第9話 二幕の悲劇

人事部付待遇のまま彼が派遣された人材育成部は、4月の入社式に備えて「猫の手も借りたい」状態であり、前部署での引き継ぎの必要の無い彼は人事異動発令の翌日には着任して、早朝6時に出社して警備解除、エレベーター稼働を手始めに加湿器の水汲みや部員の出社前にコーヒー抽出も熟していることを耳にした。


 社長への提言(信なくば立たず)


 先般の人事異動で人材育成部に派遣されています。


 自分自身のことは過去の内部告発及び提言と重複する為、敢えて言及しませんが、特異で歪な構造について記載します。


 支店長出身の支援グループと若手社員の企画グループの関係についても後述させて頂きますが、それとは別に自分を含めて三人で構成される施設グループの異常性から説明させて頂きます。


 施設グループの発端は、二年前に遡り、過去にはC副社長(A副社長と共に実権無し、原文未記載)の元で営業に実績のあった定年直前社員が、退職を数年後に控えて頑迷となっており、地元九州の複数支店で年下である支店長と一悶着を発生させる上、必須資格となっている保険募集人資格試験及びAFPの取得を拒否している為、意趣返しの意味を含めて、横浜市郊外にある単身寮から毎朝始発で出社せざるを得ない境遇に貶めることで改心若しくは退職を迫る趣旨で設立されたと聞き及びます。


 設立の動機も不純であり、前任者の副部長からは執拗な虐めを受けたこと及び定年直前社員が心疾患で外科手術の病歴があることを鑑みるに及び非人道的な措置であることは火を見るよりも明らかです。


 また、もう一人もグループ子会社出身の高齢社員であり、定年直前社員と同様に管理職経験者ですが、前任地の顧客から執拗に損失補填の要求を受け、魔が差したのか応じてしまい、現在係争中であると本人から聞き、当社の基準で言えば諭旨解雇相当である為、定年直前社員と同様に過酷な条件で、陰湿な退職勧奨は道義的に許されません。


 況や相互監視によって人間関係の分断を図る狡猾な手段は、社員とその家族の幸福に資するべき会社の目的を逸脱した言語道断の所業と断罪せざるを得ません。


 更に悪いことに、本来は自分が居なくてもまわり続ける組織を目指すべきですが、当社固有の悪癖である自分がいなければ回らない組織を目論む為、施設全般特にシステムや受講者の宿泊管理は、定年直前社員に一任され「見えぬ化」が進行しており、長期休暇等の不在時にはトラブルが多発しています。


 「窮すれば鈍す」で、トラブル時には小競り合いが断続的に発生し、日頃から横柄でシステム等に疎い支援グループに対して、実務部隊である企画グループの怨嗟が募り募って一触触発の雰囲気となっています。


 彼の提言に対し、黙殺を装いながらも出社時間は6時から7時半に改められ、コーヒー抽出も業務でなく、利用者による自主運営に体裁を変更した。


 彼との距離感が疑われ、情報隔離されている私の耳にも彼の動静は同期等を通して伝わっていたが、降格処分が実施される7月までは暖簾に腕押しであっても、社内向けに提言という形式で抗議を続け、それ以降は監督官庁や関係団体に主戦場を移すとの実しやかな噂であったが、実際には7月を過ぎても彼は提言し続けた為、半ば安堵していた。


 社長への提言(良き会社人である前に良き社会人たれ)


 人材育成部に派遣され、四半期にも満たないにも拘らず、当社に於ける階層研修は鯛と同様に頭から腐るということです。


 新入社員研修では、当初は学生気分が抜けきらない面も否定出来ませんが、注意すると改めて以降は同様の過ちは皆無と言っても過言ではありません。


 それが二年目研修では、優秀とされている者に限って態度が横柄になり、館内は勿論近隣施設でもスマートフォンを片手に操作しながら歩行、路上喫煙や歩行者を阻害する徒党行為が散見されます。


 最悪なのは部店長研修、銀行受向者及び投資銀行本部研修であり、禁止されている受講中の飲食による机及びPCの汚れはマナーの範疇ですが、自慢気に会社携帯による通話で部下の叱責や顧客情報だけでなく、法人関係情報と思われる通話も所定の場所以外の喫煙室や禁止されている人材育成部執務箇所でも所構わず罵声を上げています。


 投資銀行本部に至っては、期間利益を押し上げる為、強引な理由で研修費を付け替えさせる傍若無人な振る舞いにより、全体の研修費を逼塞させている有様です。


 具体例を挙げると、10月○日(金)14:25に投資銀行本部主催の研修参加者が、研修所二階貨物用エレベーターホールで××(IT企業)の子会社戦略に伴うファイナンス実施について顧客若しくは同僚にブラックベリー(投資銀行本部独自の貸与携帯端末)で約20分通話していたのを給湯室で確認しております。


