第10話 二編の悪夢

シンクタンクは投資工学研究所、資産運用研究所と社会システム研究所及び投資教育研究所の四研究所から成り、順番通りに彼の苦手とする理数系の要素が色濃かったが、彼は資産運用研究所に配属された。


CFPと証券アナリストの保有者は、支店でこそ珍しかったが、彼の知識不足は顕著であり、基礎的な講義を順番で開催してくれる周囲の協力は親身且つ丁寧で、彼に問題意識を提起し、講師側にとっても初心者の躓きの石を発見する絶好の機会であった。


それだけでなく、彼が資料を支店の知人に紹介することで、発表されるだけの研究とは一線を画して、好循環が発揮される結果となった。


これらの事象を単純に個人的な繋がりに帰することは早計であり、当時親会社であった外資系銀行によってプロフィットセンターであるアナリスト、ストラテジスト及びエコノミストはホールセール管轄の投資銀行に統合され、コストセンターと見切りを付けられた人員で構成されていた為、リテール提携に活路を見出したい思惑とも一致していた。


実際に配属早々にB元常務は、彼を呼び出してシンクタンクの活用を打診し、彼も金融機関向けに限定されている債券管理システムの簡易版をリテールに導入することで他社預かり資産を把握出来る優位性及び商品販売に偏重した情報提供の裾野を拡大による顧客満足度を向上させることを提案した。


そして、彼の持論であるCFPと証券アナリスト年会費の会社負担と自身の知識不足を克服する為、大学院に進学したい旨を報告した。


残念ながら彼の提案は検討こそされたが、親会社である外資系銀行はリテールには全く興味がなく、債券管理システムはバーゼルⅢ対応の高度化に邁進し、彼に近い考えを持った開発責任者であった副所長が最大手に転職してしまった。


また、早期退職制度でそれ以外の部門も主力研究員が退職(親会社の思惑通り)し、代替に外部よりシステム及びリスク管理の専門家を招聘するという資本の理論及びその他の要因に阻害され、彼自身は大学院進学も厚生年金基金解散による返戻金を元に自費で検討していたが、アナリスト及びFPの年会費負担の主張を取り下げれば国内留学扱いにする提案を受けた為、公私混同されることを嫌って、自然とB元常務と疎遠になってしまった。


資産運用研究所と社会システム研究所は常務取締役兼理事が所長であったが、外資系親会社の意向に沿って、所謂「黒目のガイジン」である後任者が派遣されることになった。


契約先選定や海外出張等で甘い汁(役員秘書からの注進)を吸い尽くす一方、インターン派遣されていた海外留学生に偽り正社員でなく、派遣社員の立場で契約し、クラス2にはサービス残業を強制(企業情報管理部で不正摘発に貢献)する等、徹底的に弱い者虐めをした為、彼は反目し、B元常務の裁定により、外資系親会社の本山である商業銀行に第一陣として派遣されることになった。


報われぬ


努力を強いる


体質は


時代錯誤の


消えゆく組織


監督官庁からマネーロンダリング(資金洗浄)で再度の行政処分が科された為、稼ぎ頭であったプライベート・バンキング業務は閉鎖され、往年の面影は皆無であったが、数か月間の語学及びシステム研修後、彼は富裕層中心の表参道支店に配属された。


沈みつつある船舶の状態であり、BM(BrunchManager:支店長)は入社五年目であり、BOO(BrunchOperatingOfficer:内部管理責任者)に至っては、入社三年目で若手の抜擢というよりも脛に傷がある者、次の就職先を見付けた者から脱出している状態であり、Gold(預かり1000万円以上顧客専門)担当3名と同等の資格(実際は預かり1000万円以下顧客専門:Blue担当)で、彼も管理職扱いとされたが、Gardian(受付)やTeller(窓口)等の失策(書類不備)に巻き込まれないように、自室に籠城する管理職に代わって押印した為、書類回収の責任を負うだけで、体の良い使い走りであった。


