爆弾発言
どうすればいい――?
この状況、どうすれば乗り越えられる?
「あら、私が、黒猫君のことを一番良く知っているけれど?」
「一年おばさんのくせに、よくそんなこと言えますよね? クロネコくんはわたしのです」
「あんたら全員っ! わたしが、クロの、幼馴染みなのよッ!」
もうやめてください。
橋口百合が参加したことで、混沌の渦に飲まれようとしている。というより、俺は藻掻いている状態だ。ことの成り行きを見守るほうがいいのか。何かしらの対応をすべきなのか。しかし、一歩間違えてしまえば死ぬ。俺はまた、あの時間に戻らないといけない。この一日から永遠に逃れられなくなる。
たまったもんじゃないッ。
俺は静かに百合に視線を向けた。
――ああ、黒猫クン。今日も遅刻せずに来たのね。良かったわ
この言葉の瞬間から、百合の参加は決まった。すぅと視線が陽菜乃に向き、そして森山和奏に移動した。おそらく、その寸前、百合は森山和奏の存在に首を傾げたはずだ。なぜ、特別意識することがなかった人物が俺についているのか。こうも邪険な雰囲気を纏っているのか。
――お、おぉーす。橋口先輩
俺は最初、これを無かったていで進めようとした。のらりくらり、すべてを曖昧にすることができないだろうか、と睨んだのだ。
が、そう事は上手く運ばない。森山和奏が開口一番に言ってのけたのだ。
――なんだ、ただのウシじゃない
これには百合も一瞬にして彼女を敵と認定した。いったいどこを見てウシと判断したのか。ボクワカラナイ。
「じゃあ、こうしましょう。黒猫君の良いところ山手線ゲームをしましょう」
まったく脈絡もなく、百合は言った。が、彼女たちは勢いよく、ええいいでしょうやってやりましょう、の雰囲気を出してしまう。俺の話であるはずなのに俺が埒外に置かれていること。これは誠に遺憾だ。
「ちょっと、まあまあ落ち着けって」
「黒猫君、黙ってくれないかしら」
「……はぃ」
……誠に遺憾だ。
俺は最後の頼みとばかり百合の遠巻きキャラに視線を向けた。ほら、いつもみたいに突っかかってきてほしい。――き、貴様ッ! 百合様を前になんて無礼なッ! キー! ……みたいな。
あ、目逸らされた。
俺の知らぬ間に、彼女たちは例のゲームを始めてしまった。
「クロは猫みたいに甘えん坊なのよ」
先行、陽菜乃。俺、甘えん坊なの? と思う暇もなく、森山和奏が言う。
「顔」
ド直球じゃねえか。
次に百合。
「可愛らしくていじめがいがある」
いじめはよくないとおもいます。
「いつもの、変な寝癖っ!」
「肌が綺麗」
「歯並びがいいわね」
「言い訳するのが得意!」
「優柔不断」
「敬いの心が足りないわねぇ」
「約束をすぐ破る!」
「浮気性」
「逃げ腰」
「――後半から俺の悪口になってるじゃねえかッ」
思わず叫んだ。叫んでしまった。これ、泣いていいのか。泣かせに来ているのか?
本当は俺の心を叩き折るために全員で潰しかかっているのではないか。そんな人間不信に襲われそうになる。
陽菜乃たちは不満そうに顔をしかめた。だってぇ、と陽菜乃は唇を尖らせる。代わりに、森山和奏が言った。
「クロネコくんのいいところ、案外見つからなかったから」
トドメを刺すな。
「嫌な部分を含めて、良いところ、ということよ。黒猫君」
百合はさらりと嫌な部分、と指摘しつつ、笑みを浮かべた。なるほど、そういうことでしたか、納得です――とはもちろんならない。良いように終わりにしないでほしい。
「それにしてもね。春川さんはともかく。あなたなんて、ぽっと出でしょう?」
百合は小さく息を吐きながら、森山和奏を出た。
「ぽっと出?」
「そうでしょう? 正直、私把握していないもの。黒猫君にまとわりつく泥棒猫なんて」
所々突っ込み要素が多かったが口にしなかった。というより、できなかった。何を把握しているのか。どう把握しているのか。聞くのが怖い。
「そりゃあ、わたしたち、隠してましたもん」
「へぇ。……ん? わたしたち?」
俺はその瞬間、はっきりとした嫌な予感を感じ取った。
「おい、待て。森山――」
「なに?」
鋭い眼光に俺の口は閉ざされる。言いかけた言葉を飲み込む。ぐっと喉につまり、息がしづらくなった。目は笑わず、口元だけ笑みを作った彼女は、告げる。
「わたしとクロネコくん、付き合ってますから」
『はぁッ!?』
とんでもない爆弾を落としやがった……。
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