傷口に暴風を〜最弱ハズレとバカにされるスキル【隙間風】の冴えない雑用係の俺、『円満追放』とはいえ失意のまま帰ったら婚約者は伯爵令息とお楽しみ中でした〜
第4話 「それは無理があるぞ。“元婚約者さん”」
第4話 「それは無理があるぞ。“元婚約者さん”」
◇◇◇
音のない部屋。
2人で選んだ寝具。
脱ぎ散らかされた衣服。
目の前には「幸せにする」と約束した女。
――無理しないで。
――みんな、ひどいよ!
――レイ君はかっこいい!
――ウチ、幸せ……。
――レイ君。大好きだよ?
数々の思い出が頭を巡る。
幼い頃からのいくつもの場面が……。
でも、不思議なものだ。
死ねばいいと思っている。
殺してやりたいと憎んでいる。
気持ちが悪い。吐き気しかしない。
下着姿のままだからなのか。
俺はエルザを愛していなかったからなのか。
……いや、愛していたからこそだろう。
「……レイ君」
今にも泣き出しそうな不安気な表情に虫唾が走る。
ディアルノ公爵家……。
「放浪の公爵令嬢」には感謝しないとな。
あのままじゃ女性にまで手を上げるところだった。
ギリギリで冷静さを保てているのは彼女のおかげだ。
「エルザ。憐れんでくれてありがとう」
「……」
「ふっ……少しでもいい夢が見れたよ。家も全部好きにすればいい。それでもう無関係って事で……」
「レイく、」
「じゃあ……、もう二度と会う事もない」
俺は笑顔で虚勢を張った。
婚約理由に納得してしまったら世話はない。
“あまりに可哀想で”
あまりにシンプルな理由だ。
憐み、同情、慈悲。
“シンプルに弱すぎるんだよな……”
ロウの言葉も思い出していた。
無能、不足、無力。
うん。本当にシンプルな答えだ。
誰もが振り返るような高嶺の花に手を伸ばし、高ランクパーティーに居場所を求めた。
……本当に頭悪すぎる。
自分の価値を顧みず、強欲で傲慢で高望みばかり。
そりゃ、居場所なんてどこにもないわ。
分不相応なところに手を伸ばしてるんだから。
ったく……。本当にアホくさい。
だが……うじうじしても仕方ない。
これからは身の丈にあった幸せを探すとしよう。
いまは……、“あの令嬢”に、どんな無理難題を突きつけられるかを考えるか。
あまりいい噂は聞かないが、話した感じは所詮、噂なのだなとも思ったが……。ってか、もうどうにでもなれよ!
固まったままのエルザに背を向け、俺はブクブクと泡を吹いているクソガキに突き刺したナイフを取りに行こうとするが……、
「ウ、ウチ……ち、違うの!」
エルザの声に足を止める。
確かに一方的すぎる感もある。
さて、どんな言い訳をしてくれるのかな……?
ただまぁ……、
「それは無理があるぞ。“元婚約者さん”」
「ほ、本当に違うくて、ウチはレイ君の事大好きだし、これからもずっと、」
「面白い! それはなかなか笑えるよ。本気で言ってるなら神経を疑う……」
俺はまたナイフを回収しようと行動を再開するが、
「ちょ、ちょっと、待ってよ!!」
エルザがガシッと腕を掴んできた。
ゾワァアッ!!