シンクタンク在籍時に進学した大学院も著名教授陣が「アイルランド型の金融立国」や「ベスト・プラクティスと持ち上げる金融機関(後に破綻)を今後目指すべきビジネス・モデル」と囃し立てる有様にデリバティブに対する不信感(数学への能力欠如も要因)が高まり、対極にあるコーポレート・ガバナンス(企業情報管理部で不正摘発に貢献)を専攻していた。


白人至上主義も蔓延しており、提携先の語学学校講師は対応しても民族衣装を着た黒人は存在を無視(来客順に呼び出す原則も作業等で放置)し、対応した彼に感謝して1000万円以上になってもBlue扱い(彼からGold担当に変更)を主張したアフリカ大陸の大使も存在したが、一番切なかったことは一か月毎に人事異動が実施されるが、その都度成績が低迷するGold担当が、Packaging(解雇)により、机上の段ボール箱に私物を纏めて二時間以内に退社する制度であり、三か月目にはお荷物であった彼は池袋支店に転勤となった。


行き過ぎた


個人主義ほど


人の和を


ギクシャクさせる


術(すべ)他知らず


結局半年で出戻る結果となったが、スポーツ選手や芸能人の個人情報が筒抜けであり、噂話や挙句の果てに合コン目当ても多く、印鑑よりサインを重視するも適当で微妙な間違いを改竄する等士気も低く、社員カードを利用しない為、端末にパスワードをメモ書き、三回ミスするとシンガポール対応なので、庇い合って共有する等セキュリティポリシーも形式的に陥り、システム投資不足も顕著であり、投資信託販売に注力するも過去データを電子カルテに記載しないと把握出来ないお粗末な状況であった。


短期的


利益追求


その挙句


金の卵も


殺す愚かさ


彼の話を聞き終えて、「それらと比較すれば、現状は無視出来る範囲でないか」と私が尋ねると、「過去と比較すれば、雲泥の差かも知れないが」と前置きをした上で、バブル崩壊で金融機関が総崩れの状況で原因を究明せずに有耶無耶に葬り去りたい勢力が、外圧を利用して金融ビックバンを強行したが、抑々護送団方式の横並びで付加価値の創出という概念もなく、唯々規模の拡大を闇雲に競っていた。


不良債権処理は外資系金融機関の独壇場となり、打出の小槌となって莫大の利益を享受していたが、一巡すると倫理規定が厳しくなり、欧米では許容されない際どい手法を所謂「黒目のガイジン」が駆使して高額報酬を貪っていた。


リーマン・ショックで海外授業縮小の一環で日本撤退が相次ぎ、過去の亡霊として消えゆく存在を日本の金融機関が受け皿となり、金看板を利用して組織的に取り組み顧客を疲弊させ、「軒下貸して母屋取られる」を地で行く愚策であると言い放った。


オオカミが


絶滅をして


平和ボケ


グローバル化の


オオナミが来た


国際分散投資の考え方を頭から否定するのではないが、一義的には公正で健全な市場であれば、自然と資金循環も円滑となり、投資家及び発行体の双方が喜び、海外からの投資も呼び込める筈である。


発行体の意向を優先し、出口戦略としてのIPOは市場の信頼を損ねるだけでなく、嘗ての日の丸家電が敗退したガラパゴス化=エッジ効果を助長しており、ヘッジファンド及びデイトレーダー天国となった不健全な市場は投資家が敬遠して衰退=6次の隔たりを活用出来ず、盲目的な効率性重視=パレート最適は、社会を変革する起爆剤であるワカモノ、ヨソモノ、バカモノが排除され、没個性で偏差値教育の延長になっている。


近頃の


若い奴等と


言う前に


歩み寄るべき


過去の自分に


身に降り掛かる火の粉を振り払うことに必死で深く考えずにいたが、今こうして冷静になると彼の主張は一貫しており、しかも単なる会社への批判ではなく、社会全般の風潮に対する義憤であった。


