第4話 二件の聴取

希望通り公益法人本部へ異動となった彼にとって二種類の不運が重なり、不幸な結果に結び付くことになってしまうのだが、一種類目については、絶対に避けることの出来ない事情、組織編成によって西日本全体をカバーする第三公益法人部という組織は、部長が常駐ではなかったことと春季の大異動でなく、秋季のやや小規模の異動であった為、彼を含めて二人の追加のみだった為、顧客の引き継ぎが全く無かったこと、大阪公益法人が二課体制であったことである。


二種類目については、人間関係の機微に疎い彼だからこそ事態を悪化させてしまった避けられるものであったのか、取り巻く環境の変化によって回避出来なかったは意見が分かれるところである。


最初の挨拶時に部長は、冒頭に「事前にXさんからWが行くからよろしくと連絡があった」と前置きをして、「一課か二課か悩んだのだが、両課共に主力は学校法人だが、ゼロ金利政策で仕組債が生命線となっており、二課の顧客は金利為替系のみだが、一課の顧客はエクイティにも取り組んでいるので、その差が出ているが、顧客層は二課の方が幅広いので二課に配属することにしたが、ITバブルとリーマン・ショックで休眠化している顧客の覚醒を中心に期待しているので、名古屋と大阪の違いはあるが、両課とも筆頭は同窓の後輩なので、ホームグラウンドで大活躍を期待している」と和やかな面談であった。


課長は、捨て鉢に「部長から何を言われたが知れないが、二課は戦力的に厳しいので、遊ばせている余裕なんて無いので、預かり資産はゼロで新規開拓と休眠覚醒を半年やって貰ってから判断する」と言い渡すと銀行の悪口と公益法人本部への不満を滔々と話し続けた。


話は逸れるが、株式売買委託手数料の完全自由化後によって、状況は一変したが、証券界全般に該当する笑い話になるが、中間管理職の最大の業務は一時間毎の集計であり、前場後場の二回に減らしたところ手数料が激減してしまったので、管理職会議で一日中議論結果した元通り一時間毎に戻したら収益が倍増した話とか顧客と電話中でも「集計だ、一度電話切れ」等の逸話も残っており、それに加えて当社では管理職が顧客を一切担当もせずに「楽勝客」や「イージー客」と陰で呼ばれる顧客の引き継ぎも上司の胸先三寸で決定するので、「お客様より上司様」という文化が醸成されていることだけでも彼の弁護の為に言及しておきたい。


公益法人本部の起源は、三羽烏と呼ばれていた凄腕セールスマンB常務、C常務及びITバブル時に都心支店長として、露骨なIPO配分及びFA社員による横領で追い詰められて地場証券の社長に転身した三人を競わせる目的で設立された首都圏法人部が母体であり、想像を超える成功により首都圏から地方都市に拡大され、名古屋等の大成功によって現在に至っており、第一世代である首都圏法人部のメンバーはリテール及びプライベートバンクの要職に就き、現在の部長は他社の追随を許さない地位を築き、異例の出世を遂げたX執行役が筆頭である第二世代の薫陶を受ける第三世代という存在であった。


地域割は第一、第四が首都圏、北海道、東北及び東海が第二、西日本が第三であり、その後、銀行主導の東名阪を重点地域とする方針で、それ以外の拠点は地方支店法人部傘下の法人課となって翻弄されることになる。


このような組織形態なので、部長及び副部長は各拠点に一か月中、一週間ずつ交代で訪問する状況であり、メイン顧客訪問以外は一課と二課で同行訪問予定を調整するのであったが、部長、副部長及び一課長は第三世代の二、三年ずつ先輩後輩の関係であったが、二課長は旧外資系親会社時代には要職も経験しており、第二世代よりも年次が上であり、二課に配属された空気の読めない彼でも違和感があると私に言っていた位である。


具体的には、二課の課会は水曜日に開催され、一次会で終了して部長と二課長だけバーに立ち寄り、一課の課会は金曜日に開催し、部長だけでなく、副部長も同席することが多く、二課の筆頭と彼は近くの居酒屋で飲み直す二次会から参加して、深夜のカラオケで締め括られるのだが、家庭を持つ部長より上の世代は自然解散となるのだった。


