これらはすべて罠です
――さて、ここまでが、いわゆる『ヤンデレラ』のチュートリアルと言っていい。
ゲームの前提を忘れなければ、ほぼ毎日のようにサブヒロインたちと接していき、モテモテウハウハな学校生活を送ればいいわけだ。
が、この時点で違和感はつきまとう。
この世界は確かに『ヤンデレラ』のはずだ。ということは間違いなく、『ヤンデレラ』のメインヒロイン、森山和奏が登場するはずである。むしろ、彼女こそがこの世界における、絶対的ヒロインになり得るはずだ。
しかし同時に、彼女の存在は現実
普通、人間は爆発しない。だが、森山和奏はゲームの設定上、爆発する。この齟齬が、彼女の存在を消してしまったのか。
もし、そうであるのだとしたら。
この世界はもはや、主人公のためのハーレムルートが確定したのではないか?
……もちろん、他意はない。下心なんて決してない。……ないよ?
放課後になると、教室に陽菜乃が顔を見せた。どうやら、彼女もまた帰宅部であるらしい。話は変わるが、なぜこのような世界では、主人公は帰宅部の可能性が高いのだろうか? 放課後がリアルで充実しているから、部活をする必要がない――。その可能性も、あり得る。
「ほら、クロ。帰るわよ」
「ほいほい。ほーい」
「ほいは一回」
「ほい」
学生鞄を肩に引っ掛け、俺は陽菜乃の隣で歩き出す。この幼馴染み特有の距離感はとても気持ちよかった。かつての俺には幼馴染みはいなかった。そんなもの、絶滅危惧種の類いかと思っていた。
この陽菜乃は、俺を好いており、幼馴染みとしての絶対性を保持している。彼女と恋人になった自分を想像する。陽菜乃は強烈なツンがあるが、その分デレも期待できる。楽しい毎日を想像できた。
例えば、橋口百合、宇佐見美夕、霧峰菜穂。そして、いまは登場することはない謎の少女――……。彼らの
この過程は、ほんとうに素晴らしい。
青春謳歌そのものだ。
「クロ、なにニヤニヤしてるわけ?」
「え? してる?」
「してるわよ」
陽菜乃はハッと何かに気づいた顔を浮かべた。
「まさかクロ……。橋口先輩のこと、考えてるんじゃないでしょうね?」
「へ?」
突然なんだろうか。
「朝のことよ」
「いやいや。いやいやいや――」
「ほんとうに、変態なんだから」
……なんだろう。理不尽に罵倒されている気がする。俺はいやいやいや――、と笑う。陽菜乃は不満そうな顔を浮かべていたが、やがて小さく笑い出した。俺たちの距離感がぐっと近づく。自然と、陽菜乃は俺の腕に組もうとしていた。というより、半ば密着していた。かすかに陽菜乃の頬が赤い。俺も、鼓動が高鳴った。……ああ、これで『ヤンデレラ』も終わりだ。
そう、思った瞬間。
「……?」
陽菜乃が足を止めた。
視線が前方に止まっている。俺はゆっくひと顔を上げた。そこで、ある一点に視線が留まった。
息を呑む。
帰路の真ん中に、彼女はいた。
前髪ぱっつん。現実ではより如実さがある。その特徴的な髪型に加え、顔立ちの整っていた。しかし、少女の瞳に光はない。ただすべてを呑み込まんばかりの闇だけがあった。
ここは現実なんだろう? 俺の心は拒絶していた。森山和奏はじっと俺を見ていた。……いや、違う。正確には、俺と手を組んでいる陽菜乃の間を見ていた。口元が動く。近くにいるはずがないのに、聞こえた。聞こえてしまった。
「……はぁ、なんで?」
まさか。
そう思った瞬間、俺は逃げようとした。が、身体は硬直していた。動けなかった。陽菜乃は目を見開き固まっている。森山和奏が光る。エネルギーが放散される。
つまり、爆発。
俺たちはあっけなく呑み込まれ、意識はぷつりと切れた。
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