第6話 魔王再臨

 先に動いたのはニーナだった。音もなく、風のようにスルリと近づくとナイフを一振りした。

 男はギリギリかわしたように見えたが、その手からナイフが落ちた。どうやら早くも無力化に成功したようである。


 あの踏み込みなら、一撃で息の根を止めることもできたはずだ。だが、ニーナがそれをやらなかったということは、あの男から、ここで何をしていたのかの話を聞きたいということなのだろう。


 俺も聞きたい。このままじゃ、気になって夜も眠れなくなりそうな気がする。

 ナイフを落とした男はほうほうの体で部屋の奥へと転がるように逃げた。だが、それをニーナが追いかけることはなかった。


 間違いなく、俺のことを気にしているな。これ以上俺から離れるとまずいと判断したようである。どうやらこの距離がニーナの間合いのようである。

 ニーナを怒らせたときはこの間合いには入らないようにしよう。よく覚えておかなくちゃ。


「ニーナ、あいつを追いかけるよ!」

「分かりました!」


 全力でニーナの方へ走る。だがしかし、俺は普通の七歳児である。ハッキリ言って、ニーナとは比べものにならないくらいに遅い。

 魔力を体に蓄えることで身体能力を強化し、速く走ることもできる。だがしかし、肝心の魔力がほとんどなく、数秒しか早く走れない。

 そして魔力を使い切ったあとは、身動きがほとんど取れなくなるほど疲弊してしまう。


 もちろん魔力を増やそうと、個人的な努力はしてみた。

 瞑想してもまったく効果はなかった。

 意図的に魔力を枯渇させてみたら、死にかけただけで何も起こらなかった。二度とやらないと誓ったくらいだ。


 そして分かったことは「魔法の先生から習うまではおとなしくしておこう」という、至極当然のことだった。

 素人が前世の知識だけで魔法を使おうとしてはいけない。レオニール、理解した。


「追い詰めたぞ。観念しろ!」

「命までは取りません。おとなしくしなさい!」

「クックック、アッハッハ!」


 ついに壊れたかな? 男が高笑いを始めた。いや、どうやら壊れたわけではなさそうだ。なぜならそいつの足元に、何やら魔法陣のようなものが描かれていることに気がついたからだ。


 よく見ると、この辺りだけ、きれいに平らになっている。さっきまでは穴を掘ったかのように、少しうねりのある地面だったのに。

 怪しい。とっても怪しい。まるであの魔法陣のためにそこだけきれいに平らにしてあるかのようである。


 魔法陣の大きさは直径三メートルくらいだろうか。そんなに大きくないな。仮にその魔法陣から何かが呼び出されても、それほど大きなものではないだろう。

 そういえば、コイツは魔王信仰のカルト信者だったな。まさか、あの魔法陣を使って、魔王を呼び出そうとしている? まずいですよ!


「ニーナ、悪い予感がする」

「私もです。話は聞けなくなりますが、あの男を……」

「この魔法陣には我らの魔王様が封印されているのだよ。そして私たちは長年の研究から、魔王様を復活させる術を見つけた!」


 どうやらこちらから話を聞かなくても、あちらから話してくれるようである。優しい。冥土の土産というやつなのかな? それとも、「自分は魔王を復活させることができるほどすごいんだぞ!」ということを強調したいのだろうか。子供か!


「そしてついに今日、その悲願が成就するのだ。この私の血を使ってな!」


 どうやら先ほどニーナから傷を負った男は、その血をささげていたようである。つまり、俺たちにこの話をしているのは、単なる時間稼ぎということである。

 くっ、思わず気になって、静かに聞いていた結果がこれだよ。こんなことならニーナに命令して無力化してもらっておけばよかった。


 ニーナって、本当はメイドじゃなくて、影の人だよね? 明らかに身のこなしが違うもん。普通のメイドはスカートの下からナイフを出したりしない。

 つまり、ニーナは俺のメイド兼護衛だったと言うわけだ。分かってしまえば納得できるな。


 俺がそんなことを考えている間にも、男は何やらブツブツと呪文のようなものをとなえている。

 今すぐにでも止めるべきなんだが、「魔王復活」という言葉を聞いてから、ニーナが慎重になっている。


 本当に魔王が復活するようなことがあれば、俺を抱えて逃げないといけないからね。ニーナは最悪を想定しているみたいだ。

 ニーナの要人は俺。俺の命を守るのが最優先なのだ。あの男をなんとかするのは二の次である。


 そうこうしているうちに、魔法陣が輝き始めた。

 どうやらマジで魔王復活の儀式をしているらしい。これはまずい。魔法陣から発せられる光に照らされた男の顔は、恍惚としたものになっていた。


「魔王様、今こそその姿をお見せ下さい!」


 次の瞬間、魔法陣が一際大きく輝いた。

 うお、まぶし。

 だがそれも一瞬で、すぐに周囲は元の明るさに戻った。

 しかし魔法陣の上には、先ほどまでいなかった人物の姿があった。


 ドラゴンのような翼に、ねじれた角。うねりのある紫色の髪を背中まで伸ばした、美丈夫が立っていた。

 やだ、イケメン! 怖いと言うよりも、「なんかズルイ」という感情が先に芽生えた。ちくしょうめ。


「わが輩を呼んだのはキサマか。まさか再びこの世界に降臨することができるとは思わなかったぞ」

「おおお! 魔王様、魔王様の復活を邪魔しようとしたあの者たちに裁きを!」


 そう言って男がこちらを指差した。うげげ、まずいぞ!

 俺をかばうかのようにニーナが立ち塞がった。

 魔王がこちらを見る。だが動かない。


「この世界へ呼び出されるときにエネルギーを少々使ってしまった。使った分は取り戻さなければならん。分かるな?」


 そう言って、魔王がチラリと男の方を見た。

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