新規開拓及び休眠覚醒の戦略を課長に相談すると「毎日の数字だけを追っており、忙しいのでそんなもん自分の頭で考えろ」と取り付く島も無かったので、両課の筆頭を居酒屋に誘って、相談すると複雑な人間関係等を懇切丁寧に教えてくれた。


凄腕セールス及びトレーダーであった二課長は自分への待遇に対して不満だらけで浮いた存在であり、顧客にも銀行にも嫌われていることを部長も分かっているので、半年間だけ我慢して下さいが結論であり、筆頭の仕事も基本的に銀行に対する接待、上司の我儘を我慢することであり、下手に張り切ると地雷を踏んで終わりと助言された。


翌日、九州の拠点に滞在中の部長から電話があり、「二人から事情は聞いた、焦る気持ちは理解するが、半年後に二課の筆頭を二課長に昇格させて後釜に考えている、回り道をしているので、年次が逆転しているが我慢してくれ、企業情報部の轍は踏むべきでない」と諭されたので、「いきなり後ろから袈裟切りするようなことはしませんから、安心して下さい。でも半年間も遊ぶことは出来ないので、自分のやり方で行きます」と伝えた。


休眠顧客の開示資料を丹念に調査し始めて愕然とした、基本財産が一億円未満の団体が殆どであったので、大阪府内の基本財産の大きい団体を検索し、独自のリストを作成して既存客であるかどうかを確認して更なる衝撃を受けた、訪問記録は皆無であったが見込み客登録のみされ、銀行からトスアップを受けた場合に備えている親鳥が餌を運んでくれるのを巣の中で待ち続けるだけの所謂地雷型新規開拓だったが、部長から和を乱すことだけはしないように言われていたので、諦めるしかなかった。


後日、部長と副部長が二人とも来阪する日程で、面談が設定され、彼からは仕組債の条件シート一覧を親会社銀行に手渡して、実質的な約定を決定し、形式的に当社が事後説明する手順、寄付金(奉納金)を銀行が当社分も差配する慣習、研修受講時の不正、録話機能付きの業務用携帯電話でなく、個人携帯電話を利用している現状に対する疑念を言及して、早急に改善する必要があることを指摘した。


部長からは、指摘に関しては一々ご尤もであるが、多かれ少なかれ銀行系証券会社では公然と行われているので、当社だけが正々堂々と勝負するのは営業推進上も多大な不利益であり、100%親会社銀行が相手なので、折を見て改善していくようにすると回答があり、実際に部内で露骨な遣り取りをすることは憚れるように改善された。


先方からの要請は、部長だけでなく、副部長の同行も重複しており、筆頭を中心に訪問先を選定しているが、訪問先も限定されており、収益面だけ考慮すると負担になっているとの声があるので、役割分担して副部長は、新規開拓を優先的に支援することにするとの提案であり、双方にとって有意義なことであった。


彼のことを目の敵にする人は、仕組債を毛嫌いしていると強調するが、それは間違っており、事業を継続するのに要求される利回りを流動性リスク、信用リスクでは実現不可能な場合に受け入れ可能なその他のリスクとして検討することは当然であり、最も忌み嫌うことは早期償還条項が購入者に有利であるかの如く説明する姿勢を問題視すると共に、当社では最大手数料が600万円から500万円に引き下げられていたが、グループ子会社(当社は銀行子会社)の水準に合わせて650万円に引き上げになったことが時代に逆行していると批判しているだけである。


早速、副部長と新規開拓の方針を相談し、国債のイールドカーブ(利回り曲線)がゼロ金利政策により低下しているので、10年国債を20年国債への長期化と金利反転時に備えて、TDB(国庫短期証券)の長短二元ポートフォリオを基本戦略とすることで合意した。


提案先としては、学校法人、宗教法人、財団法人は、手垢がついており、事前に見込み客登録されているので、競合を避けて地方公共団体を中心に(特に水道事業会計は長期積立金の取り崩しもあり有望と考えた)農業協同組合、労働組合、生活協同組合、健康保険組合を中核とすることとし、地方公共団体のみ指定金融機関の絡みがあるので、銀行の公務部へ二人で事前説明に行くことにした。


