ミラクル番外編 葵・テレジア奇譚 4
『やっちゃえ、やっちゃえ!!』
紫苑・マルゴを始め、部屋にいないと認識されている侍女数名は、期待を込めた目で、姫君を見ていた。
が、だがしかしである……今日はまずかった。なにがまずかったかと言うと、お見合い用に左右に大きく膨らんだ、特別性のワイヤーパニエが入った豪華絢爛、重装備のドレスを着ていたのである。(※スカートの中にデカい鉄の鳥かごが入っているところを、ご想像ください。)
「わ、わ、わわわ……」
「姫さま~~!」
ただでさえ、相手の方が、かなり背が高く、手足も長い。そこにきて、この鉄の鳥かごドレスのせいで、合氣道の技を繰り出すところではなかった。
『押し倒してしまえばこっちのもの、既成事実をさっさと作って持参金ゲット!!』
そう思ったイケメンDV男に、葵・テレジアは軽々と転がされると、スカートをまくり上げられる。
「ああ、もう、これじゃまなんだよな!!」
デカい鉄の鳥かごのせいで、この状況に陥ったのであるが、その災いが時間を稼ぎ、紫苑・マルゴは、黄色の薔薇が入っていた金の壺を持って駆け寄ると、DV男の後頭部に攻撃をしようとして、返り討ちにあいそうになり、葵・テレジアは、起き上がれないまま、そのまま転がっていたが、払いのけられた壺の割れた音を聞きつけた護衛騎士が、ドアの向こうから駆け付け、ことなきを得たのであった。
姫君がスカートがまくれ上がったまま、転がっているのはまずいと、侍女たちは、素早く姫君をそのまま転がして、部屋の物陰に隠したので、葵・テレジアは目が回り、アダム富裕侯が、何事かと駆け付けた時には、いかにもショックで立ち上がれない。そんな珍しくもおしとやかな様子で、口元を押さえて、ベッドで横たわっていたが、たんに侍女たちが、姫君で『玉転がし』をした結果であった。
「……お父さま、もうちょっと、相手の身辺調査を……うっぷ!」
「おお、テレジア、なんて大変な目に……」
DV男は、騎士たちに簀巻きにされて、追い出されたが、娘が大変なショックにあったことで、アダム富裕侯は、ひとまずお見合い旅行の旅を休んで、娘をバーデンで、療養させることにした。
〈 数日後・バーデン名物岩塩洞窟 〉
「ここが、あの、うわさの岩塩洞窟……」
「……綺麗ですねえ……」
葵・テレジアと紫苑・マルゴは、貸し切りの洞窟の中で、絶句していた。『イタリアの青の洞窟、ピンクバージョン』そんな雰囲気の岩塩洞窟は、薔薇色の岩塩の壁に包まれ、天井の穴からは、きらきらと月の光が差し込み、あちらこちらに飾られた、薔薇の形に彫刻された岩塩のランプの光が湯に反射している。
「あー-気持ちいい」
「打ち身、大丈夫ですか? ああ、大きなアザになって……」
「大丈夫、大丈夫、ここのお湯で治るわよ!」
「それにしても綺麗なところですねえ……」
ふつうは温泉と言っても、そこはヨーロッパの湯治場なので、ちゃんと羽織物を着て、入浴するのだが、貸し切りなので、ふたりはくつろいでいた。
紫苑は、葵とは違い、一回目の転生だったので、初めはパニックだったが、自分のご主人様、金色のくりくり巻き毛、エメラルドグリーンの瞳のかわいいお姫様が、葵の上だと知ってからは、また、平安時代と同じように、のんきに暮らしていた。
「
「魔女狩りに会ってなきゃいいんですけどねぇ……」
紫苑は心配そうに、そう真顔で返事をして、ふたりでお湯につかりながら、ゆっくり話をしていると、なにやら外が騒がしい。
大慌てで侍女やメイドの用意したガウンを羽織って、天幕に隠れると、見習いメイドの少女が「なにやら、ぎっくり腰の、お年よりの急患がやって来て、貸し切りなのは分かっているが、なんとかならないかと、丁寧に従者が頼んでいる」と言いながら入って来た。
「まあ、そんなことなら、ぜひ、お譲りします。お大事になさってください。そう、伝えてちょうだい。私はもう今日は、十分入ったから、また明日にします」
「姫君は、あいかわらず、お優しい……」
『もし中務卿が見つからなかったら、姫様は、フランス王とかと結婚してもいいのに! 摂関家の姫君だったのに!』
紫苑はそう思ったが、「あんな不衛生なところはいや!」姫君はそう言い、トイレが一個しかない巨大なヴェルサイユ宮殿の話を思い出した紫苑は、「私もちょっときびしいかなあ」と思いながら、それでもさっさと着替えを済ませ、姫君の身支度を手伝って、名残惜し気に洞窟をあとに、姫君のうしろを歩いて、馬車に乗り込んでいた。
「いたたた……しかし助かったな。して、さきほどの姫君の一行は?」
入れ替わりで担ぎ込まれた老人は、湯船で苦痛が和らいでから、先ほどチラリと目にした、とても綺麗な姫君を思い出して、従者にたずねていた。