 また、11月×日(月)11:27に人材育成部主催の新任管理職研修参加者が、商業施設のタクシー乗り場も兼ねる研修所ロータリーで徒党を組んで横断した為、福祉タクシーが乗り入れ出来ない状態に陥っており、該当者を注意し、後続には歩行者用通路を利用するように指摘しましたが、その後もロータリーを横断する事例が散見されています。


 掲題(良き会社人である前に良き社会人たれ)は新人課長時代のX専務が新人課員に対して説諭した言葉です。


 尤も過去と現状では、新人課長の選抜も数字のみを対象としている為、質が低下していることは否めません。


 新人課長研修及び新人研修の打ち上げは、人材育成部で一次会が実施され、セキュリティポリシーで禁止されている施設内の写真撮影も内部管理責任者が黙認し、酔態及び痴態の限りを尽くし、後片付けは施設管理グループに押し付け、二次会に勇躍して参集している次第です。


 彼の提言が至極真っ当である為、猶更会社としては困惑せざるを得なく、監督官庁による情報管理の不備が指摘され、打開策として創業の精神に回帰して顧客本位を前面に打ち出している状況下、無視することは出来ずに申し訳程度に「研修時のマナーに関して」と「情報管理の徹底に関して」の通達を二件出さざるを得ない状況に追い込まれた。


更に弱り目に祟り目といった具合に彼が指摘し続けていた研修時の不正が皮肉にも「コンプライアンス・マニュアル」の確認テストで大規模に発覚してしまい、「研修時の不正再発防止策に関して」の通達を五月雨の如く発表せざるを得なかった。


 社長への提言(情報管理の徹底に関して)


 人材育成部に派遣され、資料等のシュレッダーをしていますが、12月○日(火)に二件の書類を発見しました。


 一件目は、人材育成部の所属している社員が研修時不正に関与していた反省文を上司が添削した書類とおもわれますが、


 以前に所属していた××支店では、一番年次の若い課員が適当に受験し、模範解答を印刷して回覧していたので、軽い気持ちで同様な手口を紹介したら先輩も喜んで云々


と記された文章にご丁寧に赤字で削除や書き換えの指示が克明に記されています。


組織的な隠蔽が連綿と引き継がれていた証左であり、内部告発や提言による報復人事は冤罪であったことは明確です。


また、社内問題として矮小化しておりますが、研修結果は特定非営利活動法人(NPO法人)日本ファイナンシャル・プランナーズ協会の継続教育の単位取得が可能であり、同協会だけに限らず、一般会員の信頼を損ねる行為と言わざるを得ません。


二件目に至っては、関西地区を中心に逆紹介(当社から親会社銀行への顧客紹介、反対を順紹介と表現)書類が数百件単位で捏造されていた重要事実への対処方法を検討した会議の議事録であり、実物には具体的な支店名と数字が記されています。


既に報告済であることを信じて止みませんが、もし未報告であるならば、一刻の猶予もなく監督官庁及び関係団体に報告するよう勧告させて頂きます。


驚天動地の出来事であり、一部関係者だけに箝口令を敷いて議論されていた極秘事項がよりによって彼の手元に齎されてしまい、改めて彼の内部告発及び提言が正鵠を射ていた事実を証明する皮肉な結果となってしまったのである。


時を置かずして彼の人材育成部派遣を停止し、復職者専用の待機部署に一時的に所属させ、善後策が検討されることとなり、腫物に触るような状態に置かれた彼と対峙する人選は欠席裁判によって、またしても私にお鉢が回って来たのだった。


騙し討ちのような処分に対し、不服としながらも「この追い詰められた状況下、重責を果たすことが出来る人は他を探しても絶対にいない」と人事部長に有無を言わさず押し切られ、X専務に相談するも「乗り掛かった船だと思って諦めろ、前回は(私の)与り知らぬ所で決められたが、今回は(彼に)完全に主導権がある」と期待とは裏腹に背中を押されてしまった。


退路を断たれたことで、却って鬱積していた自責の念も吹っ切れ、虚心坦懐に臨むことが出来、彼も「初めから(私が)関与しているとは思っていない、それ位の洞察力と認識力は持っている」と屈託なく、平素と変わらぬ態度であったことが有り難かった。


定年直前社員が首都圏法人部の前身となる部署でC副社長の元で働いていたことから、証券不祥事の元凶となった広域暴力団の組長や自殺した代議士を担当していたのではないかと疑念を抱いていたようであったが、当事者は数年前に退職しており、無関係であることを彼に伝えた。