ある程度は予想していたが、公務部にとって彼らは文字通り「招かざる客」であったようであり、次長の説明によると指定金融機関制度の過渡期にあり、地方公共団体相手の業務は近年厳しさを増しており、問題を拗らせる様な動きをするのは、甚だ面倒なことであり控えるべきと考えるが、仕組債のような収益性が高い商品であれば食指も動くので銀行としても検討する余地があるものの、預金に対する眠り口銭(正式名称は不明)が年間で90ベーシス(一億円で90万円)もあるので、五年分の450万円以上でなければ旨味が無いとのことであり、部下の課長補佐が来年度は60ベーシスに引き下げになると指摘し、「長期的な観点から見れば顧客の利益であり、現状を打破するためにも必要な提案ではないか」との声を上げたが「銀行は営利企業なので、常にマネタイズしていく必要があり、道楽じゃないんだ」の一喝で掻き消されて、指定金融機関以外の地方公共団体で細々と活動することが決定し、「くれぐれも面倒を起こさんといてくれ」と釘を刺される始末であった。


帰りの車中は、重苦しい空気が漂っていたが、彼は憤懣やるかたなしという調子で「赤いきつねと緑のたぬき、そして青い(う)さぎがそれぞれ都合の悪い情報を隠蔽して、本来必要とされる資金が滞留して、新陳代謝が阻害され続けていることが日本経済低迷の元凶です」と切り捨てると副部長も「投資信託の回転売買で窮地に立たされていたB元常務が、青いうさぎに移籍するのだから世も末です」と接ぎ穂を入れると彼も持論である「お客様より上司様、上司様より銀行様」を持ち出して、長いものに巻かれる風潮を嘆いた。


それでも彼は日々訪問し続け、副部長の来阪に合わせて同行訪問も繰り返したが、大阪特有の事情が彼の行く手を阻み続ける。


因みに健康保険組合は単独の場合、親会社にも体力もなく、代行返上を検討しているので、運用停止して流動性資金のまま待機しており、農業協同組合は系統預金が断然有利であり、門前払いが殆どであったが市場動向、制度に関する資料提供を続け、生活協同組合及び労働組合は首都圏を筆頭に運用が始められていることを把握しているもののそれぞれの運動が活発な中心地(幹部は聖地と表現)であり、資本主義の理論に堕落してはいけないと強硬であったが、実務担当者への情報提供を地道に続けた。


地方公共団体の反応は水道事業会計の冷淡が目立ち、会計管理者は近隣及び類似市町村の動向にだけ関心を持っていたが、行動力が乏しく横並び意識が強い特徴だけは共通しており、近隣の地方公共団体に提案した資料を同じく公営競技開催地である地方公共団体が入手して、先方からの提案依頼に基づいて、開催時期のみ資金需要が突出しており、それ以外は安定しているので長期国債保有して短期借入で対応することよって、金融収支を改善出来る見通しであったが、輪番で指定金融機関を担当する銀行によって揉み消されてしまった。


また、関西国際空港による皺寄せで、特に南部では、財政状況が極端に悪い地方公共団体が多数あり、企業立地等の恩恵を被る小規模地方公共団体のみ健全であることを把握して、公益法人業務部に同行訪問を依頼したことも裏目となったが、担当者の説明が実名こそ伏せていたが、地方公共団体の関係者であれば類推出来る表現であった為、「全国であんな風に宣伝に使われるのなら、迷惑なので大阪府若しくは大阪市に何かの動きがあったら教えて下さい」と三行半を突き付けられたことであった。


さらに、親会社銀行に戻ったKさんからの紹介により、ウォーターフロントの第三セクターも類似業態に関する情報提供で友好的な関係になった途端に公務部から大規模プロジェクトを手掛けているので、前述の課長補佐と同行を強要された結果、先方から「このような露骨な優越的地位の濫用はご遠慮頂きたい」と申し出があり、Kさんに確認すると「担当者は所謂神戸の銀行出身であり、片道切符の出向に不満を持っており、何かにつけて妨害して来ることは有名な話なのに知らなかったのかな」と呆れられてしまった。


あんなこんなで、半年はあっという間に過ぎ、当然の如く当初の申し出は実行されず、もうすぐ一年経つ頃になっても全く成果が出ないことに彼は焦っており、副部長が「彼と同行訪問することが、個人的には一番力が入る」と言ってくれても何の慰めにもならず、寧ろ追い詰められるだけであり、二課長からは事務通達のみ伝達されるだけで、指示及び助言は皆無であり、人件費だけでなく、交通費も無駄であると不満をぶつけられ続け、部長からも二課長と上手く付き合ってくれと懇願されるだけだった。


