ミラクル番外編 葵・テレジア奇譚 2

『葵の上奇譚とマリア・テレジア奇譚のクロスオーバー 2』


※史実では、アダム富裕侯は、この二人の結婚の前後に、なくなっていますが、このお話ではピンピンしています。


~~~


ザヴォイエン・将仁まさひと26歳(中の人→中務卿)と、マリア・テレジア・アンナ・フェリーツィタス19歳 (中の人→葵の上、葵・テレジア)が再び出会う何年か前のことである。


葵・テレジアの今生の父、アダム富裕侯は大いに苦悩していた。最後の希望、自分のふたりの息子のうちのひとりが、ついに亡くなってしまったのである。繰り上がり後継ぎになった又従弟のアントン・フローリアンと、その息子は、スペイン継承戦争に従軍中で、連絡も取れずに不在だった。


そして、その次の代打? アントンの甥のヨーゼフ・ヴェンツェルは、どうしようもなく、テレジアと仲が悪い……いや、正直に言おう。幼いころから、テレジアを知っている親戚筋の男たちは、のきなみ少年時代に娘に『痛い目』に合わされていたので、平たく言って、テレジアは売れ残っていた。


むろん、娘が悪い訳ではない。ほんの少し……いや、かなり正義感が強く、謎に腕の立つ少女だったのだ。


「姫君が男であれば、リヒテンシュタインの後継ぎに、なんの心配もございませんでしたのに……」

「私が生み間違えたばっかりに……」


そんな風に姫の乳母と、妻は目頭を押さえていたが、なにも礼儀知らずというわけではない。きちんとした教育と礼儀作法は身に着けている。(絵は下手だけれど)


「大丈夫だ! ヨーロッパは広い、きっと、どこかに、訳アリ娘をもらってくれる、良い縁談があるはずだ! 持参金も多い目にしよう!」

「私が母から受け継いだ宝石類もつけますわ!」

「お母さま……」


葵の上の、いや、葵・テレジアの父母は、あちらこちらのツテを使い、手紙や葵・テレジアの肖像画を大量に発送していた。そのアンテナに引っかかったのが、サルデーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ2世の血筋にあたり、フランス王が父とのうわさのある、神聖ローマ帝国皇帝軍の英雄、元帥のオイゲン公、あのプリンツオイゲンの甥であり、後継ぎにあたるザヴォイエン公子だった。


「あの天才軍略家オイゲン公の甥?! しかも後継ぎ?!」

「血筋よし! 顔よし! 素行に問題なし! 叔父について、戦場を駆け回っているので、うちのテレジアの情報なし!」

「最高ですわね!!」

「でも、肖像画はウソが多いからって、肖像画お見合いはしないんだって……」

「あなた! そんな弱気でどうしますの! 外堀を埋めましょう、外堀を!! だれかペンを!」


テレジアの母は、そういうと、オイゲン公の正式な本家筋の当主である、サルデーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ2世に、葵・テレジアとザヴォイエン公子(中務卿)との縁談の許可を求める手紙を書いた。


「……お前、確かにオイゲン公は、ザヴォイエン公子の花嫁を探していらっしゃるが、サルデーニャ王にまで……」

「本家筋の当主からゴーサインを出してもらえば、もう、これは断れないはず! 一点ものにつき、返品不可です!」


テレジアさまの気性は、母親に似たんだな……。


銀のトレーに載せた手紙を運びながら、侍従はそう思っていたし、葵・テレジアは、ひどい言われようだと思ったが、確かに自分が礼儀知らずの悪童たちを、次々に厳しく躾けたのは真実だった。普通なら、女が男に……なんて、すぐに言われて、修道院に放り込まれるのがオチであったが、このリヒテンシュタインでは、父が最高権力者だったので、修道院に入らずに済んでいるのも分かっていた。


「あー-もう、どこか旅に出ようかしら? どこか住み込みで、仕事とか探せば……」

「だめですよ姫君! 街にお風呂なんて、ないんですよ?」

「はー-、それだけは勘弁……どうしよう?」


バスタブにブクブクと沈んで行った葵・テレジアを、しごく同情した目で見ていたのは、彼女の侍女として転生した紫苑・マルゴだった。


それから数か月がたち、紫苑が、「やっぱり縁談はなくなったのでは? 姫君の悪いうわさはヨーロッパ中に……良いような悪いような……」「普通に暮らせる修道院ってないかな?」「ないと思いますよー-」「実は男の子でした。えへ! とかは?」「……無理ですね」そんなことを言っていたある日である。


父であるリヒテンシュタイン侯が、「オーストリアに仕事で行くついでに、バーデンの温泉に保養に行くから、お前も連れて行ってあげよう」そんなことを言い出したのは。


「温泉?! 行く! 行きます!」


紫苑と一緒に、久々に温泉旅行!! そんな風に葵・テレジアは喜んでいたが、これは、手紙に返事が届かないことを、心配した父母がしくんだ『葵・テレジア、婿探しオーストリアツアー』の始まりであった。


だまされたのは、ザヴォイエン・将仁まさひとだけではなかったのである。

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