和やかな雰囲気にも感じていたが、彼の口からは衝撃の事実が事も無げに告げられ、「7月からは提言と合わせて監督官庁にも公益通報をしている」とスマートフォンの画面を見せてくれた。


【公益通報】金融取引法(銀行法)並びに労働基準法違反


ご担当者様


いつもお世話になっております。


掲題に関して、長期に亘る事案を通報させて頂きます。


発端は、生命保険契約の不正を社員組合に内部通報したことです。


社員組合の担当者が対象者と懇意であった為、パワーハラスメントの標的となり、社員組合に対し、不信感を抱き、内部通報窓口を利用しましたが、以降は却って風当たりが強くなりました。


更に認知症夫婦口座に於ける投資信託の短期乗換も通報したことで、当時「お仕置き部屋」と週刊誌に名付けられた首都圏営業部へ異動となりました。


その後、シンクタンク在籍時には社長を含む幹部によるお手盛り出張及び中国人留学生をインターンシップ後も虚偽により、長年非正規雇用していたことを告発しました。


残念ながら上記については10年以上前になるので、会社として保存されていない可能性があります。


2010年企業情報管理部在籍時は、親会社銀行出身の執行役員に対し、TOBに関する進捗資料を求められ、執拗な脅迫も拒否した為、大阪担当に転勤させられ、不祥事発覚後も第三者委員会からの聴取対象外とされ、内部通報をするも「威力業務妨害で逆提訴する」と脅された上、大阪公益法人営業部へ異動となりました。


大阪公益法人営業部在籍時は、法律上認められてない親会社銀行の関与や会社規定で禁止されている個人携帯の使用を内部通報し、次の事業法人営業部在籍時にも同様の行為以外にも親会社銀行の融資先から抱き合わせで仕組債を販売し、新規公開株等も恣意的に割り当てていることを内部通報し、外国証券会社とのJV部在籍時は、ビジネス・モデルとして親会社銀行が優越的地位の濫用により、仕組債等を販売し、当社は事務代行であるのが実態であり、当社の内部通報制度に不信感を抱いた為、親会社銀行へ内部通報をしました。


当社のコンプライアンス副部長(親会社銀行出身)が担当となり、最終的には「あなたのやっている行為は威力業務妨害だ」「優越的地位の濫用なんて存在せず、利活用だ」「大切な金を貸しているのだから、当たり前の行為だ」「二十年も会社勤めしていて、そんなことが理解できないのか」「自分がやっていることを後悔させてやるからな」と有耶無耶に強制終了させられました。


その後は、有言実行で何処の異動先でもパワーハラスメントを受け、この7月1日付で降格人事となり、「激甚措置が適用されるので、五年間で給与が半分となります」「戦力外通知と考えて頂いて問題ありません」「転職活動には全面的に協力させて頂きますが、当社への不利益発言をされた際には情け容赦しません」と言い渡されています。


自分への不利は承知で公益通報させて頂いています。


証拠に関しては内部通報窓口(当社及び親会社銀行)と社長への提言等が会社に存在しています。


【公益通報者保護法に基づく公益通報受付用】


ご連絡いたします。


メール拝見致しました。


頂いた情報に対し追加でご確認させていただきたいことがございます。


貴殿からの通報いただいた内容につきまして、どの法律のどの部分に違反しているかについてご教示いただけますでしょうか。


今般いただいた通報について、追加で情報提供いただく場合は、7月16日(火)までにお願いします。期日までに返信いただけない場合や必要な情報の提供を望まれない場合は、頂いた通報については、当委員会の「情報提供窓口」への情報提供として受け付け、活用させていただきたいと考えておりますので、ご了承願います。


令和元年7月9日


証券取引等監視委員会 公益通報窓口


RE:ご連絡いたします。


ご担当者様


早々のご連絡ありがとうございます。


当社及び親会社銀行グループが問題なしと判断している為、甚だ自信が無いのですが、論点を下記に整理させて頂きます。


【情報管理の観点】


インサイダー情報に関する懸念を内部管理責任者が示した結果、人事異動の発令により阻害され、問題が生じた際には、第三者委員会の聴聞対象外で作成し、監督官庁への報告を実施。


【優越的地位濫用の観点】


金融商品販売法及び銀行法でも銀行による商品の販売は禁止されていると認識しています。


また、債権者の立場から新規貸付の見返りに子会社を利用することを強制することも同様と認識しています。


しかしながら、親会社銀行出身の会長及び社長は組織的に関与し、後者に関しては「ホールセール部員に対し、顧客若しくは親会社銀行が何か言って来たら自らが乗り出す」と主導的な立場で推進。