賽の河原で石積みを続け、絶望に瀕した彼に一筋の光明が持たされたのは、ある生活協同組合の担当者から同和系金融公社で運用を一新する動きがあると担当者を紹介され、長短二元ポートフォリオを提案すると詳細な資料を頂き、具体的な数字を元にシミュレーション作成を求められ、二課長及び副部長に報告した。


二課長は早速、公益法人業務部で資料作成を依頼し、副部長は大喜びで次回の同行訪問までに口座開設を二課長に相談して、恙なく進めるように指示し、資料も大至急で作成して貰い、何もかもが順調であった。


同行訪問した二課長も珍しく饒舌に外資系トレーダーの経験を担当者に喧伝し、運用枠を拡大していく体制整備等にも言及して、口座開設用紙の記入方法を説明し、押印の都合で二週間後に再訪問することになった。


状況が暗転したのは一週間後であり、部長が急遽日程変更して来阪し、口座開設を不許可として用紙を回収することになり、先方にもその旨を伝え、不承不承ながら了解を取り付け、部長は彼に一切話すことを禁じ、淡々と経営判断であり、詳細はお伝え出来ないと只管繰り返すだけであった。


約一年間の苦闘し続けた挙句、梯子を外される結果となり、彼は自暴自棄になって、自分に課した訪問さえも億劫になり、悶々と自席に座っていることが多くなった。


彼と二課長の二人きりになった時、「一年間、何も言わず見てきたが、収益ゼロ、資金導入ゼロで、評価すべき点がないので、人件費だけでなく、交通費の垂れ流しになっている状況で、恐らく半年続けても一年続けても同じ状況でしょう」彼が返す言葉もなく、項垂れていると「意地を張って、無駄な努力を続けるのでなく、一課長の尾行をして、報告してくれるのであれば、評価と引き継ぎで報いることが出来る」と提案された。


彼は善悪の判断を見失って、翌日から一課長が外出すると、ホワイトボードに訪問先・市内、帰社時間・16時とだけ書いて尾行し続け、当初は見失うことが多かったので、気配を感じると先回りする等の要領を覚えてマンガ喫茶に入店を確認すると30分毎に出店を確認し続けた。


彼から連絡が途切れて、久しかったので、私が電話を掛けた時に事の顛末を打ち明けられて、X執行役に報告し、M副部長と来阪する運びとなった。


問題をより複雑にしたのは、前述の通りであるが、銀行主導の東名阪を重視した組織再編で第三公益法人部から大阪公益法人部に組織再編されたこと、二課長が完全否認し、彼が提出した証跡を示されると部長に嵌められた、更には自分もパワーハラスメントの被害者であると主張したこと、一課長の心労の原因が通貨オプションによる損失で係争中の宗教法人及び銀行担当者からの個人携帯電話への執拗な連絡による板挟みとなり、精神的に追い込まれていた事実であった。


それらを踏まえた上、彼から妥協を引き出す為、M副部長が過去の人事を覆すことは出来ないが、今後は責任を持って人事部が関与すると言質を取られたことと機密情報であったグループ子会社との経営統合を匂わせてしまったことが最大の誤算として、後々まで彼と私だけでなく、M副部長も翻弄する結果となってしまった。


紆余曲折を経て、彼はホールセール向けセールス&トレードを担当する大阪事業法人営業課へ異動することになった。


ホールセールは旧外資系親会社に分社化され、リテール専業であった為、立て直しが急務であったが、外資系にありがちなラージキャップ(大型株)偏重により、地方の足場は壊滅的であった。


兵庫県の上場企業を担当することになったが、同期入社でもある前任者からの引き継ぎは、銀行担当者との同行訪問(神戸、姫路、西宮、尼崎で10社未満)若しくは紹介だけであり、直接連絡しても良い顧客は皆無であった。


県庁所在地である神戸は第二法営が主力であり、所謂東京の銀行ではあるが、それ以前は所謂神戸の銀行における本拠地という再編に次ぐ再編による複雑な状況であり、独特の雰囲気を醸し出していた。


