第5話 怪しい男

「どこかに隠し通路がどこかにあるということか」

「そんな話、聞いたことがありませんよ」

「確かにエル兄様も言ってなかったな。でも、ないとも言ってなかった」

「それはそうですが……」


 不安そうな顔になるニーナ。平気な顔をしていたけど、もしかすると、お化けが怖いのかもしれないな。ニーナにも怖いものがあったのか。王族に対しても物おじしないから、無敵かと思ってた。


「そういえば、一カ所だけ、鉄格子が開いているところがあったな」

「確かにありましたね。あそこが怪しいと言えば怪しいです」

「よし、行ってみよう」


 俺たちはすぐに引き返してその場所まで戻ってきた。やはり鉄格子が開いている。他の場所は全て閉まっていたのに。


「きっとこの部屋のどこかに秘密の隠し通路があるに違いない。どこかにスイッチがあるはず」

「スイッチですか?」


 そう言ってニーナが壁を探し始めた。俺も反対側の壁を丹念に探す。だがしかし、それらしいものは見つからなかった。

 俺の考えすぎだったかな? と思い始めたところで、目の端にチラリと何かが映ったような気がした。


 なんだろうかとそれを目で追うと、壁の一点に魔力の痕跡を見つけた。どうやらこの場所がスイッチのようだな。恐ろしく僅かな痕跡。俺じゃなきゃ見逃してたね。


「スイッチ、ありませんでしたね」

「いや、見つけたぞ。今からそれを押そうと思う」

「えええ! どこにですか? やめた方がいいですよ!」

「せっかくここまで来たんだ。このままなんの成果もなしに帰ることなんてできない」

「そこは帰りましょうよ!」

「ポチッとな」


 指先に魔力を集中させて、そのスイッチらしきものを触った。やはり正解だったようで、壁の一部が開き、真っ暗な通路が現れた。それを見たニーナが目を大きくしている。


「ほ、本当に隠し通路があった。どうしてレオニール様はその場所がスイッチだって分かったんですか? 何もありませんよ」

「ああ、えっと、何かの本で読んだことがあったような気がする」

「……」


 ニーナの目が細くなっている。あの目は知っている。人のことを疑っている人がする目だ!

 これ以上、ニーナに突っ込まれるとまずい。最悪、俺の目のことについて話さなければならなくなるかもしれない。


「ほらニーナ、追いかけるぞ」

「あ、ちょっと待って下さいよ。レオニール様、前が見えないでしょう」


 その通りである。暗くて何も見えない。だが通路の先からは、ほのかな明かりが見える。どうやらこの先に、さっきの人がいるのは間違いなさそうだな。

 この通路の先には一体、何があるのだろうか。宝物庫、ではなさそうなんだよね。

 もしかすると、通路に罠が仕掛けられているかもしれない。俺たちはさっきよりも慎重に先へ進んだ。


 そうしてだんだんと周囲が明るくなって来たところで、通路の先が見えてきた。

 なんだこの部屋。壁が真っ黒だ。いや、よく見ると、何か彫刻のようなものが壁に彫り込まれているな。


 ガーゴイルをかたどったものや、角が生えた、まるで悪魔のような姿のもの、それに人の頭がい骨のようなものまである。

 何この部屋。ずいぶんと悪趣味な部屋だな。そんな部屋の中には祭壇があり、そこには赤々とロウソクに灯がともっていた。一本ではない。百本くらいはありそうだ。


 その祭壇の近くではさっきの人が何やら一心不乱に祈りをささげている。まるで邪教徒のようである。どこで回収したのか、黒いフードつきのマントを身につけているし。


「何あれ。超、怪しいんだけど」

「あれはまさか、魔王信仰のカルト信者ですか!? レオニール様はこのことを予見して、あの怪しい男を監視していたのですね」


 どうやらニーナには心当たりがあったようである。確かに言われて見れば、この部屋に施されている装飾はそんな感じだよね。そしてニーナがとんちんかんなことを言っていた。ちゃんと訂正しておかないと。


「違うからね? それにしても、魔王信仰なんてものがあるんだ。そのカルト信者がここで何を?」

「決まっているじゃないですか。魔王復活の儀式ですよ!」

「な、なんだってー!」

「だれだ、そこにいるのは!」

「わわわ……!」


 当たり前だけど、俺たちが隠れていることがバレた。そりゃそうだよね、あれだけ叫んでいたのだから。だが、見つかったところで問題ない。こんなこともあろうかと、昨日、ガルシアが訓練しているところをしっかりと見せてもらったからね。


 剣こそ持っていないが、ガルシアは素手での戦闘訓練もしていたのだ。あんな細身の男の一人や二人なら、俺の相手にはならないだろう。

 持っててよかった、チート能力。

 いつ使うか。今でしょ。問題はニーナの行動が読めないことだな。どうかニーナが妙な動きをしませんように。


「あなたこそ、そこで何をしているのですか!」


 そんな俺の思いもむなしく、ニーナが俺を守るかのように立ち塞がり、その男にビシッと指を突きつけた。

 男が驚いているのが分かった。まさか第三王子がこんなところにいるとは思わなかったのだろう。


 だが、すぐにその男は顔をゆがめた。子供と女性なら大丈夫だと思ったようである。

 その油断が命取り。子供の姿って、結構便利だよね。一緒にお風呂に入ったりもできるし。


 男がマントの下からナイフを取り出した。

 こんな狭い場所で魔法を使ったら、どうなるか分からないからね。さすがに魔法を使うことはないようだ。地下で魔法を使って天井が壊れでもしたら、まず助からないだろう。


 それにこの場所を壊したくなかったのかもしれない。何かの儀式をしているみたいだったからね。

 それに対してニーナは、両手にナイフを持って構えていた。


 え? ナイフ? どっから出したのニーナさん? まさか、スカートの中の太ももに隠していたの!?

 驚いたのは俺だけではなかったようだ。男も驚いて、目と口を大きくしていた。たぶん、今の俺も同じ顔をしていると思う。

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