第7話「ふっざけ、るなッ……!」
◇◇◇【side:アイリス】
――ミレクスの森
キンキンッキンキンッ!!
(……な、なぜレイ様が!?)
私は目の前で繰り広げられる“撹乱”に足を止める。
抱きしめられ、胸が痛い。(※しがみつかれただけ)
少しも離れたくない。
まだそこにいてくれている……?
いるのはわかっていても、いまどのような顔をしているのか気になり、何度も何度も表情を確認してモタモタしていたのがダメだったのですか……?
キンッ、キンッキンッキンッ!!
受け流す攻撃と完全回避する攻撃を正確に見極め、双頭蛇尾(オルトロス)を翻弄している。一撃でも攻撃を受ければ、確実に死が待っているというのに……。
なんて勇猛で優れた観察眼……。
しかし……、なぜスキルを使わないのでしょう? “魔力量”が膨大なのに、あれでは少し《身体強化》されているだけ……。
なぜスキルを自重しているのです……?
「……ま、まさかっ!!」
もしかしたら、この辺り一面が消え失せるようなスキルをお持ちなのでしょう! わ、わわわ、私の安全を考えて……? そ、そうに決まっています! なんてお優しいお方なのでしょう……!!(※全然違います)
待っててください。
いま、すぐに……。
ガクガクガクッ……
私も一刻も早く参戦したいのはやまやまですが……、膝が笑ってしまいます。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
私は充満する濃厚な香りに衝動を抑えるのに必死。口元には違和感が……、きっと『牙』が出たのだろうと理解できる。
ピキッ……ピキキキッ……
なぜなら、私の爪が鋭利なもの変化していくから。
ずっと、ずっと我慢していた。
手をとり歩いている時も、抱き上げ駆けている時も、いえ、姿を見たその時から……。
『早くその首元に顔を埋めたい』
まるで獣のようです。
そんな事が許されるはずなどない。
はしたないと軽蔑され、恐ろしいと距離をとられ、“化け物だ”と逃げ出されるのでしょう。
キンッキンッキンッ!!
ああ。早く、レイ様をお助けせねば……。
私のためにスキルを使用できないのですよ……? 私のせいで回避に専念し、攻撃しないのですよ……?
「ハァ、ハァ、ハァ……」
あぁ……。なんていい香り……。
なんだか脳が痺れて来ましたね。
私、今のレイ様に近寄って大丈夫ですか?
……も、もうすでにぶっ倒れそうなのですが?
「い、いま……行きます!!」
◇◇◇ vs.双頭蛇尾(オルトロス)
キンッキンキンキンッ!!
なんて攻撃だ。冷静に見極めて受け流しているのに、ナイフがゴリゴリ消耗していく。
ってか……、何してんだよ! あの女!!
俺が喰われなきゃ気がすまないのか?!
さっさと攻撃してくれ!!
『シャアッ!!』
尻尾の蛇が死角から襲いかかってくるのを察知し、グルンッと身体を捻り完璧に躱す。
風が流れてしまったので、すぐに次を……、
「《感知隙間風(サーチドラフト)》……」
フワァッ……
“そよかぜ”が俺の周囲に漂う。
半径2m範囲くらいであれば、風の流れで予測ができる。隙間がなければ、ただの微風(そよかぜ)が漂うだけ。
だが、毎日毎日、同年代のヤツらに幼い頃から蹴られ、殴られを繰り返してきた俺はただやられ続けてたわけじゃない。
“そよかぜレイン”。
そのあだ名は文字通り、周囲に微風(そよかぜ)を撒き散らし、空気の流れから次の攻撃を予測する実験を繰り返していたからだ。
常に自分から《感知隙間風(サーチドラフト)》を垂れ流しにする事でわずかな空気の変化を肌で理解し備える。
俺は「回避」には自信があるのだ……!!
まあ、風が流れてしまえば何度も何度も微風(そよかぜ)を出し続けなきゃいけないし……、
『『『シャアッ!!!!』』』
『『ガウッガウッ!!』』
こんな化け物を相手にいつまでも通用するはずないけどなぁあ!!
ちょ、これ、無理すぎるだろ!!
さっさと助けてくれ!! このままじゃ死ぬ!!
なにしてるんだ、あの“腕力女”!!
キンキンキンッキン! スッスッスッ!!
『『『シャァアッ!!』』』
『『ガウガウアッ!!』』
キンッ!! クルッ、タンッ!!
蛇の尾3匹に双頭からの一斉攻撃を、上空に跳ぶことで回避し、ナイフを一本折ってしまった俺は、全身からブワッと冷や汗が出る。
このオルトロス。
剛毛が硬い、牙や爪が鋭い。
脚の筋力もえげつない。
おそらくスピードはかなりのものだろう。
魔法やスキルの有無もわからない。
しかし、懐に入り回避に専念すればスピードと魔法はほぼ無力化できる。これでも10年以上冒険者として経験があるんだ、爪や牙もなんとかナイフで受け流せる。
物理だけに制限させれば、やりようはある。
なんて、甘かった……。
厄介なのは、蛇の尻尾が8匹もいるということ。各々が脳を持ち、バカだが知性があるということ。そして蛇からの攻撃は擦り傷ですら致命傷ということ。
『『『『シャアアッ!!!!』』』』
猛毒の牙が襲ってくる。
上空に逃げてしまった俺には逃げ場がない。
4匹……。
あの1匹は俺を観察……待機?
あの個体、直接攻撃じゃなくて上からポタポタと毒を落としてきてたヤツだな……。
死にかけてるのにそんなどうでもいいことを。
まずはこの回避について考えなきゃなのに。
おいおい、双頭の方もあとから来てるのかよ……。確実に詰んでるだろ……。
死ぬ……? 死ぬ……。
俺は……死ぬのか……?
“アイツら”の偉業も見ずに……?
“あの2人”の今後を……、あのクソガキと“裏切り者”の末路を見れずに……?
「ふっざけ、るなッ……!」
グザンッ!!
血にも毒があると蛇を傷つけることはしてなかったが、そうも言ってられない。
残り一本となったナイフを投げ、逃げ場を確保してからクルッと身を捩る。
蛇はどうにかなったが、全ての武器を失った。
こんなのは焼け石に水……。
次の双頭を処理できないのはわかって、
『『キャアンキャンッ!!』』
双頭は顔を歪ませ、情けない声を上げる。
オルトロスの足元には銀髪の女が返り血を浴びている。
なにやら様子がおかしいが、俺を助けてくれたのは明白。右脚にはパックリと裂かれた傷跡。
(……剣撃? ど、どこから剣を出した?)
って、そんなことはどうでもいい。
「ア、アイリス様ッ!!」
ドガッ!!!!
なぜか避難しないアイリス嬢は怒り狂うオルトロスの左脚にぶん殴られ、ドゴッと大木に背を打ちつける。
ピクリとも動かないアイリス嬢に血の気が引く。
彼女に死んでもらうわけにはいかない。
2人を地獄に堕とすためにも。
俺の罪を帳消しにしてもらうためにも。
いや、この場から生きる残るためにもッ!
タンッ……
地面を転がり受け身を取った俺の横に、グジュウと蛇の血肉が地面を穿つ。
「……ふぅ」
ポーチから果物ナイフを取り出し、アイリス嬢に襲いかかるオルトロスの眼球に投げつける。
カランッ……
そりゃ、ビクともしないよな。
だが……、
『『グゥルルルルルッ……』』
ヘイトはこちらに移せたようで何より……。
(……待て待て。こっからどうするんだよ、俺)
俺の顎先からポツリと汗が垂れた。
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