【人事権による異論を排除の観点】


過去10年以上も顧客本位と市場の公正性を提言し続けた結果の報復人事。


【監督官庁報告に対する信頼性の観点】


自主性を重視して報告及び申告による検査を標榜していましたが、信憑性が担保されなければ、金融行政の根幹が崩壊。


以上が問題なしと判断されたのであれば、仕方がありません。


【公益通報者保護法に基づく公益通報受付用】


ご連絡いたします。


メール拝見いたしました。


貴殿からいただいた通報につきましては、公益通報者保護法に規定する公益通報又はこれに準ずる通報の要件を満たすに足る通報対象事実の特定が認められないことから、これらの通報として受理するに至りませんでしたが、当委員会の「情報提供窓口」への情報提供として受け付けさせていただき、関係する部署にお伝えします。


※「情報提供窓口」へ提供された情報については、氏名等の個人情報や情報内容が外部に漏洩することがないよう、万全を期しております。


※「情報提供窓口」へ提供された情報に関する検査・調査等の実施の有無、経過及び結果等についてのお問い合わせにはお答えしておりません。


証券取引等監視委員会としましては、引き続き市場の公正・透明性の確保等を図るよう努めてまいりますので、情報等がありましたら、今後ともよろしくお願いいたします。


令和元年7月12日


証券取引等監視委員会 公益通報窓口


嫌な予感は的中していた、7月を境に提言が途絶えると警戒されるので、同時進行で第一段階の事業者内部から第二段階である監督官庁や警察・検察等の取締り当局に戦線を拡大させていた。


彼は私に人事部への報告は、終了した証券取引等監視委員会との遣り取りとして、胸の内に収めて欲しいが、X専務が尋ねたならば伝えても良いとの条件付きでスマートフォンの画面を見せてくれた。


【公益通報】継続研修の組織的なカンニングと親会社銀行向け逆紹介書類の偽造


令和元年7月12日の回答を持って一旦終了となりましたが、内部告発の発端であり、会社より芽も葉も無い噂で会社を誹謗中傷したと降格処分を受けた掲題にある継続研修の組織的なカンニングについて、12月9日(月)16:23の全社員向けメールで「不適切な受講をしている社員が数多くいることが発覚しました」と認めております。


先日からの社内調査によって、内々に幕引きを図ろうとしていますが、倫理研修等は日本ファイナンシャル・プランナーズ協会の認定研修であり、一般会員の利益を阻害する恐れもあり、外部報告が必須と考えます。


もう一方の掲題にある親会社銀行向け逆紹介書類の偽造は関西地区にある支店を中心に広範囲で見られるとの緊急対策会議資料にありました。


これは、明らかに公文書偽造に該当すると考えます。


【公益通報者保護法に基つぐ公益通報受付用】


ご連絡いたします。


メール拝見いたしました。


貴殿から、令和元年12月20日付でご連絡いただいたメールに、「継続研修を組織的にカンニングすると一般会員の利益を阻害すると考えます」とありますが、当委員会における通報所管といたしましては、金融商品取引法等に委任された権限に係るものが対象となっております。本件については、これまでの通報からFP資格に関する「研修」と推察されますが、当委員会は処分・勧告を行う権限を有しておりませんので、当該行為に係る通報を希望される場合には、研修を主催する機関にご相談ください。


また、令和元年12月20日付でご連絡いただいたメールに親会社銀行向け逆紹介資料は関西地区にある支店を中心に広範囲で見られる」との追加情報がありますが、当該情報については、公益通報又はこれに準ずる通報の要件を満たすかどうか十分に確認できない内容となっております。


つきましては、以下の情報をご教示くださいますようお願いいたします。


○「親会社銀行向け逆紹介書類を偽造する例」について、具体的にご説明いただくとともに、裏付けとなる客観的資料をご提出願います。


今般いただいた通報について、追加で情報提供を頂く場合は、12月27日(金)までにお願いします。期日までに返信いただけない場合や必要な情報の提供を望まれない場合は、いただいた通報については、当委員会の「情報提供窓口」への情報提供として受け付け、活用させていただきたいとかんがえておりますので、ご了承願います。