「はっ、名乗るほどの者ではないと、おっしゃっていましたが、馬車の紋章からおそらくは、リヒテンシュタイン侯のお身内と見受けました!」
「リヒテンシュタイン侯……」
〈 翌月、北に20kmウィーン 〉
「おかえりなさいませ閣下、ご無事でなによりでございます! 沢山、お手紙が届いております!」
「おお、留守居役ご苦労! いやあ、最近はエマヌエルが頑張ってくれるから、戦場も楽なモノだよ!」
「何よりでございます」
とある国境付近の戦闘に駆り出されて、帰って来たオイゲン公は、やれやれと、ソファーにどっかりと腰を掛け、留守の間に山になっていた手紙に、目を通さねばと思いながら、コーヒーの香りをひとまず楽しんでいた。
「こちら、サルデーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ2世からのお手紙にございます」
「え?」
特別に取り分けられていた封筒を受け取り、封蝋を確かめると、確かに本家筋のアメデーオ2世の紋章だった。
「ほとんど、なんのやり取りもないんだけど……?」
そう、実のところ、本家筋であり最低限の付き合いはあるが、自身がオーストリア大公に仕官しているので、そう密な関係ではない。
金の無心なら困るな、私もそんなに金ないんだよな。(オイゲン公は収入も大きいが、付き合いや、身内の面倒もみているので、手元に残る金はあまりなかった。)そう思いながら、ペーパーナイフで、無造作に封筒を開け目を通す。
「…………」
「どうかなさいましたか旦那さま?」
「……シャンパンを持ってこい! ありったけ!」
「はあ……」(ありったけって、2本しかないけど)
執事は不思議そうな顔のまま、残り少ないワインをしまってある貯蔵庫にむかった。
そう、あの時、岩塩洞窟に運び込まれた老人は、アメデーオ2世であり、あれからなんにも知らない葵・テレジアと、身分を隠したまま何度か会い、彼女の魅力に、すっかり感心している間に、本国からようやく、葵・テレジアの母が書いた「見合いあっせんのお願いのお手紙」が届き、あ、そういえば、オイゲン公からも甥の嫁探しを頼まれていた! これは神の采配だと、早馬をウィーンに出していたのである。
『リヒテンシュタイン侯の五番目の姫君、マリア・テレジア姫君は、美しく聡明で、教養と慈愛にみちた、欠点の見当たらぬ姫君であり、公夫妻がいままで、大切にしすぎて手放せなかったが、いつまでもそう言ってはいけないと、ようやく婿を探しているという。本来であれば、エマヌエルには、過ぎるほどの姫君であるが、侯は私から聞いた話に、領地に帰る前に、オペラを娘に見せようと思っていたと言い、これも神の思し召しかもしれぬと言ってくれた。彼には君の館に滞在するようにと、話を向けておいた。これが、わたしの用意できる最高で、最後の見合い相手である。』
手紙には、そう書かれていた。
「こ、これは……! この話を逃す訳にはゆかぬ! いつ? 姫君はいつ来るの?!」
「迎えの騎士の一隊を出しました。彼からの伝書鳩によると、来週の早々には……」
「部屋を、一番いい部屋を、リヒテンシュタイン侯と、姫君に用意して! それから、姫君の怖がりそうな武具とかの展示品はかくして……花! 王宮に話をして花を分けてもらって、あちらこちらに飾りたまえ!」
「……花瓶がございません」
「花瓶も借りてくればいいだろう! なんか王宮の倉庫に、いただきものが沢山転がっているはず!」
「了解いたしました」
それから数日、まるで戦場のような勢いで、オイゲン公のウィーンのこじんまりした宮殿は、男性好みの宮殿から、いかにも女性受けのよさそうな、花やタペストリーが飾られた館にかわっていった。
〈 ザヴォイエン・
「叔父の様子がおかしい?」
「はっ、今日、うかがった使用人によると、つねになく邸内の模様替えに励まれているとか」
戦場からの帰り道、しばらくはゴロゴロするよ……そんなことを言っていたが……。
「断捨離? まさかな……」
「あと、鎧やら剣やらを、蔵にしまいこんでいたとか……」
「まさか修道院に出家する気では?!」
「え?」
部下にそう言われて、ザヴォイエン・将仁は、顔をしかめた。彼に限ってそんなことはないと思うが、いま俗世を捨てられると、オーストリア軍は瓦解する。それくらいの衝撃である。
「明日にでも様子を見に行ってくる……」
そうして、彼と彼女は、運命によって導かれたふたりは出会うのであった。
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