√04

リトライ

『――おっー、久しぶり。どうよ、この夏休みは?』

『さっぱりなもんよ。そっちは。彼女とは?』

『かぁー、んなのもん、別れたっての』

『ねえねえ、わたしさ。海行ったよ』

『海かぁ。いいなぁ』

『人の多さにびっくり。それに、ほら。ナンパとか』

『うわ、いるの? ついて行ったりしなかったでしょうね?』

『そんなわけないよー』

『そうそう、俺さ――』

 夏休み明けの学校が嫌いだった。

 この、夏休みの間の自分を探られる瞬間が嫌いだった。これなら毎日学校があった方が良い。俺は俺なりの対応をする。特別なことをする必要がない。ただ時間が空くと、何をすればいいのかわからなくなる。

 俺は、どこまでもだった。

『――なあ、■■』

『え、ん?』

『夏休みどうした?』

『えっと、俺は――』

 何もしていない。だって、平凡だから。

 何も無い。本当に何も無かった。

 平凡な主人公、と語る〈主人公〉はたいてい平凡ではない。そもそもヒロインがいる。家庭の事情を抱えている。あるいは、誰にも理解できないような悩みを抱えている。俺には、そんなものはない。

 しいて言うなら、平凡コンプレックスとでも言おうか。

『――何もしなかったかな』

 何も無い。

 俺は、それをひどく恐れていた。


  ♡


 ジリジリジリジリ――、と目覚まし時計の鳴る音。

 あと一分、五分、十分――……。俺の意識は目覚まし時計に抗いように沈んでいく。しかし、音は鳴り響く。ベッドから腕だけを這い出し、音のする方へ伸ばしていく。見つけた、と思った瞬間、音が止まった。

 一休みをしたい気分ではなかった。俺はゆっくりと目を開いた。

「えっ、ええっ? クロが時間通りに起きたっ?」

 陽菜乃が目を見開き固まっていた。なにげに失礼なことを口にしていた。

「おー、おはよう」

「えっと……、おはよう」

 陽菜乃は困惑した様子で返した。まだ衝撃から抜け切れていないらしい。驚き過ぎだ。

「そんじゃあ、起きますか」

「えっ?」

「なぜ、二度驚く?」

「クロがそんな目覚めが良いなんて、ありえないでしょ」

「ありえないって」

「今日は、雨? 大雪? 槍でも降るの?」

「冗談だろ」

「……」

 冗談だってそこは言っておけよ。

 俺はうんと伸びをした。小刻みな、ぽきっとした骨の音が鳴る。

「顔、洗ってきますか」

「う、うん……?」

 困惑する陽菜乃を置いて、俺は洗面所に向かった。――時間は、残されていない。


  ♡


 おそらく、前回を踏まえるならば、まもなく森山和奏が現れるだろう。何故、現れるのか、と言われても説明できない。ただ、来るということだけはわかっている。

 もう、爆発なんてさせるわけにはいかない。自分の立ち位置は理解した。俺は『ヤンデレラ』の主人公なのだから。何度も死ねるか。

 

 前回の最後。その瞬間、俺は森山和奏の表情を見た。あの表情には覚えがあった。あれは〈俺〉だった。コンプレックスを抱え、孤独を知った顔だった。

 森山和奏が好きなわけではない。が、嫌いにもなれない。いまは、それでいい。

 ただ、彼女の爆発を、止められるなら止めてやりたい――とは思っている。

 あとは、俺の覚悟の問題だ。

「顔洗うの、終わった?」

 ふいっと陽菜乃が顔を見せてきた。俺は笑みを作る。

「おう、終わってる」

「ふぅん。それじゃあ行く準備するよ」

「はいはい」

「はいは一回」

「はい」

 くすり、と陽菜乃は笑う。さぁて、始めるぞ。

 インターホンが鳴った。

 陽菜乃は首をひねる。俺はあまり反応らしいものを作らなかった。玄関に近づく。その扉を、開く。

「――クロネコくん、おはようっ」

 森山和奏。彼女との再会。

「え、森山さん……?」

 陽菜乃は訝しげな顔を浮かべていた。俺は、ああ、と一言告げる。

なんだよ、俺ら」

 その言葉に、森山和奏はぎょっとした顔をした。

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