令和元年12月20日


証券取引等監視委員会 公益通報窓口


約束通り人事部長には、7月12日付の報告をすると、「Wにも困ったものだな、X専務も子飼いだから甘やかすから、益々調子に乗って兄弟喧嘩を学校の先生に告げ口するようなものだ」とか、「素直にX専務に頭を下げて謝ったら、丸く治まるのに強情張りやがって」等と本質論から離れた近視眼的な見解を述べ、彼が疎まれて遠ざかった最終的な引導はA副社長(当時は常務)の参加を正面切って意義を唱えた事件であったが、X専務が執行役員に昇格した際にも彼が、「この中(先輩多数)で、一番槍の活躍したのは誰ですか」と尋ね、「俺の口から言わせて、座を白けさせるようなこと言うな、もっと大人になれ」とX専務に窘められる小競り合い等を具体的に挙げて、「頭の回転も速いし、行動力が抜群なのに、空気を読まないから非常に勿体無い」と締め括った。


彼の内部通報は単なる私怨に依るのではなく、金融業界全般に蔓延る悪癖である収益至上主義と銀行万能論を改め、顧客本位に立ち戻ることを力説しているのに、その点を黙殺して親会社銀行の威光を笠に、形振り構わず彼を追い詰める事実と監督官庁の具体的な挙措だけに腐心する態度に辟易したが、無用な軋轢を避けて、その場を退出した。


X専務は報告を待たず、「既に承知しているであろうが、(X専務と彼の関係は)巷間に言われているような麗しき師弟愛に満ちたものではなく」と前置きをした上で、新人課6名でも関西の私立大学出身(B元常務と同窓)で風采も上がらぬ彼よりも旧帝大、早慶若しくは自分の同窓に目を掛けており、絶対的な独裁者である自分の指示に水を差して質問や反対意見を表明する彼を疎ましくさえ感じていた。


皮肉なことに自分に対して従順ならざる唯一の彼が、頭角を現して来るに及んで、部下同士は団栗の背比べでありながら、競争者である新人課長に対する勝利を目論んでいた脚本をかなぐり捨てて、対抗馬(社費でMBA海外留学をして、所謂「黒目のガイジン」に華やかな転身)を立てて競争心を煽る戦略に変更した結果、首都圏や大阪も圧倒する成果を収めた。


首都圏法人部による大躍進を地方拠点に拡大する計画でも自分だけが名古屋を任され、傀儡である対抗馬ではなく、迷わず彼を指名した期待に違わず、既存の常識に拘らない法人開拓の新機軸を生み出した。


秩序に基づいた改革には、然るべき立場によって権限を獲得して推進すべき(トップダウン)と考える自分(私も賛同)と凝り固まった柵を打ち破って革命が必要(ボトムアップ)と考える彼との温度差もあり、彼が暴発した際には自分も難局にあった為、手を差し伸べることが出来なかった。


失意の彼に甘言を弄して接近したのが、自分にとって新人時代の先輩であるB元専務であり、扱い難い部下である彼のことを相談していた内容を盛りに盛って彼に暴露をしたので、関係がギクシャクした上、同僚が彼を裏切り者と排斥する口実になってしまった。


X専務も同意したが、彼には派閥を形成する意思は毛頭なく、所属はするが依存せず目的を達成する為、有益な機能と最適な経路を選択する手段であり、倒錯的な手段の目的化はあり得なかった。


シンクタンクで培った長期分散投資に対する信念をベンチマーク(指標)によるハイウォーターマーク制度を採用した成功報酬型ラップ口座を実現させる為、接近したのであって、同床異夢の結果、ファンドラップやバランスファンドに換骨堕胎され、粗悪品の濫造に利用されてしまった。


結局、B元常務は株式や債券を投資信託若しくは仕組債に乗り換えて、顧客満足度を急低下させて同業に敵前逃亡してしまったが、初めは彼とX専務の奇妙な関係を揶揄していたが、彼を知るに及び「恐ろしい奴だ、二十年前若しくは後に入社していれば、天下取るだろう」と恐れていたそうだ。


X専務とて派閥を形成する意図はなかったが、ノルマンディー上陸の如く親会社銀行から落下傘部隊が次第に幅を利かせて進駐軍に豹変して、我が物顔で蹂躙するだけでなく、恒常的な赤字に喘ぐグループ子会社との経営統合を推し進めると無謀であると危惧する有志の旗頭として祭り上げられた。


企業情報部の機能不全に対する内部通報を受けながら、最終的に親会社銀行へ下駄を預けてしまったことは、企画・管理部門の実効支配を認め、実質的な販売部門に成り下がってしまった要因であるが、消極的な決断を促した理由を教えてくれた。


