生徒会選挙
俺のリトライには制限がある。
それも完全に意識外にあった要素。回数制限だ。このリトライは奇跡ではない。ある意味、呪いに近い。俺は残り、三回しか死ぬことを許さない。
そもそも、リトライに頼りすぎていたのかもしれない。
才原音子はやばいなぁ、と笑いながらも、その対応策については教えてくれなかった。他にも質問したいことがあった。だが、彼女は言わなかった。質問だけの会話なんてあり得ない。そう告げるとさっさと逃げてしまったのだ。
結局、あの対峙から一週間が経過しても、『ヤンデレラ』の深い話を聞けていない。
「おーい、ねえ、黒猫くん。聞いてるわけ? ねえ?」
「ん、あ、はいはい」
「ねえ、最近冷たくない? どういうこと?」
才原音子ばかりに意識を囚われている場合ではない。最近、森山和奏の調子にも棘が見え始めた。非常にやりづらい。
「冷たかねえよ。それは主観的に偏りすぎ」
「意味わかんないんだけど」
森山和奏は表情を引き攣らせ、俺を睨んでいた。俺はその視線から逸らした。
彼女の向ける好意が、――最も重かった。こいつもまた、〈俺〉じゃない。
「ふぅん……、――なら、さ」
森山和奏はふと思いついたような顔を浮かべると、すいと俺の腕に絡みついてきた。俺は咄嗟に離れようとした。が、拘束力は思いの外強かった。
「……あの、森山さん。当たってますが?」
「当ててるんですよ、黒猫さん」
「はよぉ、離れろ」
「却下します」
押し問答――傍から見ればいちゃついているようにしか見えない――を続けているうちに、校門は見えてくる。
一際大きい挨拶活動が行われている。以前に比べて人数が多い。何よりも、その挨拶活動には挨拶以上の意味が含まれている。
――生徒会選挙だ。
「そういえば……」
森山和奏は校門に視線を向けた。
「あの女狐、見かけないね」
「女狐って……」
百合のことか。――いや、女狐でわかる俺も俺だが。
そのことについては俺も気付いていた。生徒会選挙が始まる前後からだろうか、極端に百合の姿を見るのが減った。この挨拶活動にも百合は参加していない。
「つうか、森山。そういうのに気付くんだな?」
「それ、どういうこと?」
「いや、森山って――」
友達いないだ……、と言いかけて呑み込んだ。ほとんど勢いで飛びかけた。森山和奏は不思議そうに首を傾げている。
「なに?」
「……いや、よく目が行き届いてるなと」
「ふふ、でしょう?」
何も言わないことにした。
♡
「――黒猫君、放課後に居残るように」
そう菜穂から告げられたのは国語の授業が終わった後のことだった。
あまりにも寝耳に水だったので、俺は素っ頓狂な声を出してしまう。
「……へっ?」
が、説明を聞く前に菜穂は教室を出てしまう。取り残された俺は首をひねった。
「おいおい、黒猫、なにしたんだよお前」
早速俺をからかう友人A。
「いや……、心当たりないな」
この時の俺は本当になかった。
「今日は真面目に授業を受けてたぞ」
「今日はって。常にするもんだろ」
意外とまともなことを言う友人B。
「しっかし、なんだろうな……」
「畜生、羨ましいぜ。あんな美人教師と二人っきりなんて……」
欲望に正直な友人C。
「そうとは限らんだろ」
そうだな、と頷く友人D。
「叱られることもまた、興奮するかもしれないからな」
――否、特殊性癖を抱えていた友人D。
……とまあ、放課後、俺は菜穂に呼ばれた教室に向かうことになった。心当たりを考えたが思いつかない。すると、ここ最近の俺の様子について尋ねたいのではないか、という結論に至った。
が、違った。
「――来てくれてありがとう、黒猫君」
ふっと、微かに笑う菜穂。
それは教師として、だけではなく、昔馴染みとしての親しみやすさがあった。
「いいですって。それより何の用なんですか?」
「そうね。単刀直入に言った方がいいと思うから――」
菜穂は俺を見て言った。
「――生徒会選挙に出てほしいの。黒猫君が」
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