銀行担当者との同行訪問には、副部長(事業法人営業部大阪法人営業課長)も臨席しており、頻りに個人携帯電話の番号の交換を勧めるのに違和感を持ったことを皮切りに、神戸の製鉄会社は「東京の管轄なので、雑用は極力断れ」や姫路にある複数の会社は「金利若しくは為替予約(経済的に同一効果である別商品)を銀行から打診され、比較して手数料が高い場合のみ提案する」は情報の非対称性を悪用する典型例であり、衣料品会社から「物流子会社の売却先はライセンスビジネスに強い商社」と要望を無視して、倉庫若しくは運輸会社を中心に打診した上、しかも「法人関係情報取得は不要」と強硬に主張することに反発しながらも前部署とも同様に折を見て、改善していくことで合意した。


それ以外では、毎度の如く研修受講時の不正、プライベート・バンキング部時の顧客を個人法人共に管理して、IPOやPO(公募若しくは売り出し)を恣意的に配分し、つなぎ取引を他社口座も絡めて提案するのは、上場企業としては相応しくないこと、毎度ながら個人携帯の使用及び研修受講時の不正、40歳後半の女性アシスタントに対し、彼の先輩がセクハラ若しくはパワハラと見做される言動を繰り返すことに対しては毅然とした指導が必要と指摘した。


部長及び内部管理責任者へも前述の懸念を伝えたが、副部長から問題なしと回答を得ていると関与に及び腰であった。


所謂神戸の銀行からの受向者である神戸法人部副部長から衣料品会社から期越資金にTDBを提案するので、珍しく同行訪問の依頼を受けたが、「銀行が事前に了解を得ているので、商品説明以外は言及するな」と釘を刺され、その心積もりでいたところ、先方の担当者から「私の頭越しで銀行と根回ししたようですが、期末で多忙なのに当方に何のメリットも無い提案は金輪際やめて下さい」と怒り心頭の様子であり、二人で頭を下げて這う這うの体で逃げ帰る有様であった。


外貨建てMMFと外貨預金の為替利益に関する税制上の差異も具体的に説明したが、後者の手数料がより厚いとの理由で親会社銀行から却下されると提携解消した証券会社の攻勢もあり、化粧品会社を筆頭に不親切だと叱責を受けるだけでなく、外貨資産が流出する最悪の事態を招く結果となった。


潔癖過ぎる彼の態度は副部長との距離を拡大させ、法営からの依頼は副部長の個人携帯電話を通じて秘密裏に取引されるまで悪化していたが、鈍感な彼は歩み寄るどころか、コーポレート・ガバナンスを切り口に第二法営の次長に対して、管理職向け勉強会を開催する等独自の方法に邁進していた。


当初、持ち合い解消の可能性を言及したことで、袋叩きにあったが、対象企業にヒアリングすると既に機関投資家からの打診を受けており、対応策を検討する機運が高まり、次長から若手と同行訪問して、コーポレート・ガバナンスを切り口に株主政策についてニーズ把握を指導する依頼を受けたが、遅刻が常態化しているので、その都度叱責し、理由を確認すると「上席と役員を表敬訪問する時以外は、融資先への訪問は少し遅れていくのが当たり前の雰囲気なっている」と悪びれもなく答えるので唖然とし、次長に改善を求めたところ、「社会常識と銀行の論理が乖離しているので、厳しく指導する。銀証連携とトップダウンで叫ばれているが、銀行への遠慮で生かし切れていないと感じており、率直に言って頂き、有り難い」と感謝されたので、個人携帯電話の使用等の当初の違和感を率直に伝えたところ「初めに収益ありきの殿様商売を改めて、感謝の種を播き続け、信頼を実りとして頂く、地道な活動を続けていきましょう」と賛意を示してくれた。


その後、製鉄会社から具体的な対応が必要となったと依頼を受けた時には、信託銀行からの書類を読み込み、企業年金に拠出する手続き等の助力を惜しまなかった為、信頼を勝ち得ることで自信を深めていったが、東京の管轄であることと社内の理解及び連携が機能せず、収益機会に生かせなかったことが心残りである。


残念ながら、外部からの評価とは裏腹に半年でプライベート・バンキング管理部に異動させられてしまったことで、旧態依然の親会社銀行主導で付加価値の創出でなく、羊頭狗肉の銀証連携が固定化されてしまったことが痛恨の極みである。


