拒絶
どうしてこうも悪い方へ転がるのか。
自分が選択を間違い続けているのか。ただ、それだけの問題であるのか。もうわからなかった。
あの日、才原音子から告げられた事実。
俺はそれを最後まで受け入れ切れなかった。自分がどうやって会話を終わらせたのか、家に帰ったのか、よく覚えていない。
ただ、時間だけがどんどんと過ぎていった。森山和奏には会えていない。
いや、表現が間違っている。
会いたくないのだ。
俺は生徒会室の前に来ていた。
百合から応援演説者を解雇にされた後、俺の後釜はいない。女王の孤立は確定した。いつの間にか、女王の取り巻きすらも翻っている。
扉をノックする。遅れて、――はい、と反応が聞こえた。
「黒猫です」
俺は扉を開けて答えた。
散々とした生徒会室。その奥に座るは生徒会長。いつかのときと変わらなかった。彼女は女王だった。そのキャラクターは俺を目の前にしても――……
百合は顔を上げるとにこやかに言った。
「あら。解雇にしたはずだけれど?」
「それを受け入れたとは言ってませんよ。俺は」
「私が辞めろといえば辞めるものよ」
「飛んだお嬢様じゃないですか」
百合の口元に笑みが広がった。
――そう、お嬢様、ね。そう口が動いたようにも映った。
「なら、その我儘に付き合えばいいのよ」
「はいそうですかと頷けると思いますか?」
「このまま、私を見捨てなさいと言っているのよ」
「そんなことをするつもりはないです」
不意に、百合の表情から色が落ちた。すぅっと、何もかもが消えた。無の視線が俺に突き刺さる。そして、一言。
「――
すぐに答えを返すことができなかった。
胸を突かれたような――、そんな唐突さ。俺は硬直していた。
「私の知る〈黒猫〉はそんなんじゃなかったわ。貴方はね、もっと自然だった」
「……自然?」
「そうね。この際、腹を割って話しましょう」
――貴方、私が貴方のことを好きだと思う? さらなる質問に俺は言葉を失う。
百合は愉しそうに笑った。愉快で、今の状況を心底愉しんでいる。……自棄っぱちに見えた。
「これ、半分は嘘みたいなものよ。別にね、私は貴方のことを好きじゃない。春川さんや、宇佐見さんのようにはね」
「……」
「もう知っているんでしょう? 私は女王のように扱われた。私も応えた。けど、今この瞬間、それは崩されようとしている」
「それは、必ずしも橋口先輩に応えなきゃいけないわけじゃないだろ」
「応えたかったのよ」
百合の言葉に、ピンとが合う。
今まで何とも曖昧だった彼女。本音を話し始めたことで、よく、人柄が見え始める。
「私にはそれだけだったのよ。ねえ、わかるでしょう? 貴方なら。
一瞬、身体が震えた。
それは、〈俺〉から来る震えであったか。
「昔の貴方は自然と人が寄ってきた。貴方がその人を好きであろうとなかろうと関係なく。……けれど、今は違う。それがいつからなのか。春川さんが転校した当たりからなら、と思えるけれど、その前から不自然さはあった。……今の貴方はもう昔とは違う。他者の愛を望んでばかりの……、私と同じ」
「違うッ!」
「違わないわ」
百合は立ち上がった。
そのまま一歩、一歩と俺に近づいてくる。
「私は自然だった、誰からも好かれた〈黒猫〉が好きだった。もっと言えば、そんな貴方の恋人になれば、それなりの恩寵が貰えるかも思ってたわ。自分の立場だって、何もかも良くなると思っていた」
ねえ、黒猫クン。
百合は俺の目の前に立った。
今の貴方が、私に何をくれるの?
そう、語りかけるように。俺は茫然としていた。衝撃から逃れることなどできなかった。そっと百合は俺の耳元に口を近づけ、囁いた。
「――貴方じゃあ、私を救えないわ」
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