「我に秘策あり」番外編人事制度の弊害


A常務の本社部門とB常務率いるリテール部門を比較すると「天国と地獄」と表現せざるを得ません。


手段を選ばずに数字だけを追求する為、猪武者の集団となる後者に対して、上部構造と下部構造の二層によって、行動原理が異なります。


下部構造を支配する行動原理は、「生き残り頭脳ゲーム」であり、天国から地獄に舞い戻らない為、本来は自分が居なくても回り続ける組織を構築すべきであるが、単純な業務の複雑化や口述秘伝として、競争者である新入りを排除若しくは撃退して、自分が居ないと回らない組織を目指すプリンシパル・エージェント理論の帝国建設若しくは塹壕効果による弊害が生じます。


上部構造を支配する行動原理は、「神輿は軽くてパーが良い」であり、猪武者の成り上がり上司はお門違いの部門を率いることとなり、ある意味で有能な部下が実務の全てを切り盛りする為、生殺与奪を掌握され、村の利益を最大化する傀儡となり、魑魅魍魎が抜鉤する伏魔殿を生き抜くには悪代官に徹するしかありません。


このような負の連鎖により、悪貨が良貨を駆逐する組織に未来はありません。


一刻も早く、名古屋支店営業部第五課の五箇条の精神に立ち戻って下さい。


「良薬は口に苦し」は言い古されているが、的を射た諺の如く、内憂外患で身動きの取れなかった当時は黙殺せざるを得なかったと情状酌量の余地はあるが、少なくとも自分限りの判断ではなく、社内での議論を実施すべきであり、その後も軌道修正する機会は何度もあった。


初任給の明細を彼ら(新人課員)に手渡す時、「給料以上を稼ぐ気概を見せて、両手で恭しく受け取らずに片手で受け取れ」と指示すると、彼が「課長や社長に感謝しているのではありません、お客様に感謝すべきと思います」と反論し、結局は論破されたことを社長への提言(良き会社人である前に良き社会人たれ)で思い起こされた。


「後悔先に立たず」若しくは「覆水盆に返らず」の通り、現時点では彼を野に放つ弊害を無視出来ず、結局は心の病による休職者が復職に向けたお試し出勤をしている専門部署に所属することが決定した。


顧客と従業員に牙を剥く狼の存在を認めない会社にとって、彼の存在は忌々しい存在であり、狼少年として抹殺する機会を虎視眈々と狙っているが、諸刃の剣に対する恐怖心も中途半端でなく、引き続き私が対峙し続けざるを得なかった。


彼の沈黙は揣摩臆測による疑心暗鬼を生じていたが、相変わらず人事部長から私への指示は、「兵糧攻めが効いている筈だから、一切妥協するな」であり、「評価面談を兼ねて様子をうかがえ」であった。


窺う若しくは伺うと尋ねたい気持ちを抑えて、彼との面談に臨むと、「一日中、読書三昧なので言葉を忘れてしまいそうだ」と軽口を叩いて、休職者との私語は厳禁なので、背景や症状等も一切不明だが、入れ替わり立ち替わりあっても常時、粗満席の状態であることに驚き、暗澹たる気持ちだと語った。


会社側の立場を改めて彼に連絡する段階でないことは明白であり、X専務との面談について言及すると、「真っ白な新人を一から教えて頂いて、感謝はあっても遺恨は皆無であり、禁断とされる知恵の実に手を出して、構造上の矛盾に苦しんでいるだけだ」と心情を吐露した。


最大の矛盾は、会社の利益は顧客の費用に直結しており、典型的な利益相反になっている上、思い入れのある銘柄及び顧客こそ、良心の呵責を感じ、初日営業(毎月最初の営業日にご祝儀相場で手数料を予約する悪弊)や売り止め(顧客からの売り注文を禁止する悪弊)は健全な市場を歪める行為であり、旗を振る伝統(期日指定型投資信託を架空名義で予約し、期日までに訂正)は一任勘定若しくは無断売買に該当し、大口顧客に対するIPOの優先割り当てに至っては利益供与以外の何物でも無いとの彼の主張には全面的に同意せざるを得ない。


お仕置き部屋と呼ばれた首都圏営業部での経験は、禁忌に触れると避けて来たのだが、彼の口から自然と語り始められた。


平均年齢が50代後半であり、30歳前の彼が極端に若く、30代若しくは40代は、彼と同様に上司と衝突して来たのであり、殆どは親会社となった外資系銀行との重複し、撤退した部門に所属していた為、行き場を失って来たのであった。


首都圏営業部長は、彼の同窓でもあり、復権するように発破を掛けていたが、直属の上司であるT部長(職位名称であり、実際には課長)の方針は、折角の機会なので頭で考えるだけでなく、心で感じる為、足を地に着けるように指示をした。


