ミラクル番外編 葵・テレジア奇譚 7

ごく淡く美しいピンクシャンパン色のドレスは、繊細なレースがふんだんに飾りつけられ、同じ色に染められたモールで、華やかな模様があしらわれている。肩から長く床に流れる同系色のトレーンには、金糸の刺しゅうと宝石で、リヒテンシュタイン公国の紋章と花が描かれていた。首元の金で作られたチョーカーには、真珠でできたスズランの象嵌。


まさにアダム富裕侯の姫君にふさわしい装いだった。


「マリア・テレジアさま、最高!! 姫君こそ、ヨーロッパ一!!」

「おきれいすぎて目がつぶれそうです!!」

「ヴェルサイユに行っても、絶対に姫君がナンバー1です!」


そんな、紫苑や侍女たちの言葉に、葵・テレジアは段ボールを貼り付けたような、そんな生気のない緑の目を向けて口を開く。


「……ありがとね」


「あ、扇子! レースの扇子忘れています!」

「これ、檜扇だったら、武器になるんだけど……」


葵・テレジアは、在りし日の弘徽殿女御を思い出して、ぼそりとそう言ったが、いつまでもそうしている訳にもゆかないので、「ええい、女は度胸!!」そう腹をくくって、扉を開けさせると、下で待つ父とオイゲン公と一緒に、用意された馬車に乗って、夜のオペラ鑑賞に出かけた。


「いやいや、リヒテンシュタイン侯と、奥方が姫君をなかなか嫁に出す決心がつかなかったのも、よくわかりますなあ、実に美しく、聡明な姫君でいらっしゃる!」

「……いえー、と、とんでもなひ、とんでもないです。はい」


将仁さまなんだろうか? 違うんだろうか? オペラ座の最高級ボックスシートで、なんだかんだと、父を交えて(これは、前回のDV男の件で、ふたりっきりは無理! そう言い張ったのだ。)オペラが始まる前に談笑している時、葵・テレジアは、「そういえば、わたくし、ハポン(日本)の小さな小箱を持っておりますが、とても美しい黒い箱なのです。オイゲン公は、この箱が、なにでできているか知っていらっしゃいますか?」なんて、なんとかかんとか、「頼むから、将仁さまであって――! こんな、いい人そうで英雄(おじいちゃんだけど)なんて、時代的に断れない―」と、必死に話題や念を送ってみたが、どうも将仁さまではなかった。


31歳年上か……この時代の姫君には十分良縁なんだろうけど……きつい……現代人だった私にはきつすぎる。


いっそ、光源氏みたいなクズ男だったらよかったのに……。


めっちゃいい人で、話題も豊富、自分に気を遣いまくってくれるオイゲン公に、もう、どうしようかなと思い、父も横でとっても嬉しそうだし、あとには引けないのかな?! そんなことをグルグル考えていると、オペラの前座の奇術ショーが始まった。


「はい! ハトが出ま――す!」

「いつもより、沢山でてま――す」


「わぁ……すごい!」


この時代にもうマジックショーなんてあったんだ!! 一瞬現実逃避した葵・テレジアは、上半分を仮面で顔を隠した奇術師のふたりを見て、首を傾げる。


『あれ? どこかで会ったような?』


ふたりには、紫苑・マルゴと再会した時と同じ感覚を覚えた。


「ほっ、ほっ、ほっ、初めて奇術を見て驚いているようです」

「無理もないでしょう、あれほど見事にやってのける奇術師は珍しいですからなあ」


弐「あれ? 今日、いつも空のボックス席に誰かいる……あそこの姫君……どこかで見たような……」相変わらずハト出してる。

六「あれ……葵の上だ!! わからないなんて、やっぱりお前はダメ陰陽師だ!」魂の色を真眼で見抜いた。

弐「失礼な! あれだけ外見が変わって、すぐにわかるかい!」超小声のふたり。


そんなふたりの会話も知らず、オイゲン公とアダム富裕侯が、超ご機嫌な理由も誤解したまま、なんのオペラかも分からないくらいに緊張したまま、あとでベルヴェデーレ宮殿に帰って、食事をしてからお風呂に入ってベッドの中で、葵・テレジアは頭を抱えていた。


そして、紫苑は姫君が入ったあとのお湯を、どこに捨てようかと少し迷って、なんかめんどくさいし、前は庭だし窓から捨てちゃおっか? そんな風に侍女たちと相談して、大きなたらいにお湯をうつして、バケツリレーよろしく、窓から捨てていると、なぜか窓の下で、男の叫び声がした。


「……え?」

「ひょっとして―、この家の警備の騎士でも巡回していたんじゃ――」

「やば……」


幸いなことに? 下にいたのは、葵・テレジアを見て、なんとか滞在先を突き止めてやって来た、例のふたりだった。


「そのずぼらっぷり……お前、紫苑だな?」

「え……?」


他の侍女たちが、なぜか眠ってしまって、窓からふたつの影、「ど、どろぼ―!」そう紫苑・マルゴは叫ぼうと思ったが、なぜか現れたふたりには、どこか懐かしい感じがした。


「……え? 誰?」

「……ほら、覚えてない。鈍感だから、鈍感力がすごいから」

「平安時代、葵の上、陰陽師……これで思い出したか?」

「あ――!!」


「どうしたの? もう、ひょっとして、窓からお湯を捨てたりしてないでしょうね……え? “弐”と“六”じゃない! あなたたちもここにいたの?!」

「葵の上、おひさしぶりです」

「お久しぶりです! ど金持ちのお姫様に生まれ変わるなんて、さすがは摂関家の姫君!!」

「……ありがとね」


それから、四人は部屋の中で、丸くなって、特になんにも知らなかった“弐”と“六”は、お見合いの話を聞いて驚いていた。


「あの、オイゲン公は、中務卿だったり……」

「しませんね、あの人はきっぱりがっつり、この世界の人です」

「う――ん……どうしようかしら?」


「家出して一緒に旅に出ます? 奇術師の助手とかして?」

「お風呂あるかしら?」

「たまに温泉に入れるくらいですね―」

「きつい、きついわ……」


「まあ、無理やり、押してくるタイプではなさそうなので、明日の朝食の時にでも、様子をうかがってみてはどうでしょう?」

「変に聞いて、お見合い話が転がって行ったりしたら……」


額に手を当てて悩んでいる葵・テレジアに、三人は気の毒そうな顔をしたが、とにかく悪い人ではないと、“弐”と“六”が言うので、そのへんは安心してもいいかと、葵が深呼吸した頃には朝だった。


「とにかく、今日は帰りますね―」

「また、明日うかがいます!」


そう言って、ふたりはハトに変身して窓から消えた。


「なんか悩みなさそうで、お金持ちの家に生まれるより、ずっと楽しそうね」

「……順応性が高いですから、特に“弐”は」


そんなことを言っているうちに、侍女たちも起きだして、なんでこんなところで寝ちゃって……あ! もう姫君の朝のお仕度の時間! みなは大慌てで葵・テレジアの朝の支度を始めた。



〈 その頃のザヴォイエン・将仁のやかた 〉


「やっぱり、ちょっと見に行ってくる。なぜか胸騒ぎがして、心配がおさまらん」

「はあ……」


行くのはいいけど、援護射撃にはならないっていうか、オイゲン公のお見合いの邪魔じゃね? イケメンが顔を出したら?


従卒はそう思ったが、素早く馬の手配をしていた。


「いってらっしゃいませ――」


ザヴォイエン公子は数人の騎士をつれて、てきとうな理由をみつけると、ベルヴェデーレ宮殿に向かった。

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