?」


「そうは言わない。俺たちが目をつけるべきは後者であるという話」


「ふーん…………」


「まぁ、調べる価値はあるだろう。まさか、今更解体殺人の調べ直す羽目になるとは思ってもいなかったけど」


「巴さんはその事件に関わっていたんですか? というか解体殺人ってなに?」


 窮屈なんだが。なんでそんなにくっつくの? 対面のソファに座って? ね?

 巴さんは花鳥の質問に、横目で答える。


「ああ、花鳥にその話はまだしてなかったっけ。解体殺人っていうのは鋼戸地下街天井崩落事故の、本当の名前だよ」


「えっと、駅前の地下道、その天井が崩落して沢山の人が死んだ事件。ですよね?」


 腫れ物に触るみたいに、彼女は言った。


「そう。今も地下道があった場所には慰霊碑もあるくらいの大事故だ。だが、実際は違う。天井の崩落よりも凄惨な地獄だったよ、あれは」


「まさか、崩落事故は殺人事件の隠蔽ってことですか?」


 その問いに、は。と笑って、煙草の先を花鳥に向ける。


「察しがいいじゃないか。そうだよ、その通り。あの事故は事故なんかじゃない、事件であり、たった一人の人間が引き起こした殺人事件だ」


「そんな軽々しく教えてしまっていいんスか?」

 

 岩座守が不満そうにこぼした。


「あぁ。花鳥はもう二度と、からは抜け出せないしな」


「それなら俺も一緒だったんスけどね」


 どうやら岩座守は長い間解体殺人の話をひた隠しにされていたらしい。一番弟子でもあるから、俺や花鳥にカミングアウトするスピードが異様に早くて不満だったのだろう。


「まぁそう言うな鷹彦。俺だって師としての立ち振る舞いには四苦八苦してんだよ」


「まぁいいッスよ。ジェラシー感じてるだけッスから」


 なんだそれ? 岩座守ちゃん可愛いとこあるじゃない。

 口にしたら年齢差関係なく殴られそうだったので言うのはやめました。


「ともかく。この一件、調べるぞテンカワ」


「はい」

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