第11話 二点の距離

私の回想に基づく為、呼称等は現在の地位に統一していることを御了承下さい。


彼と私の腐れ縁は、内定者懇親会に馴染めず彷徨っていた彼に話し掛けたことが切っ掛けとなり、入社時研修までは全く忘れていた存在(当時、携帯電話はまだ普及していなかった為、ポケットベルで連絡先を交換した同期も若干いたが、彼は保有していなかった)であり、東京採用の洗練された連中は私が彼に声を掛けることを露骨に嫌がっていた。


X専務率いる名古屋が抜きん出た存在になると上司が、「お前、あの変な奴(彼)と仲良かったから、探り入れろ」と命令され、電話すると彼は口止めされているので躊躇しながらも公社債投資信託や利回りCB(額面割れ転換社債)であると教えてくれた。


上司に報告すると鼻で笑いながら、「そんな眠たいことしているのなら恐れに足らず」と信用取引に血眼になっていたが、その後も個人的な資格でX専務の薫陶を間接的に受けることになった。


当然、上司の覚えも良くなく新人課の解散に伴って、彼が法人営業課に抜擢される一方で、私は日本海側の地方支店に異動となってしまった。


日本海側及び地方支店を否定する訳では無いが、実際に東名阪と同じ土俵で評価される不利は否めなく、自暴自棄になりつつあった私に彼はX専務の後任であるU執行役と二人三脚で新規開拓している方法を懇切丁寧に教えてくれ、規模感こそ異なるが公益法人等の開拓と為替ヘッジ付デュアル債(信用リスクの分、額面割れで高利回り)等の初期的な仕組債の可能性にも言及していた。


U執行役も有徳者であり、会社内で徒党を組むことを好まず、信用取引に関しても過熱感がある銘柄を空売りする手法に絞って利用すべきとの方針を堅持し、手数料稼ぎの短期売買には否定的であり、「会社に所属する以上、言葉は悪いが代紋代、場代はジャブやクリンチをして最低限を鎬ながら、幻のストレート(新規開拓)で溜飲を下げれば良い」が信念であり、彼も心酔していた。


本来であれば、隠し立てせずに開示し、更に助言を受け、素直に感謝するべき行為であったが、X専務とU執行役という上司に恵まれ続けた彼に対して若気の至りで嫉妬し、敵愾心を抱くようになってしまった。


会社、上司及び同僚だけでなく、証券市場の不公正に対して鬱憤を募らせ、助言に耳を傾ける彼に対しては不満の捌け口として愚痴を言い募っていたが、最後に彼は、「X専務が偉くなって変えてくれるから」と私を慰めることも空々しく感じ、密かに怒りを募らせていた。


結論から言えば、私は公益法人の開拓実績が評価され、都内支店に栄転することが出来たが、皮肉なことに私の後任による強引な仕組債販売の結果、多大な迷惑を掛けることになってしまった。


私の呪詛に洗脳された彼は生来の潔癖過ぎる正義感とも相俟って、その言動は日増しに過激化していった。


若手代議員として参加した会議でもN執行役が焚き付けたFP資格問題だけでなく、パワーハラスメント(当時は概念無し)や残業代、経費等の問題を追求して社長を激怒させて、B元常務を呆れさせた上、主催者である社員組合(労働組合とは異なる御用組合)の執行委員長(執行委員長及び書記長は任期満了後、管理職に登用)に最悪の心証を残す結果となってしまった。


当時は営業マンであれば、多かれ少なかれ誰でも影響を受けている「三羽烏」を揶揄して「三馬鹿大将」型の焼き畑営業が「悪の枢軸」であると公言して憚らず、管理職を「カルパース:カリフォルニア州職員退職年金基金」と本来の意味とは関係のない「神輿は軽くてパーが良い」と蔑み、本社社員に至っては「NATO軍」と呼び、自らが招いた「排水の陣」と「四面楚歌」の泥沼に足を取られていた。


彼の悪評は私にも耳に入るだけでなく、「あの変な奴との付き合いを控えろ」と各方面からの様々圧力を受けていたが、何故か後輩からは「反逆のカリスマ」として祭り上げられ、不甲斐ない社員組合に頼らず彼に直接相談を持ち込まれていた。


彼の求心力に対して、私は意図的に遠心力を行使し、「忙しいから」とか「面倒な問題に巻き込むな」と素気無い対応に終始していた。


その当時は、お互いに都内支店で営業マンだったので、以前にも増して親しく付き合っていたが、辛酸を舐め尽くして来た私にとっては「絶対に負けられない戦い」であり、彼の私闘に書き込まれることは絶対に避けたかった。


以前は挙動不審で人見知りの激しかった彼が、荒波に揉まれて物怖じもせず堂々としているのは至極当たり前であり、私から質問しなければ、彼から仕事の話は待ち込むことはなかったが、劣等感に苛まれていた私にとっては不愉快に感じていた。


実際に物理的な距離が近付くと彼の存在が大きく感じて威圧感を感じて辛くなり、自然と感情的な距離は拡大して、次第に疎遠になっていった。


念願が叶って、経営企画部に配属された私のことを自分のことよりも喜んだのは「二席の会合」の通りであり、X専務に「彼よりも私が大事」と発言は額面通りに受け取っていたが、今考えると反語であったのではないだろうか。


彼に対して優位性を誇示する機会と考えた「二葉の写真」では、現在の役職とは関係なく、彼あっての同期会であったと惨めで屈折した感情を再燃させる結果となったのではないだろうか。


不安に駆られた私が面談依頼をしたのはU執行役であり、営業本部長として多忙な中、当日の昼食を同席することになった。


名古屋で彼と三人で会って以来であるが、威厳に満ちたX専務とは反対に人を包み込むような満面の笑みで、「久し振り」と旧知の友人のように歓待してくれた。


早速、彼のこととX専務の意図を確認すると、「そんなに深刻に考えなくても大丈夫」と彼とX専務への絶対的な信頼を示し、人事部長も彼のことを不器用ながら応援していると言って名古屋法人営業課の絆を強調し、当初の風当たりの強さを懐かしそうに語ってくれた。


彼も向う傷を恐れず説得するX専務の営業姿勢よりも、無理強いをせず信頼関係を醸成して納得させるU執行役の薫陶を受けた面が多大であると実感した。


彼の内部告発や社長への提言についてもX専務と共有しており、最初は個人攻撃の目立つ私憤であったが、最近では制度や構造等の的を射た内容になっていると前向きに評価していた。


苦境に置かれた私に対して、常に「蜘蛛の糸」を垂らし続けた彼の好意に反して、彼を追い詰めて暴発させたのは私だと感情を吐露すると、「思い上がりであり、(彼は)他人の意見に左右されるような人間ではない」と柔和なU執行役が珍しく語気を強めた。


彼と私を結ぶ二点の距離は不変にも関わらず、他人との関係性によって伸縮しているのであり、彼は「社会」を中心に不動であるのに対し、私は「会社」の引力で右往左往しているだけだと諭された。


私はその発言によって心から救われた。

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