葵の上奇譚・現代編・中務教授日記 2
弱ったな……。
いや、初めから分かっていたことではあったが、各クラブに所属している一回生を主軸に、いわゆる『初心者トレード』をはかったのではあるが、案の定というか、中学の武道経験は、思いっきり柔道に偏っていた。
「しかたない……剣道部に行ってくる」
そう言って姿を消した朱雀部長(母は剣道の師範代の腕前である)にかわり、その次の日から、学内での泊まり込みの合宿が始まった部員たち(なにせ、自分たちの本来の部活動や講義もあるので、当然の流れだった。)は、もはや、四回生まで含めて、大移動していた。(剣道部の部長は、案の定、理事で部長の来襲に悲しい顔をしていたが、しかたがないと、あきらめた。)
そんなわけで、少林寺拳法部の『新人研修』は、残った監督やコーチ、そして副部長など俗に言う幹部に任されていた。(少林寺拳法部の副部長などは、だいだいの武道の初段は持っていたので、役立たずなどと、かわいそうな言葉を、部長にかけられていた。)
「うーーん、西山さんは、大体、大丈夫じゃが、なんかとろくっさいのう」
「すみません! ……あと、東山です……」
「似たようなもんじゃろ、別に問題はないのに、何が悪いんじゃろなぁ?」
iPadに撮った録画を見ていた副部長に、中務教授が声をかける。
「うますぎるんだろう。技を増やせ。あと、大声をもっと出させてみろ」
「え?」
「千歳、お前が相手をしろ、誰かストップウォッチを持ってこい!」
「は、はいっ!」
そう言ってから、申し訳なさそうに、借り物の少林寺拳法の胴着を着ている『東山葵』ちゃんに、中務教授は近づくと、周囲の視線も気にせず、何か話しかけ、その後、副部長にも何か話しかけていた。
「はじめ!!」
『ひーー!!』
掛け声で、ストップウォッチが動き出し、さっきまでより増えた技で、葵は、必死で普段は、最後の決めの時にしか出さない、掛け声というか、大声を、周囲の前をして「えい!! えいえい!! やーー!」なんて言いながら、怒涛のスピード(だって、だって副部長だよ? 三段以上の部の優勝の相方? ですよ?!)を相手に、とんでもない勢いで、動いていた。
「そこまで!!」
『た、助かった!!』
「なるほど、監督の言いよることが分かった!」
「え?」
ちなみに葵は、まったく知るよしもなかったが、学生の少林寺拳法というのは、東と西で技を繰り出すスピードが違い、判定の点数の基準すらも違った。
技はスピードが決めて! と言う西は早く、東は技をきっちり見せるドヤ仕様! という理由で、西日本の大学に比べれば、東日本の大学は遅い。(素人目線)
iPadを手に、その違いを眺めていた葵は、なるほどと思った。
『全然、スピードが違う』
「そんな訳で、新入生君は、東山君に合わせるように。大丈夫、今日から頑張れば間に合うからね」
「え?」
道場の隅で、やっぱりマネージャーにすればよかったかな? そんな風に見学していた、『本物の白帯の新入生』は、監督の言葉に真っ青になっていた。
数週間後、無事に? 関西学生大会は開催され、級の部も無事に優勝をかっさらい、みんなが、ご機嫌のバスの雰囲気の中で、やれやれと思いながら、学校に到着してバスを降りた葵は、そう言えば、教授にもらった株主優待券があった!
それを思い出すと、なんだかんだが詰まった大きなスーツケースを、ゴロゴロと引きながら、スマホでお店を探して立ち寄ることにした。
試合のあとは栄養バランスを気にせず、好きなものをご褒美として食べるのだ!!
「って……入っても怒られないかな?」
そこは水が一杯、三千円、そう言われてもおかしくないくらい、豪華なホテルに入っているレストランだった。
『株主優待券、足りるかな?』
どきどきしながら、メニューを見て、暗算をしていると、知っている声がした。
「東山君?」
「……少林寺の監督さん! 優待券ありがとうございました!」
「ああ、それで……向かいに座っても?」
「どうぞどうぞ!」
いざとなれば、お金を借りよう。
そんなことを思いながら、葵は再びメニューに目を通しだしたが、すっと目の前から、メニューが消える。
「おかげで優勝できたから、今日は私が……他には内緒だよ」
『THE・紳士』
そんなオーダーメイドのスリーピースを着た教授は、慣れた様子で、自分が好きそうなものを頼んでくれて、どうしてこんなに、私の好きなものを知っているんだろうと、葵は不思議に思っていたが、「好みが偶然合っていたんだろう」そう思うと、にこにことした笑顔で、コース料理という物を、少し緊張して食べ始めていた。
イレギュラーな稽古の話、大会の話、話題は尽きなかったが、自分は外国語を学んでいるし、教授はこんな大学(失礼)にいるのが不思議なくらいの言語学者なので、話は大いに弾んで、とっても楽しい時間が、あっという間に過ぎていった。
「よかったら、合氣道部から、少林寺拳法部に移籍しない?」
「え?」
至極イケメンで、紳士で、どこまでも完璧な教授に勧誘されて、葵は大いに心が動いたが、大切なことを、はっと思い出していた。
「お話はうれしいんですけれど、あの、少林寺拳法って、袴を履いていないでしょう?」
「……まあ、そうだね」
教授は不思議そうな顔をしていた。
「ずっと袴を履いて、稽古をしているから、あの、その……、スカートを履かずに、外を歩いているような気が……してしまって……恥ずかしいというか、あ! もちろん、自分の感覚だけですよ?! どうしましたか?!」
なんかうつむいて、耳まで真っ赤になっていた教授は、大きく息を吐いてから、「それは仕方ないね」そう言って、なんか超高級そうな外車(あとで聞いたら、ベントレーと言うらしい)に、スーツケースと自分をのせて、自宅の前まで送ってくれた。
「本当にありがとうございました」
「いやいや、甥の朱雀が上機嫌でね、あれで、結構、部活が絡むと面倒な性格だから」
中務教授は、少しだけ朱雀帝のことを悪く言って、それも反省しながら、自分の住んでいる大学に近い日本家屋に帰り、「スカートを履かずに、外を歩いているような気がしてしまって……」そんな葵の上の言葉を思い返して、真っ赤な顔で反省しながら、邪念を振り払おうと、自宅の一室で、木刀の素振りをしてから眠りについた。
彼は夢の中で、平安時代の十二単の葵の上が、なぜか袴を探し回っている夢を見ていた。
「修業がたりなかったか……」
「何か言いました?」
「なんでもない」
翌朝、理事室で、ご機嫌な朱雀帝にそう言うと、彼は講義に向かった。
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