エッジ効果は、生態系そのものを崩す自然界とは異なり、機能的に必要性を認めつつ、人為的な縄張り意識が、「帝国建設」若しくは「塹壕効果」を生み、6次の隔たりは、「桃李もの言わざれども下自から蹊を成す」若しくは「信なくば立たず」を無視した結果、個人投資家の離反を招き、パレート最適は、適材適所でなく、不幸な若年退職(私も被害者になる公算であった)を生み、再挑戦が難しい現状を警鐘していた。


自己を捨て


全体主義に


偏るも


この上もなく


危険な組織


畳み掛けるように彼は、欧米は徹底した実力主義及び弱肉強食により、アメリカンドリームと呼ばれる下剋上で絶えず新陳代謝が起こっており、問題は分配だけに限定されているが、日本では減点主義及び年功序列の弊害で、生き残り頭脳ゲームと神輿は軽くてパーが良いにより、「悪貨が良貨を駆逐する」状態であり、生産性が抑えられているので、問題は根深いと指摘した。


下剋上


対症的に


頑なに


危機感薄く


旧態依然


此処までの内容を人事部長に報告すると何時もの如く所在無げに聞き流していたが、X専務に連絡すると、所々で的を射た質問を重ねた上、「このまま終わりではないだろう」と追及された為、「会社とは関係のない個人的な雑談なので」とお茶を濁した途端、「着ては貰えぬセーターの話だろ」と核心に迫ってきた。


着ては貰えぬセーターは、ご存知の通り有名な演歌に出て来る歌詞であり、彼曰く無駄な努力の代名詞であり、私も新人課であった時に彼に成功の秘訣を聞いた時、「押し売りでなくお買い物を促し、着ては貰えぬセーターを編まない」と教えてくれたことに由来し、最早隠し立ては不可能と悟り、「ご明察の通りです」と答えるや否や人事部長を呼び出した。


「偶々、Wの近況を聞かせて貰う為、呼び出した」と頻繁に連絡を受けていることを噯にも出さずに自然に切り出し、一度聞いた内容であることを両者共に先程と殆ど変らない態度で私(彼)の話を聞いており、その腹芸と彼から聞かされていたX専務直伝のロールプレイを体現させられ、背筋に冷や汗が虫のように流れた。


前回の報告及び連絡での終了部分で、「続けろ」とX専務による無言の威圧を受け、続けざるを得ず彼との対話を再現することになったが、此処から先は時間軸を無視して、X専務及び人事部長の反応及び私による補足(彼からの情報、呼称は全て現在)が並立して記載されていることを予め了承頂きたい。


会社との対立は無意味且つ無謀であることを彼に意見する為、「着ては貰えぬセーターは編まない主義はどうした」と言うと、「恋愛関係が終了若しくは不存在であれば、今風に言えばストーカーでしかない」と不愉快に吐き捨てた。


人事部長が、「昔から数字の出来ない言い訳に使っていた」と激しく反発し、初日営業や売り止め、消し込み(予算商品の残量を全員で一斉に販売)等で発言してX専務に注意されていたと語ると、X専務も「士気を挫くので、注意したが言い訳でなく正論と感じるべきだ」と主張すると、直属の部下である私の面前なので引き下がれず、「X専務は子飼いに甘いから」と言ったか否か、「具体的に何が甘いか言え」と怒気を発したので、「申し訳ありません、甘やかしたのはU執行役(公益法人課の後任課長で現在は首都圏の本部長)です」と一先ず矛先を収めたので、「黙って先を聞こう」と私に促した。


人間関係を説明すると公益法人課立ち上げの際、人事部長は年次こそ三番手でありながら、実質筆頭としてX専務に仕えており、新規開拓に専念すると言いながら収益も稼がなければ管理職会議で集中砲火されるので、人事部長が繊維会社や食品会社の信用取引で体裁を整えており、現在に至るまで共存共栄の関係にある。