人事異動を次長に報告すると「ホールセールは収益低減の草刈り場なので、主力への回帰おめでとうございます」と言われ、思わず内情を漏らし、左遷であると伝えると「左遷と考えるよりも必要とされての栄転と考えるべきです。短い間でも我々にとっても有意義な半年でした」と言って頂いたことが、今でも心の拠り所になっている。


プライベート・バンキング管理部は、C専務(B元常務の他社への移籍で、A専務との二巨頭体制のようで、実質的には親会社銀行支配の完成)を本部長管轄下であり、名称通りのプライベート・バンキング部以外に上場企業の社員窓口である職域営業部と銀行と旧親会社とは異なる外資系証券会社とのJV(企業共同体)部の三部の内部管理業務を纏めて請け負っており、彼はJV部の担当となった。


プライベート・バンキング部の沿革も山一證券自主廃業の煽りによる、混乱期に立ち上げ、C専務の子飼いである旧首都圏法人部出身者と大手の証券会社から大量引き抜きの剛腕を発揮しており、そういう意味で伏魔殿とも呼ばれている。


前段でも簡単に言及したが、仕組債に関する彼の姿勢をより具体的に説明すると定款や運用規程等の制約が無い場合は保有する必要は皆無であり、理由は発行体、販売会社だけでなく、アレンジャーと呼ばれる条件を調整する会社、リスクヘッジ目的でカバー取引を行うスワップハウスが介在する為、コスト負担が大きく、ハイリスク・ローリターンの典型的な不機嫌な商品と考えている。


もう少し踏み込んで説明すると、仕組債の金利はボラティリティ(変動率)であり、金融商品に限らず、商品はおろか極端な話サイコロの目でもジャンケンの勝敗でも理論上可能であるが、ボラティリティの低下により元本割れもあり得る商品が増加し、投資期間の短期志向により、過大且つ割に合わないリスクテイクとコールオプション(期限前償還)を積極的に推進する悪徳商法が罷り通っていることがいることが問題であり、手数料及び諸経費を全面開示する必要があると考えている。


【参考】日本証券業協会ホームページ「仕組債」とは?


JV大阪室は、室長と営業推進部長(副部長)3名が銀行受向者で副室長がプロパーであり、JV部は部長と2名の営業推進部長がプロパーで共同部長と商品・投資情報部長(副部長)が外資系証券会社受向者で連携推進部長(副部長)と営業推進部長(副部長)と営業推進部長3名が銀行受向者であり、内部管理責任者と5名程度の担当者がプロパーである以外は、新規採用で銀行若しくは提携外資系証券に所属する担当者が数十名という不思議な形態であった。


建前上は銀行との窓口は連携推進部長であり、担当者決定後は営業推進部長が適正に管理することとなっているが、担当者が銀行と情報交換することは勿論のこと同行訪問も日常茶飯事となっており、初回訪問前に投資期間と金利から仕組債の提案書を銀行に提供している例が散見されていた。


公益法人部での疑念、法人営業部での違和感がJV部では確信となり、銀行が顧客を紹介し、外資系証券会社が投資情報を提供する契約となっているが、実態は仕組債を中心に銀行が販売し、外資系証券会社が組成する場所を提供しているだけであり、目先の利益を追い求める為、富裕層に関する情報を一方的に垂れ流しにしている状態であり、投資情報に関しても会社としての投資評価と提携外資系証券会社の投資評価に矛盾が生じる場合に関しても考慮されていなかった。


これまで彼は疑義が生じた時には、上司に対して直接伝え、議論が平行線に終わった時点で同意の上で内部通報制度を利用していたが、法人営業部では前回の聴取時にM副部長と合意した内容が全く反故にされた形で人事異動が発令されたことで慎重になっており、個人携帯の使用及び研修受講時の不正も相変わらずだったので、内偵を進めて証跡を揃えてから行動するつもりであった。


その選択は彼だけでなく私にとっても最悪の事態を招き、心ならずも対峙せざるを得ない状況へ追い詰められていく導火線に着火した瞬間であった。


なぜ彼は私に相談しなかったのだろうか、いや私が彼に連絡すべきであったのだろう、正直に言えば先頭を走り続けていた彼への嫉妬から転落していく彼を残酷に眺めながら無関心を装っていたのかもしれない。


