デッドとデートは紙一重
チュートリアルを乗り切った。
正確に言えば、先延ばしにした、というべきなのか。だが、俺は乗り切ったと思い込むことにした。――知らぬ内にツケが積み重なることに気づかないまま。
さて、本題は森山和奏とのデートである。
いや、デートではない。もっと適切な表現がある。森山和奏のフラストレーションを溜めないための『処置』である、と。
とにかく、森山和奏は爆発する。この爆発から回避するためにフラストレーションを溜めないようなイベントを逐次企画しなければならないわけだ。
俺はこの三日間、おおよそ平和な時間を過ごしたと言える。
陽菜乃からは毎朝叩き起こされ――その後、森山和奏が襲来しバチバチの状態になる――、百合から嫌な性癖を植え付けられそうになり――その後、森山和奏は意味ありげな視線を交わし――、美夕との安らぎの時間を得る――その後、森山和奏が現れ、小動物のように美夕は怯える。
……あいつ、邪魔しかしてなくね?
閑話休題。
今日は週末である。森山和奏との約束を果たす必要があった。
この
俺の住む街――有坂町を舞台としており、その先の街名が登場することもなかった。が、現実であるこの世界にはそういった街の名前ももちろん存在している。
俺は有坂町から五駅離れたU町で森山和奏と出掛ける運びになった。
♡
U町は比較的栄えた町である。
何かをしたいと思えばそれが実現しやすい――都会のような場所だ。が、俺がこの場所を選択したのは栄えているからでも、森山和奏との時間を楽しみたいからと思ったからではない。
知り合いの目から逃れたかったからだ。
黒猫と森山和奏の関係はあくまでも親友である。それ以上でもそれ以下でもない。この保留の関係を崩しかねない証言は避けるべきだ。デートらしく見えるだけでも人は持て囃す。それは困る。
俺は集合時間よりもさらに早く、U駅で待っていた。
『――え? クロが早起きッ?』
陽菜乃は俺が起きていることに驚愕の顔をしていた。あの驚きようは失礼極まりない。
『どういうこと? 何かあるわけ?』
『いや、無いっての。早起きの何が悪い』
『調子狂うわ。ねえ、風邪でも引いた? それとも、わたしの方が寝ぼけてる?』
『ああ、わかりましたとも。いいぞ、その喧嘩買ってやろうじゃねえか』
……とまあ、朝の光景を思い出している。
陽菜乃からの疑惑は大いに高まっている――ような気がする。
多分、大丈夫だろう……。多分。
俺は自分の中でそう納得した。
「――クロネコくん」
そうして、お目当ての彼女の声が聴こえてきた。俺は声の方に振り向く。
「………………おう」
思わず。本当に思わず、反応が遅れた。
森山和奏は俺の想像の枠外に飛んでいき、清楚なファッションで身を固めていた。それが俺には驚きだった。
制服姿とは異なる彼女。俺の知る森山和奏のファッションとはいわゆるゴスロリをこよなく愛する――、そういった病んだ象徴を纏っていたはずだった。化粧もそれに合わせる。
しかし、今の森山和奏はどこにでもいそうな、……いや、ありふれた中にいる美少女を体現していた。それが俺を動揺させた。
――こいつ、誰?
一瞬、そんな埒外な言葉すら浮かんでしまった。誰ではない。彼女は森山和奏なのだ。
「……ど、どうしたの?」
森山和奏は俺の顔を覗き込みながら尋ねていた。その声音に微かな不安が滲んでいるようにも聴こえた。
白を基調としたカジュアルな服装。どことなく、俺の森山和奏に対するイメージが崩れそうになる。
「……いや、なんでもない」
「……そう?」
俺は首を振った。森山和奏は含むような視線を未だに俺に向けている。俺は視線から逃れる。
「そんじゃあ、……行くか」
「うん」
森山和奏は自然と俺の手を掴み、恋人繋ぎをしようとしてきた。俺は慌てて手を離す。
「おい、何しようとした」
「わたしたち、親友なんでしょう? 手を繋ぐぐらい普通じゃない?」
「お前の距離感、バグってない?」
「いいじゃない。それくらい」
「アホか」
「……ふぅん。わたしたち、親友じゃないんだ。ふぅーん」
森山和奏の声音が一段と低くなった。俺はそのことに警戒音が鳴り響く。この不機嫌は不味い。非常に不味い。
「……しかし、迷子になるのも、アレか」
森山和奏は僅かに目を見開き、嬉しそうに頷く。自分の流れを取り戻すことができて心底愉しんでいる。
森山和奏はそっと俺の手に近づこうとしたが、俺はそれよりも早く森山和奏の手を掴んだ。もちろん、恋人繋ぎではない。あくまでも、迷子になったら困るから、と最終的に言い訳できる余地を残しておきたい。
森山和奏の手は思った以上に小さく、そして冷たかった。だが、血の通った温もりがあった。震えがあった。現実そのものだった。
「……」
急に黙り込む森山和奏を俺は訝しむ。その顔を覗き込もうとして俺は驚いた。
彼女は顔を真っ赤にしていた。
――こいつ、照れてやがる。
途端に居心地の悪さを覚えた。何故か、俺の方まで恥ずかしくなってきた。
「……ほら、行くぞ」
「う、うん」
奇妙な空気感を纏ったまま、俺たちは歩き出した。
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