初日営業も○(丸:ゼロ)では済まされないので、彼に認知症高齢者で手数料を稼ぐことを指示して、公益法人開拓にIPOを利用したい彼と決済損の穴埋めや投資信託のバーター取引に利用したい人事部長が対立していたことを愚痴として聞かされていたが、初値天井の実態を知るにつれ、彼はIPO自体を信頼せずに運用規程や業界平均等の情報提供に専念する独自モデルを徐々に確立していくのだが、X専務の剛腕で押さえ付けていた均衡が破られたのは後任のU執行役が就任した直後だった。


新店舗の立ち上げとなったX専務と本店セールスであったU執行役の歓送迎会で、人事部長が彼に給仕を命じ、水割りの濃い薄いで叱責し、反抗的な態度に人事部長が激怒し、彼をビールジョッキで彼の顔面を強打し、鍋が血の海地獄の散会となり、傷害事件だと息巻く彼を介抱し続けたのは、当時の影が薄い筆頭一人だけであったと聞いている。


温厚なU執行役が無用な対立を避ける為、採用したのが人事部長にIPOの裁量を委ねて、必要な時には同行訪問するが、基本的には彼と二人三脚で新規開拓に専念し、彼の収益も自分自身が最低限を確保する苦肉の策では、公益法人及び債券知識の獲得する戦略的互恵関係による一石二鳥の策であった。


幸運にも公益法人の資料作成担当がU執行役の同期でもあった為、飛躍的に資料も充実して、業態別の開拓ツールや紹介等の好循環が発生した時、生命保険の無資格販売問題が発生し、真相解明すべきと内部告発した彼を擁護(新規開拓能力を高く評価)したU執行役に人事部長中心の組織に改編すべきと彼の転出を主張したのが、X専務だった。


最初、内部告発していた時、少数の不心得者を排除すれば会社が良くなると思っていたし、踏み台にして出世街道を邁進していたX専務のことを憎んでいた一方で、出世しないと会社を変えることが出来ないと熱く語っていたX専務を慕う気持ちで揺れ動いていたと彼が語ったと言った途端、「恩人を憎むとか非常識な人間だから誰にも信頼されない、自業自得だ」と人事部長が吐き捨てるように言うと、「もう一度だけ言う、黙って聞け」とX専務が一喝して、再度私に促した。


「会社様より上司様」の風潮は最悪ながらも影響力も少ないが、「上司様より銀行様」になると証券不祥事の根本原因も銀行による反社会勢力への融資による株主権を得たことである。


投資して


成果が期待


出来るなら


諸手を挙げて


参加者集(つど)う


新規開拓の苦労及び喜びを経験しているのであれば、顧客本位であるかどうかの判断は付く分別がある筈であり、ファイナンス理論を少し齧っておれば、手数料塗れの厚化粧でなく、原商品を選択して長期保有を促すべきであり、致命的な利益相反が発生している。


収穫に


必要なのは


種を播き


水や肥料と


日々の丹精


金融機関だけでなく、社会全般が大量生産と大量消費が前提で構成されており、社会問題には関心を持たないように日々の欲望だけに忠実に生きるよう仕向けられている。


衣替え


去年の流行(はやり)


今、廃り


戦隊物も


同じ構造


財政破綻が声高に叫ばれ、増税や定年の延長は着々と進行する一方で、政治家や公務員等の既得権益は温存され、セーフティネット(安全網)である社会保障はフリーライダー(只乗り若しくは悪乗り)で食い物にされ続けている。


退職は


70歳で


その後の


100年時代


老々介護


スマートフォンの維持費に汲々として、消費効果が限定されて実需が発生しないヴァーチャル消費と、ゲーム脳による他人の痛みに対する想像力欠如が全般的に蔓延している。


オレオレの


卑劣な行為


利用して


ワタシワタシと


忍び寄る影


持って回った表現と頻繁に挿入される短歌に苛立ちを隠せない人事部長だけでなく、私自身も面談時に同様に感じていたので、「着ては貰えぬセーターと何の関係があるんだ」と言った人事部長の質問は至極真っ当に思ったが、X専務は人事部長を無言で睨み、再々度私に促した。


