絶対条件
繰り返しを続けたことで、一つわかったことがある。
一つ、森山和奏の起爆条件はあくまでも感覚的な話であるということ。境界線は彼女の判断に任せられている。が、割と際どいところまで起爆しないことも判明している。
例えば、不機嫌になる、と一言で言っても、森山和奏は俺と陽菜乃が一緒にいるときも起爆しないときがあった。あの、両手に花――もとい、片手には毒状態だったときがいい例だ。
おそらく、森山和奏は愉しんでいる。
自分が恋愛の手綱を引いている瞬間があるとき、あるいは、何かしらの心理的余裕があるとき、起爆しない。彼女は爆発しないのだ。
そのうえで、森山和奏を
だからこそ、俺の行動にはある種の指針を持っておく必要がある。
「――
陽菜乃は首を傾げた。
何よりも驚いているのは森山和奏本人だっただろう。口をパクパクと開けて固まってしまっている。
この世界において、俺が生き残る術は、彼女を上手い具合に動かすことである。
同時に、
このバランス感覚は、ややゲームに似ている。何事も慣れる。爆発を何度も経験する俺だからこその感覚だ。
いいだろう。このクソゲー――もとい、ヤンデレゲーを攻略してやろうじゃないか。少しだけ、本当に少しだけ、ゲーマー魂に灯火がついた。
「――親友って、森山さんと? いつ?」
陽菜乃はいまだに訝しんでいる様子だった。
ここでようやく、硬直から解放された森山和奏が口を開く。
「え、わたしは――」
「今。今親友になったわけさ」
森山和奏の表情に不満そうなものが浮かんだ。自分の言葉を遮られたこと、自分の関係性がはっきりと示されていることに苛立ちを覚えていた。
「そうは言っても、ね……」
陽菜乃もまだ混乱していた。
「まさか陽菜乃は、男女の友情は成立しないと思いこんでいるな? それは偏見だぞ」
「べ、別に……。そんなつもりではないけど……」
陽菜乃は目を泳がせた。
「ほらほら、学校行く準備するぞ」
「え、あ。うん」
陽菜乃の台詞を奪い、俺は自分のペースを掴めていることを実感した。
まずは、チュートリアルを乗り切れ。
♡
「おはよう、――ん? 黒猫クン。二人?」
ぎこちない三人組――俺、森山和奏、陽菜乃のことである――に声を掛けた百合は目を丸くしていた。
組み合わせが珍しいのだろう、俺たちを観察するような目になる。
「ふぅん……」
「おぉーす、橋口先輩」
俺は気づかない素振りで応えた。
この返事に変わらず百合の遠巻きキャラが声を上げるが無視する。
「そんじゃあ、挨拶活動、頑張ってくだ――」
「ちょっと待ちなさい」
さすがに簡単に通してはくれないようだった。百合の顔が俺の耳元まで近づく。
「これ、どういう関係?」
「これ、とは?」
「とぼけるのかしら?」
一瞬にして冷え冷えとした、低い声音になる百合にゾクッとしたものを覚える。――だから、変な性癖を植え付けないでほしい。
「森山和奏、さん、よね? あなたとどういう関係?」
「ああ、橋口先輩って森山のこと、知ってるんですね」
「私、全生徒の名前を覚えてるから」
「へえ、すごい」
橋口百合の設定としてもちろん知ってはいたが。そのすごさはわかるが、どう役に立つのかは考えようだ。
「親友ですよ」
俺は陽菜乃と同じ説明を試みる。
「シンユウ?」
百合は初めて聞く単語のように首をひねる。
「シンユウって、あの親友?」
「他にどんな親友があるんですか?」
「深く憂うと書いて深憂」
「病んでるんです――いだぁっ!」
足を踏まれた。割と強めに。
「ちょっと、橋口先輩。あまり、クロネコくんに近寄らないでください」
森山和奏は喜々として俺たちの間に入ろうとする。その隙に俺は逃げ出した。待ちなさいッ、と複数の声が聞こえた。怖い。怖いぞ。だが、悪くない流れだとほくそ笑んだ。
♡
昼休みまで、無難に過ごすことができた。
そもそも授業中まで森山和奏が干渉することはない。いざ図書室に向かう途中、何者かに腕を強く引っ張られた。何かを思う間もなく、ひとけのない廊下まで連れ去られる。
ぐいっと力が強まる。壁に叩きつけられた。俺の前に、森山和奏がいる。
「どういうつもりなの? クロネコくん」
底冷えする、恐怖の声。
俺は平然を努めて返す。
「なにが?」
「わたしと、あなたが、親友? いつから?」
「深く憂いてますか」
「茶化さないで」
森山和奏の瞳が一瞬だけ、揺れた。
「わたしは、あなたと親友になるつもりなんて――……、わたしは、あなたの、彼女に」
「ひとまず、今度どっか、遊びに行かないか?」
「なるために――……、へ?」
森山和奏の頬はみるみると赤くになり。
「……え、えっ? で、デートっ?」
「違います」
即答していた。
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