青春はオワタ

「ねえ、本当に大丈夫なわけ?」

「おうおう。だいじょ

 陽菜乃の声は心配が含まれているようでもあった。陽菜乃は眉をひそめて、納得がいかないように首をひねっていた。

 自分の状況は、十分理解しているつもりだった。それでも、まだ信じられないという気持ちの方が強い。

 陽菜乃に視線を向けた。この様子からして、彼女は覚えていないようだった。

 つまり、この現象――繰り返しているのは、俺だけということになる。もちろん、陽菜乃の様子以前に確信的な感情を既に持ってしまっているが。

 もしかすると、この世界は俺の知る現実とは少し異なるのかもしれない。ゲームではない。しかし、ゲームに近い何かを持っている。

 そこまで思考が深まったところで、俺は首を振った。下手な理屈付けをしようとするのが、そもそもの間違いなのかもしれない。

「……な、なによ。こっちを見て」

 陽菜乃の台詞はとは異なっていた。微かな動揺。それに混じる不安。

「クロ、どうしたの? なにかあったの?」

 ツンデレガールに似合わない真剣な顔立ちに見えた。俺は笑みを作る。

「今日もかわいいなと」

「……」

「冗談」

「……」

 ……あれぇ? 反応がない。

「――ウソ」

 陽菜乃は鋭く俺に突きつけた。

「クロ、ウソついているでしょう?」

「……えぇ? 俺が?」

「わたしにも、言えないことなの?」

 幼馴染みという設定をどこか甘く見ていたのかもしれない。あるいは、〈俺〉と〈黒猫〉の違いが、春川陽菜乃の人間性を見落としていたのか。

「……言いたくないなら、無理には聞かないわよ」

 陽菜乃はそう呟き、俺の手に触れた。ぴくりと身体を揺れた。手が自然と絡まった。

 少しだけ、安心感があった。

 不意に、記憶に浮かび上がる情景。それは、俺の知らない記憶――のはずだった。この身体に眠る〈黒猫〉の、あるいは、主人公の

 俺は泣いていた。虐められていたのだ。その当時の俺は背が小さく、自己主張がろくにできない子供だった。その姿がどこか眩しい。眩しく、目を瞑ってしまいたくなる。

 まるで、俺じゃないか。

 泣きじゃくる俺はうずくまっている。その背中に手を当てて、擦っている少女がいる。何も言わず、ただ寄り添っている。

 それが陽菜乃だった。

 記憶はそこで途切れる。

「……陽菜乃の手、温かいな」

「……そ、そう?」

「なんというか、炬燵の中にいるみたいだ」

「は、はぁ? それ、わたしが炬燵だって言いたいの?」

「違う違う、そうじゃなくてだな――」

 望んでいた青い春だった。この温かさが心地良かった。

 俺は、過去を忘れようとした。あの、少女の――


「――あれ?」


 陽菜乃の足が止まる。

 前方に視線が止まっていた。……おかしくなりそうだった。そこまでの過程が、見覚えがあった。既視感だった。

「あれ、森山さん……?」

 どうして、彼女がここにいる?

 は、いなかったじゃないか。

 森山和奏が、俺に、俺たちに目を向けていた。何故か、彼女は笑みを浮かべている。しかし、目は笑っていない。

「――クロネコくん」

 森山和奏が、一歩近づく。

 陽菜乃は俺と手を繋いでいる事実に気づき、今さらながら手を離した。頬を赤くする。駄目だ。この反応はまずい。

 秘め事を見られてしまったかのような反応だ――。

 森山和奏はふふっ、と声を洩らす。


「――浮気かな?」


 浮気もなにも、俺たちは付き合ってねえだろッ! とは口で言えなかった。

 陽菜乃は目を見開き、徐々に訝しげな視線になっていく。

? あなた、なにを――」

「――?」

 直後、彼女の身体が光る。

 俺は陽菜乃の身体に覆うように庇っていた。その寸前、森山和奏の表情を見た。どこか落胆したような、哀しそうな。

 泣きそうな顔をしていた。

 刹那、視界は白く――

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