「長口上と大上段はX専務直伝ロールプレイの賜物だから」と彼は冗談を言ったが、私には口が裂けても言えなかった。


就職氷河期世代の彼には、少子高齢化の根本原因は少子の方にあり、戦前の大家族を全否定して、核家族による地方から都会への大移動を促した為、歪みに耐え切れず満身創痍にも関わらず、相変わらず対症療法による試行錯誤を繰り返しているように感じる。


お神輿が


騎馬戦になり


肩車


親鳥よりも


卵問題


前置きが長くなり、個人や組織の問題と犯人捜ししていたが、時代の変遷に制度が取り残され誰もが、「こんなはずじゃなかった」と賽の河原の石積みを続けているのであり、今こそ天国と地獄の長い箸の教訓を活かすべきです。


天国も


地獄も同じ


長い箸


大切なのは


助け合うこと


傍目から見れば、彼の徒労と思われる提言及び内部通報は、着ては貰えぬセーターでは決してなく、粗悪品の大量生産で、素材、機能、模様等で手を変え、品を変えて新製品を売り込む販売姿勢への問題提起であり、顧客本位の新機軸を打ち出すべきです。


パンドラの


箱を開けたと


責めるより


残ったものに


希望(のぞみ)を託す


「抽象的且つ曖昧で全く理解出来ない」と人事部長が囁くとX専務は緊迫した空気を和ませるように、「俺だって正直言って理解出来ない、Wのことは」と前置きをして、喜怒哀楽が激しく持て余し気味であったが、不規則発言として切り捨てず個室で耳を傾け続けるとご存知の通り、首都圏や大阪よりも名古屋が新人課として圧倒的に成功した。


「法人営業課の立ち上げを打診されたことをお前(人事部長)に相談したら」即座に、「各課の筆頭を一本釣りすべきです」と断言したが、最悪の一手と切り捨てた結果、稼働客は抱え込まれて、数字的には惨憺たる出航だった。


「お前は激怒するから言わなかったが、禁止された筈の問題客(訴訟前段階)も複数含まれていたので、頭を下げてWに任せた」ことも一切言い訳をしなかった。


補足説明をすると、「お客様より上司様」の時代なので社長賞及び本部長賞を獲得する為、所謂「御守り口座」や「護美箱」と呼ばれる一任勘定や無断売買は常態化しており、後述の二社は典型例であった。


一社目は、戦後一斉風靡した繊維会社であり、カリスマ社長の相場好きは有名で株式だけでなく、商品(本業も含め)も手広く手掛けていたが、折からの繊維不況及び老齢による判断力の低下で代表権の無い会長に棚上げされ、後任社長の元で原因究明の為、第三者委員会が立ち上げられている最中であった。


二社目は、最大手自動車会社にも部品を供給する超優良会社であったが、財テクの名の元に財務部長主導で政策保有株を担保に仕手戦(根拠の無い株式を買い漁って値段を吊り上げ、売り逃げる)で大穴を開けて鍋底景気でさえ乗り切った創業以来の赤字決算となった為、顧問弁護士から質問状が送付されていた。


彼も当初は前任者及び管理職に確認をしていたが、当事者は既に異動後であり、X専務に対して抗議があった為、社内調査を諦めて直接、顧客訪問することにした。


役職も無い若手社員の訪問に当初は憤っていたが、他社は法律的に問題無いと紋切り型の回答で只管逃げる、紙面での回答であったが、彼は保存期間範囲の取引明細(巻物のような長さ)を持参して、信用取引についての質問に丁寧に答えると、「益出しだけ頻繁に繰り返し、損失先送りは金融不祥事と同じ体質だ」と呆れ返り、「時折見られる公募払込は何ですか」の質問にはIPOを詳細に説明した。


その後も弁護士や公認会計士からの問い合わせにも誠意を持って対応した結果、当社は訴訟対象から除外され、他社保管の有価証券が流入すると共に顧客紹介等の恩恵を受け続けることになった。