当初、彼は反発してIPO株式の入庫を地道に実施する意味も理解出来ず、成果を出さないように邪魔をしているのではないかと不信感を募らせて、「努力せずに必要とされない高齢者とは、別扱いにして下さい」と直訴し、独自の新規開拓を主張していたが、T部長は、「少なくとも半年は何も考えずに訪問して、それから文句を言え」と断じて認めなかった。


T部長は複数店の支店長を歴任しており、過去はパワハラの権化として悪評が多かったが、実際には公私に亘り親身になって考えてくれ、訪問先リストも住所や背景等で最大限の配慮をしてくれていた。


一口にIPO株式の入庫と言っても、彼が今までに経験した野党(現経営陣と対立)は現金化を急ぐ為、スピード勝負である一方で、与党(現経営陣と協調)は基本的に主幹事に安定株主として預託される発行市場(プライマリー且つプライベート)と流通市場(セカンダリー且つパブリック)の概念を学んだ。


未だ預託していない無党派層若しくは既に預託しているが、状況変化や発行会社の事情を把握し続ける必要があり、ファストインベストメントよりもスローインベストメントを意識するようになったが、上場企業の殆どが証券市場でなく、銀行主導で調達して、時価総額も流通株式を抑えることで膨張し、東証一部に偏在して形骸化している状況には愕然とした。


創業者


スタートでなく


上場が


ゴールとばかり


キャッシュ化急ぐ


二、三か月後、当初は一線を画していた高齢者とも気軽に話すようになると、努力をしていないどころか、学歴が全てでは無いが、彼よりも難関校を卒業し、海外やシステムの高い専門性を有しており、決して努力不足でないと理解し、移動時間を利用して読書するように勧められて文学、哲学、化学等の今まで関心の無かった分野に興味を持つようになり、歩いている時に怪しげな短歌を捻り出すようになったのもこの時期であった。


辛いとき


ジタバタせずに


一休み


気分爽快


三十一(みそひと)の文字


仕事だけでなく、家庭の事情も絡んで、彼は過去に遡って、自省の念に駆られて七転八倒しており、精神的にも相当参っていた。


このままじゃ


ドリアン・グレイ


まっしぐら


今の自分を


悔い改めよ


酒に溺れて、繁華街に屯する怪しげな集団との交際が噂されたが、T部長が訪問先リスト以外の口座開設を断固拒否することによって、深入りせぬように生活態度にまで配慮したのも、日頃から一番大切と考える朝夕の挨拶によって、部下の状況を判断し、必要に応じて個別面談を実施する、決して数字には表れない管理職として永年培った経験の賜物であった。


幸福の


王子は全て


失うも


周囲の人に


幸福(しあわせ)贈る


寡暮らしの無聊を慰める為、大学生で経験した阪神大震災でのボランティア経験から、凡そ十年ぶりに三鷹国際交流協会や高尾の森づくり等に積極的に参加するようになった。


あるべきは


正直者が


報われる


残念ながら


馬鹿見る社会


猪武者の典型であり、効率至上主義で努力万能論の信者であった彼に変化が見られたことは当時の手帳を見れば一目瞭然であった。


重商主義と重農主義の浮沈と興亡の間隙を縫って登場した徒花である拝金主義を痛烈に意識し、批判し始めた。


綺麗事


資本市場の


礎も


将、功成りて


万骨枯れる


裏腹に外資系銀行が親会社となり、ホールセールはラージキャップに特化し、地方経済を切り捨て、リテールも手数料率が低下する株式に見切りを付け、本社一括管理に移行して、投資信託や仕組債等の高収益商品に傾斜する効率性が評価され、弱者切り捨てで業績を回復した経営陣が、新聞や雑誌でも称賛される有様であった。


これからは


おれがおれがの


がを捨てて


おかげおかげの


げで生きていく


寺社仏閣や史跡名勝で立ち止まり、起源や由縁等に惹かれ、古地図を片手に散策にも興じることで、明治維新の文明開化の礼賛及び大東亜戦争の全否定の行き過ぎに疑問を抱いて、構造主義にも感銘を受けた。


熱帯も


野蛮ではなく


天候や


風土を見れば


当然のこと


皮肉なことに東西冷戦の終結により、最新兵器の開発競争は姿を変えて、欧米投資銀行主導のデリバティブ(金融発生商品)によって解き放たれたグリード(貪欲)が牙を剥いた。


正社員


派遣社員の


溝深く


分断するも


明日は我が身に


就職氷河期に運良く就職出来た彼(私)の周囲には、残念にも派遣社員だけでなく、引きこもりの問題は他人事でなく、将来の不安が少子高齢化に拍車を掛けることは自明の理であった。


