ミラクル番外編 葵・テレジア奇譚 5

〈ウィーン/オイゲン公の宮殿/ベルヴェデーレ宮殿〉


「どこかで、どこかで見たような……」


葵・テレジアは、オイゲン公の(宮殿にしては)こじんまりした邸宅を、不思議そうな顔で見上げていた。


そう、彼の『ベルヴェデーレ宮殿』は、実は四国にある日本食研の工場と同じ(いや、本家はこちらなのであるが)で、親友の花音ちゃんのやっていた少林寺拳法は、実は四国が本部なので、合宿のときに、画像を送ってもらったことがあった。


「気のせいよね、ウィーンに来たのは初めてだし……」

「どうかしましたか? きれいなお屋敷ですねぇ……手前の池も芝生も素敵!」


何も知らない紫苑は、きょろきょろと、あたりを見回していたが、やがて屋敷から家令らしき人物が、召使たちと出てきて、しごく丁寧に父であるリヒテンシュタイン公と、葵・テレジアを中に案内してくれた。


「おお、ようこそ、おいでくださいました! ちょうど、戦場から帰ったばかりで、なにも整わず、申し訳ない!」


そう言いながら、いかにも軍人生活を長く送って来た、そんな初老の快活な人物が出迎えてくれた。父の友人だろうか? 聞いたことはないけれど。


「お疲れでしょうから、どうぞコーヒーでも……」


そう言って、たくさんの花が飾られた客間に案内され、父に宮殿の主人を紹介された。


「こちら、オーストリア帝国軍事参議会議長、オイゲン・フォン・サヴォイエン=カリグナン、プリンツ・オイゲン公でいらっしゃる。閣下、これが私の娘で五女のマリア・テレジアです」

「は、はじめまして……」


葵・テレジアは驚いていた。


『オーストリアの英雄、プリンツ・オイゲンだーー!! もう、たぶん、50歳くらいだけど、本物の王子さまだー!!』


彼の実父がフランス王、ルイ14世だと言うのは、暗黙の周知の事実である。


『そんなすごい人物にあえるなんて! 悪いことがあれば、良いこともある!』


とうぜん、葵・テレジアは、興奮していた。ウィーン名物、おいしいコーヒーとザッハトルテ、目の前の英雄は、とても親切な紳士であった。こんな知り合いを父がもっていたなんて……、見直した。


トルコとの戦いや、スペイン継承戦争、どれもこれも、興味津々であったが、夕食まで、ひとまず用意された部屋に下がることになった。


「凄いですねーー、あんな有名人と会えるなんて!」

「凄いわね!」


紫苑とふたりで興奮していたが、葵・テレジアは、今日はオペラを見に行くので、明け方まで起きていることを思い出して、お昼寝をすることにした。


そして、目覚めたとき、実に神妙な顔の紫苑と目が合ったのである。


「あの、その……ちょっと、言いにくいんですけれど……」

「どうかしたの?」

「姫君がお昼寝しているときに、小耳にはさんだ、うわさでは、お父上とオイゲン公が、姫君の見合いの話を……」

「また? オイゲン公にまで、紹介してもらおうとしているの? 恥ずかしい……」

「いえ、あの、ですから、オイゲン公……独身なんですよ」

「え…………」


40~50歳くらいの年の差婚なんて、この時代のヨーロッパ王侯貴族あるあるであった。


「え…………」

「い、一応、王子さまですけど……」


まったくオイゲン公が、甥の見合い相手を探している話を、知らないふたりは、顔を見合わせて、固まっていた。


「あ、あの、ひょっとしたら――オイゲン公が、中務卿ってこともーあるかもーですよ? 中務卿、元皇子さまでしたし」

「……うーーん」


ふたりの悩みは深まるばかりであった。

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