体質

短編

私はわりと幼い頃から

何やら肉体を持たない人やものが

やたらめったら視えてしまう方なんだ

母親譲りで

物心付いた頃には視えていたし

あまりに視え過ぎて、怖いよりすぐに慣れっこになってた

同じように視える母親もいたから尚更

母親には

「見ない知らない言わない」

を何度も言い聞かされた

それはもう耳に胼胝ができるを超えて耳にクラーケン出現レベル

でも、まぁ

私も

長生きしたいし

それを守った

どこでもどんな時でも

そうやって平穏に生きて大人になった

でも

そんな中

初めて

「厄介だな」

と思ったのが

車の運転

教習所の中では順調だったんだけど

路上教習になってから

生きてる人とそうでない人の区別が付かない

毎回

同じ道で飛び出してくる奴には

本気で車から降りてぶん殴ってやろうかと思うくらい腹が立った

歩道橋から飛び降りる系も撃ち殺してやりたいけど

もう死んでるからタチが悪い

教官には

「なぜそこでブレーキ？」

と怪訝がられるかと思ったけど

「ここでブレーキ踏む人多いんだよね～」

だって

だったらコース変えてよ

結局

本物とそうでないものの見分けが付かなくて

万が一にでも本物を轢いてしまった時のリスクを考えると

私に残ったのは

顔写真付きの身分証明書一枚だけ

それはもうお高い身分証明ができたよ

母親も止めてくれればいいのにさ

「何事も経験」

だって

自分は免許ないくせに

それでもさ

大学生になってさ

私にも初めての春が来たんだ

いや、いいもんだね、春

ふふふ

なんて浮かれてたんだけどさ

何の因果か

結局逃れられないのか

夏の終わり

彼とは、短い付き合いながらも

一度も、そういう

「怖い、心霊、幽霊」

みたいな話はしなかった

ただの一度も

私は意識して避けてたけど

相手もだったんだ

それで少しはおかしいなって気づいてもよかったのに

浮かれてたしね

苦手なのかなくらいにしか思ってなかった

でも

彼は

一人だと特になにもないんだって

ただ

一緒にいると相手のアンテナの強さに滅法引きずられるタイプで

視えない人だと全然視えない

視える人だと

「君、その、視えすぎて怖いんだ」

って

フラれた

「日常的に百鬼夜行を見せらているようなもの」

だって

あのね

さすがに言い過ぎ

母親に泣きついてみたけど

「お父さんみたいな人探しなさい」

で終わり

お父さん

母親とは真逆の

「鈍感力をおじさんの形にしました」

みたいな人間

それでも

そう言えば

「出張、出張、かと思えば単身赴任、また出張」

の繰り返し

昔は

たまに家にいるレアなおじさん

くらいの認識だった

でも

どうやらお父さん

ネットや本で調べては

母親のその強すぎる体質が少しでも弱くならないかと

仕事ついでに色んな場所へ足を伸ばしていたんだって

私が生まれてから

同じ体質を持ってると気づいて尚更

そんなの

ねぇ

ちょっと

案外

いいお父さんじゃん

まぁ

結局は

なんの成果も得られなかったみたいなんどけどね

そうだ

私を振ってくれた彼は

いつだっけな

イルミネーションが綺麗だったからクリスマス辺りかな

別の女の子と歩いているのを見掛けた

たまたまね

彼自身は

本当に相手のアンテナの強さだけに影響される体質だけみたいで

彼女に

小さな何かが３つ

男の生き霊が真後ろに

腰や足許にもズルズルとなにか有象無象のものを引き摺ってるのも

何も見えないし

わからなかったみたい

うん

私を含め

彼はどうやら相当に女を見る目がないらしい

もし

私が元カノではなく、友達や知り合いだったら

忠告くらいはできたんだけどね

今はどう取り繕っても

「嫉妬、未練、下手すりゃ嫌がらせ」

にしか思われない

ううん

下手しなくても嫌がらせだよね

「彼女に色々憑いてるよ」

なんて

視えてるの知ってるから尚更

だから

まぁそもそも

私を振るような男にそんな親切にしてやる義務はない

そう思ってたんだけどさ

こっちの日付は覚えてるんだ

街中が赤だったりピンクだったりのバレンタイン当日

上の階の住人を装った男が

彼女の部屋に押し入って

彼女は滅多刺しにされ

一緒にいた彼も逃げかけた玄関先で

腰や足を何ヵ所も刺されて重傷

ニュースで知ったんだけど

その時は

初めて知る彼女の名前しか出てなかった

なのにどうしてか

刺されたのは

あの彼女と元彼だと解ってしまった

なんでかな

わからないや

それより、やっぱり

彼には教えてあげれば良かったのかな

しばらくは

思い出しては後悔したり

ぐるぐる頭を悩ませていたんだけど

ふと

思い出した

唐突にね

散々聞かされていたのにね

肝心な時に忘れちゃう

駄目だね

母親の

「見ない、知らない、言わない」

の言葉

そうだった

そうだったんだよ

なのに

私は

見たし知ったし、そして言いかけることまで、した

干渉すること

それはすなわち

自分の寿命を縮めること

まともな死は望めなくなること

私は初めて

本当の意味で

母親からのこの言葉を理解できた気がした

そして

この体質がこれからの人生でどれだけの枷になるか

父親が未だに

母と私ために解決策を探してくれている意味も

やっと解った