勘違い(一)
日常はこうして過ぎていく。
一日、二日、三日……。時間は刻一刻と経っていった。流れは前回と変わっていない――はずだ。問題は百合にどう本音を引き出させるか、である。
だが、もう一つだけ。
問題とも言えるものがあった。
森山和奏のことである。
実のところ、この回において俺は森山和奏と顔を合わせていない。徹底的に時間を逸らされているのか、会うことができない。学校にも来ない始末だ。
それが一つの歪みであった。静寂に満ちた時間軸の中、ひっそりと予兆が顔を見せようとしている。そう、予感させる。
そんな中、流れは俺のもとに訪れた。
「はじめまして。黒猫さん」
会長候補、三条ゆえだ。俺は彼女と対峙することになった。
「ああ、ども」
三条ゆえは
「私のこと、知っていますか?」
「会長候補でしょう? 橋口先輩の敵なわけだ」
「敵……。随分と棘のある言い方をしますね」
「そりゃあ、敵でしょう? なんたって橋口先輩をいじめてるのはあんたなんだから」
この回、俺は同じ行動を繰り返していたわけではない。前回の反省を活かし、先手を取る機会を窺っていた。
橋口百合――、女王派閥とも呼べる百合のキャラクター性には、想像以上のアンチがいた。だが、どの世界であってもアンチの本質は変わらない。
アンチというのは集団なのだ。基本、単独はあり得ない。誰かが言っているから、誰かが褒めているから。そんな雰囲気に流され、アンチは誕生していく。
女王アンチには核がいた。
その核が扇動し、徹底的に百合を除外しようとしていた。
調べ尽くした。その先にあったのが、三条ゆえだったのだ。
小柄な、可愛らしい姿からは想像もつかない内面が潜んでいる。バレることは予期していたのか、俺が指摘したにも関わらず、動揺は見られない。
「すごいですね。よく調べられたものです」
「あんた、自分の立場わかってんのか? 扇動しただけで実行してません、で許せるレベルじゃないんだよ。教師陣にバレてみろ、すぐに破滅だ」
「なら言えばいいじゃないですか」
挑発的な発言だった。俺は三条ゆえを睨みつけた。口を開こうとした。が、それよりも早く三条ゆえは言い放つ。
「でも、貴方にはそれができない」
始まりはどこからでしょうかね。――そう、語るように三条ゆえは言った。
「あの偶像が初めからあったわけがないんですよ。橋口百合はただの橋口百合だった。何らかのきっかけ――、些細なことでキャラクターになった。大抵、きっとは人はキャラクターに押しつぶされる。あるいは、そのレッテルを剥がそうとする。けど、橋口百合は逃げなかった。剥がさなかった。もっと言えば、定着してしまった」
それだけの能力があった。
だから、女王は誕生した。
「ねえ、黒猫さん。貴方、橋口百合はいじめられている、といいましたよね? それ、おかしいですよ」
「何が?」
「だって、そうでしょう? 橋口百合はいじめだって認めませんよ。だから続く。それがね、橋口百合の全てなんですよ。女王は庶民の行動なんかに屈しない。――貴方がしようとしているのは、キャラクターの崩壊に他ならない」
あの人は自分から望んでいる。
「そうでしょう?
三条ゆえが声を投げかけたのは俺の後方だった。気付くのに遅れた。自分でも気づかないほどに話に集中していた。
反射的に振り向いていた。
「黒猫クン」
百合が俺を見ていた。
俺はその視線から逃れられない。
間違えたのか? 俺はまた。いつ? どこで? 最初から、間違っていたというのか。
誰よりも、俺が百合に偶像を押し付けていた?
「応援演説者を解雇するわ。お疲れ様」
♡
その日、俺は途方に暮れていた。
帰路までを一人で歩く。この一人の下校も慣れた。〈黒猫〉はいつも誰かが隣りにいた。ゲームでもそうだった。しかし、現実の〈俺〉には誰もいない。
そうか。そういうことか。
これもまた、キャラクターの話なのだ。
たとえ俺が〈黒猫〉に転生したとしても。本質的な意味では〈俺〉に過ぎない。俺もまた〈黒猫〉というキャラクターを与えられた。しかし、
俺は〈黒猫〉にはなれない。
これまで考えていたことが馬鹿らしくなってきた。なら、俺が生きる理由はなんだ? 何の為に、俺は生きているんだ?
パタパタと足音が聞こえてきた。こちら側に向けて走ってくる音だった。
「オトくんッ!」
回り込むようにして才原音子が立った。彼女は必死の形相を浮かべていた。
「なんだよ」
吐き捨てるように答えた。
「ねえ、オトくんは会った? 森山さんにッ?」
「……会ってねえよ」
「なんてッ!」
「……」
才原音子の表情が青褪める。
「ねえ、あなた。前回、何をしくじったの? どうして死んだの?」
あなた、とんでもない勘違いをしているよ。また、勘違いだ。それが何だって言うんだ。
「森山さんは、
「……はっ?」
「このループは、記憶が共有されているはずだよ。だって、この世界を回しているのはあなたじゃない。彼女の能力なんだから」
「なにを……」
――俺は、お前が、嫌いだ
「ねえ、あなた。もしかして取り返しのつかないことをしたの? ねえ、なにをしたの?」
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