彼の標的は私でなくM副部長であり、前述の内容に加えてグループ子会社証券会社とのとの経営統合にまで戦線を拡大させており、売買手数料依存度が高い点、重複店舗が多い点、銀行主導での高金利通貨建て仕組債の元本割れ償還が想定される顧客満足度が低い点や赤字経営が続いている点からも単なる規模の拡大で統合効果が期待出来ないと断言し、大手証券との提携が銀行の思惑通りに展開しなかっただけでなく、解消後もホールセールにおいては後塵を拝している現状認識が詳細に解説されていた。


更なる波状攻撃として、内部管理責任者(CC:M副部長)に対して銀行の不適切な関与が疑わしい訪問記録、通話内容及び個人携帯電話の使用と毎度ではあるが研修受講時の不正の証跡が添付されていた。


負の循環は続き、追い詰められたM副部長は、誰にも相談せず単独で彼と面談に臨んでしまい、パワーハラスメントの定義「職場での優位性」と「業務の適正な範囲」及びパワーハラスメントの6類型①身体的な攻撃、②精神的な攻撃、③人間関係からの切り離し、④過大な要求、⑤寡少な要求、⑥個の侵害を理解していなかった為、彼の術中に嵌って、彼が望む模範解答を濫発しまった。


【参考】厚生労働省ホームページ職場のパワーハラスメントについて


具体的には、直近の異動や過去の評価、銀行協働の問題だけでなく、グループ子会社との経営統合に関しても彼の見解(前述に加えて当社システムが劣後)を同意した上、鬼軍曹の異名を持つ副社長が社長就任に向けて規模の拡大を目指していることだけでなく、経営統合後に既得権益化して不採算部門である本社部門の粛清が予定されていることまで口を滑らせてしまった。


面談後に【御礼】面談議事録という彼からのメールを受信し、M副部長は漸く事態の深刻さを理解して、X常務にメール及び面談について報告し、プライベート・バンキング管理部及びコンプライアンス統括部に事態を説明し、緊急会議を招集した。


緊急会議を主導したのは、彼にとって不倶戴天の敵と言えるコンプライアンス統括部Z副部長であり、このような事態を招いたM副部長を面罵し、返す刀で彼からの不適切な関与についてのメールを報告していなかったプライベート・バンキング部長も叱責し、事態収拾に関する方針を説明した。


骨子は以下の通りである。


M副部長は、彼の人事異動前に子会社関連業務専従となっており、今回の面談は属人対応で無効である。


グループ子会社との経営統合に関しては、未確定情報であり、あくまでもM副部長の個人的見解である。


過去の人事異動に関する是非に関しては、一切考慮しない。


JV部の問題に関しては、該当者への聴取を実施(記載若しくは説明不足と追記)し、一部を本社研修(彼も含む)へ参加させる。


彼は、本社研修中に産業医に受診させ、コンプライアンス業務には関与させず、事務業務に従事させる。


来期にM副部長の後任としてY(私)が彼専属で(実質的な会社における死刑執行)対応する。


彼への通告は、本社に呼び寄せた上で、プライベート・バンキング管理部の部長とZ副部長と私の三人であったが、Z副部長の独壇場であり、「会社の方針に楯突くと碌なことが無い」や「経営判断は不可侵である」でバッサリと切り捨てると挙句の果てに「出来ないと言うだけなら、内部管理業務程楽な商売はなく、黒を白にする知恵が求められる」と暴論を述べ、「命の次に大事な金を借りている立場で優越的な地位の濫用なんて当局にも認定されたことがなく、利活用はどこの銀行でもやっているので、最優先課題である銀証連携に水を差すな」と恫喝した。


部長は横で頷いているだけであったが、一言だけ「信頼関係が必要だから、本社研修に参加して下さい」と発言しただけで、私も内心に忸怩たるものがあったが感情を押し殺して、「色々あったから本社研修に参加する時に産業医の面談を予約して受診して下さい」と自分の役割を果たした。


Z副部長にとって唯一の誤算は産業医が彼との面談を終え、強迫性障害と診断書に記載することを断固拒否し、正義感及び強い信念と記載し、「腐っても企業寄りのブラック産業医にはならない」と公言したことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る