追い打ちを掛けるように、「それだけじゃない、生命保険の問題も」と切込み、当初IPOをバーターに中堅企業社長に家族名義を従業員に代筆させた時、Wを同行訪問させていたので、絶対に認められないと抗議して来たから代筆の根絶を徹底させたのに、返送封筒等の面前説明が蔑ろだったので、Wが内部告発し、翻意させることを諦めて、玉虫色の解決に奔走したことも警告した。


「新人課長と営業部長(大規模店舗の副支店長で主にリテール担当)で二回パワーハラスメントの内部告発をされ、直前の支店長では銀行との不適切な関係が指摘されている、そろそろ自分の頭で考えろ」と諭すように言い含める技術には驚嘆した。


用意していた彼の提言及び内部告発を配布しながら、「Yはまだ質問があるだろ」と促されたので、「Wが外資系親会社に転籍希望を翻意した理由を教えて下さい」と躊躇せずに質問すると、「Wに辞められると評価及び戦略に狂いが生じるので、不幸になるので管理職印(なくても有効)は押せない」と突き放す一方で、「業界全体の悪弊なので、何処に行っても苦労するだけだが、俺が偉くなって体質を変える」と宣言した。


「俺の新婚旅行の際、パッチ(売り買い両建てで価格を固定、顧客本位とは乖離)履かせて休暇取ったのに手数料が足りずに課長が勝手に売りだけ解消して追証(追加証拠金)が発生したことを話すと、彼だけ猛烈に怒って社長に抗議すると言い張って宥めるのに必死だった」と恥ずかしそうに話したが、X専務の底知れぬ大きさの一端に触れられたような感じがした。


急に真面目な顔になると「A副社長から経営企画統括を引き継いだが、予想以上に重篤な事態だ」と説明し、顧客の高齢化による資金流出、銀行紹介口座の損失拡大、ホールセールの脆弱、グループ子会社との合併に伴う費用増大の社内問題だけでも四面楚歌であるのに、銀行との不適切な関係も監督官庁から指摘を受けており、将に「弱り目に祟り目」で打開策が必要であることを力説した。


人事部長は反応を窺いながら、「仰ることはご尤もですが、Wのことは銀行が黙っていません」と告げると、「お前に説明されなくても理解している」と落ち着き払って、U執行役に引き継ぎ後、X専務に傾倒していた人事部長の不穏な空気が流れていた当時のことを語り始めた。


X専務が「啼かぬなら啼かせてみようホトトギス」型であるとすれば、U執行役は「啼かぬなら啼くまで待とうホトトギス」型であり、人事部長は遣り方が手緩いと公然と不満を口にし、U執行役も信用取引依存と恣意的なIPO配分に執着する人事部長を持て余しており、X専務に調停を依頼した。


自分だけの秘密であった打出の小槌の存在に目を付けたU執行役を恐れ、従順な人事部長を引き立てる為、一年間限定で彼と二人三脚で新規開拓に特化し、彼を異動させる案を了承させ、実際に彼が開拓した顧客及び膨大な見込み客はX専務の助言によって引き継がれることになった。


彼がX専務に新人課五箇条を法人課五箇条に引き継ぐことを主張した際、「新人じゃないから」と拒否したが、採用すべきであったと今でも後悔しており、「良き会社人である前に良き社会人たれ」は古傷が疼き出したようにX専務を苦しめた。


「既に遅きに失するかも知れないが、それでも改めなければならない」とX専務は搾り出すように言うと、人事部長、そして私も無言で頷いていた。


冷めた眼で分析するならば、大量リードを許した九回二死の場面で、「野球はツーアウトからだ」と三年間の思い出に代打要員に発破を掛けるようなX専務と利益保証を求める顧客に対して、「それは出来ません」と拒否しても執拗に食い下がり、「大丈夫ってことか」との曖昧な質問に無言で頷く昔ながらの光景を人事部長が演じているのを第三者的に見ている自分の存在に気が付き、可笑しい気持ちを必死で堪えていた。

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