ツンデレガール
「ねえ、本当に大丈夫なわけ?」
「おうおう。だいじょ
俺は陽菜乃の言葉に軽い返答をする。
陽菜乃は眉をひそめながら、ふぅん、と含みのある息を洩らした。
改めて、自分の状況を把握する。
俺はあの日、交通事故に遭った。そして、間違いなく死んでしまった。次に目を覚ましたとき、俺は『ヤンデレラ』の主人公、黒猫になってしまっていた。
不思議なことに、ここでの俺は『黒猫』という名前で通っているらしい。――いわゆる、ゲームとしての名残りだ。
名字や名前をすっ飛ばし、黒猫というものが、俺の存在を確立させている。陽菜乃にとっての俺は黒猫であり、クロというあだ名に過ぎない。この不可思議すぎる名前について疑問に思うこともなければ、違和感を覚えることもない。
しかし、これはゲームではない。れっきとした現実である。
陽菜乃に視線を向けた。
彼女は、生きている。俺はこれまで、春川陽菜乃を画面上の存在でしか認識することができなかった。というより、彼女は生きていない存在とも言えたのだ。
それが、俺の隣で、息をしている。感慨深いような、充足感がある。
「……な、なによ。こっちを見て」
陽菜乃は頬を赤らめて呟く。
俺は頬を緩みそうになり、いやぁ、と首を振った。――春川陽菜乃というキャラクター性は主人公に密かに恋をしている設定がある。俺は、それを知っている。
「なによ、さっきからニヤニヤして」
「いいや、べっつにー」
「教えなさいよ!」
「今日もかわいいなと」
「は、はははは、はぁっ?」
「冗談」
「……」
陽菜乃の目が据わった。俺は地面を蹴り出し、逃げ出した。待ちなさいッ、と陽菜乃は追いかけてくる。異様に大きな気配が迫ってくる。
俺は笑っていた。高らかに、笑いを止めることができなかった。
ここは、現実だ。もう一つの現実だ。
この不可思議さが、どこか心地よい。俺はいま、確かな充足感を覚えている。幸福とも、驚愕とも異なる感情に満たされていた。愛される主人公。――最高じゃないか。
首根っこを掴まれた。うげぇっ、と声を洩らす。陽菜乃は、低い声で言う。
「クロ、あんたねぇ〜」
「ごめんごめん。ごめんって!」
「言っていい冗談があるでしょっ!」
「かわいいのは本当だって!」
「は、はわぁっ!?」
(……ちょろすぎる)
この幼馴染みによる好感度は全開を振り切っているようだ。この短時間で俺は理解していた。『ヤンデレラ』の設定と変わらない。ただ、それが現実として体言化されていると、妙な気もする。目の前の、明らかな美少女とも言える女の子から好意を向けられている。照れ臭さや、僅かな自尊心が顔を見せる。これもまた、充足感の一つ。
陽菜乃は顔を真っ赤にしていた。あ、あわ、あわわ、と口をパクパクとさせている。頭の中で彼女のプロフィールが浮かんでいく。真面目キャラ、赤髪ツインテール、幼馴染み、貧乳コンプレックス、つり上がったような瞳、チョロイン。そして――
震えながら、彼女は叫んだ。
「
典型的な、ツンデレガール。
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