衣食住


足りて初めて


安寧し


それが無ければ


将来不安


高齢者に富が偏在する現状も右肩上がりを前提とした社会保障制度の限界を示し、敗戦を機に大家族を全面的に否定して、農村から大都市への人口流出を促し、核家族化を加速させたが、自助、共助及び扶助を無視した公助一辺倒にしてしまった為、世代を超えた富の移転が不可能な上、極端な間接金融優位で経済発展を促す投資が恣意的となり、企業の新陳代謝が促進されず、不動産バブルが発生してしまった。


鶏(にわとり)か


卵が先か


言う前に


老後の不安


和らげるべき


産業調査部で実現したかったレポートは首都圏営業部での経験を通して、萌芽、胎動しつつあり、一朝一夕の紛い物では決して無かった。


自分さえ


良ければそれで


構わない


それで本当(ほんと)に


良いのだろうか


連休には深夜バスを利用して地方都市に足を延ばすようにしていたが、城跡や寺社仏閣だけが聳え立ち、シャッター商店街が無残な姿を晒し、駅前には大手量販店とセントラルキッチン方式の味も素っ気も無いチェーン店といった画一的で風土を全く無視した都市開発が推進されており、東京一極集中の弊害を目の当たりにし、暗澹たる気持ちになった。


駅前は


量販店と


チェーン店


土地の記憶を


辿る術(すべ)無し


地域に根ざし、共存共栄で成り立っていた小売店も大資本による絨毯爆撃による殲滅作戦を可能とする大店法によって無機質で血の通わない関係となってしまった。


限りなく


ブラックに近い(字余り)


グレーから


一歩だけでも


人にやさしく


三十一文字に拘った彼らしい抱負を縷々述べており、「強くなければ生きていけない」を教えたのが、X専務であり、「優しくなければ生きていく資格が無い」を教えたのが、T部長であったことに改めて驚嘆し、彼が人間的に変化した理由に初めて辿り着いた。


彼が言った「自分が蒔いた種」とは、安寧に息を潜めていた功名心及び万能感が顔を擡げ出し、リーマン・ショック以前であったので、オペレーティング・リースや逓増定期保険、為替予約、不動産及びM&Aといった既存の枠組みに固執しない彼は、デリバティブによって社会的弱者にも不動産取得が容易になった米国の事例(サブプライムローン)を始め、陽の部分に対する期待の方が先行しており、ヘッジ(回避)やアービトラージ(鞘取)よりスペキュレーション(投機)によって現物が振り回される陰の部分を軽視若しくは無視していた為、B元常務(当時は執行役員兼リテール事業推進部長)の同窓(彼も)で嘗ての上司であった首都圏営業部長によって蠢き始めた甘美な罠にも警戒感を抱かずに飛び付いてしまった。


首都圏営業部長が彼を含む数名を呼び出して、「首都圏営業部も預かり資産だけは、中規模店舗並みまで増加したので、営業経験者によるコンサルタントと分業を実施して収益にも貢献していきたい」と宣言した。


彼からこの計画を聞いたT部長は、「冗談じゃない、普通の営業とは一線を画したからこそ、安心して預けてくれているのに、何を今更」と憤慨し、そのまま直談判に及んだ。


予てから彼は、先発完投型の営業に疑問を抱き、新規開拓(オープナー)とコンサルタント(セットアッパー)と第三者的な立場である護民官若しくは大目付(クローザー)による分業が、顧客満足度の向上に有効と考えていたので、T部長には申し訳ないが、渡りに船の申し出であった。


思惑以上に大盛況であり、特筆する成果を生み出す彼を首都圏営業部長は絶賛し、「預かり資産が大きい顧客は、早々にWと同行訪問するよう」にと厳命し、同意しないT部長との軋轢が目立ち始め、首都圏営業部長の直属となっていた彼を苦しめ続けた。


人事異動を目前に控えて、B元常務から直接彼に呼び出しがあり、シンクタンクへの異動を打診され、首都圏営業部の顧客を最寄りの支店に移管し、人員を削減した上、首都圏営業室に縮小する計画を打ち明けられた。


首都圏営業部長は色を成して、B元常務に抗議したが失地を回復することは不可能であり、T部長は「予想していた展開であり、Wも首都圏営業部長も利用されただけだ」と冷静に状況を分析し、シンクタンクへの異動は猪武者である彼にとって試練であるが、実務と乖離した象牙の塔に揺さ振りを掛ける一大契機になると激励し、心尽くしの歓迎会を開催してくれ、年に数回の交流はT部長が定年退職するまでずっと継続した。

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