葵の上奇譚 現代編 中務教授の苦難? 1

※葵ちゃん転生前なのに、なぜか2月です。

※相変わらず妄想大噴火してます。(時空もちょっとクロスオーバーしております)


 中務将仁は中之島学園大学から少し離れたところにあるホテル住まいをしている。

別に彼の親族が経営しているホテルに泊まればいいのではあったが、アクセスの悪い大学に通うのに便利だという事と、経営者一族だというので、変に気遣われるのが面倒というのも理由のひとつだった。


「え? このホテルが営業をやめる?」

「そうなんです。今年一杯で……急な話で申し訳ないのですが、本部の方針でわたくしどもには何とも……」

「……それは…しかたないね」


 彼はそう言うと、とりあえず出勤することにした。


〈 大学・教授の部屋 〉


「ふむ、困った……」


 珍しく顎に手をあてて、眉を寄せて考え込んでいた彼は、まあ、そうやっていてもしかたないと、授業の合間にでも次の宿泊先を探すかと思ったが、あいにくと長期滞在型のホテルは、当然というか何というか、自分が泊まりたいと思う所には、やはり長期滞在客で埋まっている。


「どういかされましたかいのう?」

「いや……」


 自分のゼミの学生であり、監督を務める部活の部員である千歳は、膨大な紙の資料を電子化する作業の手を止めて、不思議そうな顔でこちらを見ている。彼の困った顔なんて、珍しい事この上なかったのだ。


「……実はここだけの話……」

「……宿泊先…ホテル……ふんふん、マンションを借りれば家事が面倒。そもそも時間がない……それは難儀ですのう! 監督はハイカラですけん!」

「…………」


 彼に言ってもしかたない。とは思ったが、甥の朱雀に言えば、すぐに系列のホテルの長期滞在者を追い出して迷惑をかけるような気もしたし、ただ別に誰に聞いて欲しい悩みでもなかったので、そのへんの部屋の隅にある観葉植物に話しているようなものだった……のに……。


 気が付けば彼は頼んだ雑用を放り出して、どこかへ消えていた。


〈マリア家の豪邸・通称イギリス大使館〉


 バカみたいに土地が安いのと、父親の謎の宿泊付きレストラン(オーベルジュ)『元祖フレンチ懐石』が大当たりで、いつも優雅に趣味の女子寮やらティールームを開いているマリアの母は、突然やって来た場にそぐわない長身のイケメンスポーツ青年(黙っていれば)が、かくかくしかじかで、まかない付きのホテルっぽい宿の知り合いはないかと、周囲の雰囲気もぶち壊して話しているのを、頬に手をあてながら、この子たしかとある騒動で『出禁』にしたはず……。


と思いながらも、それでも娘が通う大学の先生のことだからと、横で綺麗なティーカップをリネンのふきんで拭いていたマリアにちらりと視線を投げて、少し探してみるわと言い、あちらこちらに手を尽くして探してみたが、やはりそんなベーカー街の例のハドスン夫人のいる素敵なところはなく、しばらく悩んだのち、普段は京都で暮らしている夫に連絡を取っていた。


『元祖フレンチ懐石』


 数日後、オシャレなんだか、なんなんだか分からない、真鍮で出来た看板を横目に、中務教授はやはり大阪のイメージからは名ばかりの、大学からほど近い林の中にある建物の前に立っていた。


 話を持ってきた千歳によると、ここは紹介制の宿泊付きレストランであるが、マリアの父親の建物らしい。


「いや、すまないね……」

「いえいえいえ! 教授のお引越し! しかもバイト代まで! 喜んで!」


 そんなに多くない荷物は先に大体送っているが、壊れ物と大切な資料関係は、知り合いの学生と、いつも『貧』な葵が手を上げて、バイトでトランクを数個持っていた、(彼らにすれば軽いものである。)


 出迎えの礼儀正しい従業員と、落ち着いた雰囲気の和室にほっとしながら、中務教授は数時間彼らと部屋で整理整頓をしていたが、葵がふとなにか少し大きめの朱塗りの箱を部屋の隅に見つける。


『なんだろう??? お雛様?!』


 そんな訳ないのだが、和風の大きな箱=お雛様が入っている。なーんて思ってしまった葵は、みんなが他のことをしていて、見ていないのをこれ幸いと、中をそっと覗いてみた。


花「で、なにが入っていたの?」

葵「なんか古い資料だった。昔の、すっごい古そうな!」

花「それ、きっともの凄く貴重な資料じゃない? 勝手に見たら怒られるような?」

葵「み、見てない見てない! ちょっと箱のふたを開けてのぞいただけ!!」


「蓋がずれている……」


 教授の箱の中身は、平安時代に葵の上が眠りについていた間、彼女に書き綴っていた将仁様の恋文の束だったのだけれど、彼女は気づかないままで……。


『Love Letter』



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