エピソードⅠ

√01

転生

 ジリジリジリジリ――、と目覚まし時計の鳴る音。


 あと一分、五分、十分――……。俺の意識は目覚まし時計に抗いように沈んでいく。しかし、音は鳴り響く。ベッドから腕だけを這い出し、音のする方へ伸ばしていく。見つけた、と思った瞬間、音が止まった。

 これでまた、一休みすることができる。


「……むにゃむにゃ」


 ベッドの温かさ、柔らかさに身を委ねた。快眠の敵は許さない。これぞ、俺のモットーである。


「――って、起きなさぁいッ!」

「は、はいぃぃいっ!?」


 強烈な声に俺は跳ね起きた。周囲に視線を巡らせ、ある一点に止めた。

 真っ赤に燃えるようなツインテールをした、つり上がったような瞳と、整った顔立ちを持つ少女――幼馴染みの春川陽菜乃だ。


「さっさと起きなさいッ! っ!」

「さ、サー! イエッサー!」


 俺はベッドから立ち上がり、起立の姿勢を取る。幼馴染みの彼女は毎朝のように俺を起こしに来る。まさに、快眠の敵である。――いや、宿敵と言っていい。

 が、幼馴染みが起こしに来る、という日常を俺はどこか、楽しく、幸福であると思っている。この何気ない日常をは――



 ――はて?



 不意に、疑問が湧き上がる。

 このひどい自分語りのような冒頭に何故か心が引っ掛かった。なぜ、引っ掛かったのか。――陽菜乃の顔を見た。一度、自分の身体を見下ろし、ふたたび。


 陽菜乃? 春川陽菜乃? いやいやいや。

 待て。どういうことだ?


「クロ? どうしたわけ?」

「え、いや。そのぉ……」

「なによ?」


 目の前にいるのは、間違いなく春川陽菜乃だ。『ヤンデレラ』に登場するサブヒロイン、主人公の幼馴染みである、春川陽菜乃。

 そして、俺は。――? そう、確かにそう呼ばれている。


「あ、あのぉー。俺の名前、何だったけ?」

「……はぁ? まだ寝ぼけてるの?」

「いやぁ、あははっ……! もちろん冗談ですよ」

「黒猫でしょ。それが?」


 

 それが、俺のキャラネームである。あたふたとする。思考が追いつかない。陽菜乃は不思議なものを見るような目を向けてきた。


「ほら、寝惚けるんだから顔を洗ってきなさいよ」

「……お、おう」


 俺はそこで、ここは自分の部屋ではないことに気づく。知らない――いや、見覚えのある部屋だ。もちろん、現実的な意味ではない。ある可能性が頭によぎる。まさか。心のどこかで否定している。否定したくてたまらないのだ。

 二階に降りて、洗面所に向かう。鏡で自分の顔を見た瞬間、次こそ声を失った。


 そこにいるのは、二枚目と言える顔立ちだった。そして、明らかに俺の顔ではないのだ。どこか陰を残しつつも、人に好かれそうな容姿をしている。いわゆる、何かしらの事情を抱えた自称平凡主人公の顔だ。


 瞬間、記憶が蘇る。

 信号機の前。ふらつく女子生徒の姿。俺は飛び出し、彼女を支えようとする。そこでクラクションが鳴った。俺はそこで――

 死んだのだ。だが、現実には生きている。この表現は正確には正しくないのだろう。俺は、生まれ変わっている。


 ヤンデレゲー『ヤンデレラ』の主人公・黒猫に転生したのだ。


 ――って、受け入れられるかッ!

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