全身の毛が逆立ち、俺はあまりの気持ち悪さに力任せに振り払った。ドサッと尻もちをつき俺を見上げるエルザの顔はキョトンとしていて、それがまた俺をイラつかせる。
「……俺に触るな!!」
「……えっ?」
「気持ち悪いんだよ、お前……。さっきまでこのクソガキに触れてた手で俺に触るなんてありえないだろ!」
エルザの栗色の髪がハラリと落ち、ピクピクと顔を引き攣らせ始める。
「……ウ、ウチが“気持ち悪い”?」
「当たり前だろ。自分がした事を理解してないのか?」
「えっ? な、なにいってるの? “微風(そよかぜ)レイン”のくせに……」
「……はっ?」
「え、Aランクになったからって調子に乗ってるわけ? ちょっとお金を稼ぐようになったから勘違いしてるんでしょ? 料理と掃除しか出来ないグズのくせに!」
「……は? ははっ……」
「なに笑ってるのよ!? 親も兄弟もいないひとりぼっちのあんたに、唯一優しくしてたウチが“気持ち悪い”!? “触るな!”って? 冗談でしょ!? あんた、自分が口答えできる立場だと思ってるの!?」
「……」
「あんたみたいな容姿も力もない無能は、Aランクパーティーに捨てられないように必死になって働いてればいいの! あんたはウチが何不自由ない生活を送れるように、ずっと奴隷をやってればいいのよ!!」
エルザは見たこともない形相で俺を睨み続ける。ゾワゾワと背中が気持ちが悪い。
虫唾が走る。
これがきっとそうだろう……。
“コレ”が本性か……。
俺ってヤツは見る目がないなぁ……。
ハハッ……“そよかぜレイン”なんて久々に聞いたよ。
要するに……、“婚約者はAランクパーティー”ってブランドで、自分が周りより優位に立ちたかったって話だろ? 俺のような可哀想なヤツにも優しい自分を演出して、自分の価値を高めてただけって事か……。
ハハッ……。マジでバカバカしいな。
追放されたと伝えればどんな顔をするか……?
いや、いいや……もう関係ない。
もう二度と交わることはない……。
俺はエルザを無視し続けながら、クソガキに刺したままのナイフを抜いた。ナイフを抜く時、泡を吹いたままビクンッと跳ねる様はなかなかに愉快だ。
「ねぇ!! なんとか言いなさいよ!! あんたはこれまで通り、バカみたいに働いてウチに全てを捧げてればいいのッ! どうしてもって言うなら抱かせてやってもいいわよ!!」
あんなにも綺麗だと思っていたエルザの顔が醜くて仕方がない。あれほど触れたいと思っていたスタイルのいい身体も汚物のように感じている。
そそくさと退室しようとするが……、
ギシッ……
蹴破られたドアを踏み締める音に顔をあげる。
そこには相変わらず無表情でなにを考えているのかわからない公爵令嬢が立っている。
「……」
エルザはジリっと後退りして押し黙る。
ナイスタイミングだ。本当にありがたい。
「お待たせ致しました。では、外に出ましょうか?」
「……“レイ様”? この場でお話ししても?」
「……えっ?」
猛烈な虚無感に力無く小首を傾げると、少し顔を赤くした公爵令嬢はゴクリと息を呑んだ。
「私と放浪の旅に出ませんか?」
「……はぃ?」
「……常に2人で支え合い、苦楽を共に致しましょう。私は……あなたが健やかなる時も病める時もそばに付き従いましょう」
「……な、なにを言って、るんですか?」
「やはり“年増女”は願い下げですか?」
「えっ……いや、明らかに俺より年下……では?」
「お恥ずかしながら先日で814歳となります……。ですが、そこの女性とは違い、“清やかなる身体”であると神に誓いましょう」
「……ハハッ、ありがとうございます。喜んでお供しますよ」
俺は令嬢の“優しさ”を受け取り、また視線を伏せた。
始めこそ、“この「少女」はなにを言ってるんだ?”と困惑したが、これはエルザの自尊心を傷つけるための発言だろう。
人外の者のような容姿。
まるで女神が地上に降りてきたかのような美貌。
エルザのように容姿が優れた“人間”程度では天地の差がある。
そんな格上の彼女が、「自分の駒」である俺に、まるで“結婚しませんか?”と言われているかのようなセリフを言ってくれたのだ。
エルザからすれば歯痒いだろう。
美貌と権力を持った少女が、無能と罵倒した“そよかぜレイン”を欲するのだから。いや、“手駒である俺”がそんな彼女と幸せになろうと言うのだから……。
思ったより、優しい令嬢だ。
「“そよかぜレイン”が幸せになる」
それが何よりの復讐になりえる……。
そう諭されているみたいだ。
罵倒され続けていた俺を憐んでくれたのか。
立ち去るタイミングを作ってくれたのか。
まあ、どちらでもいいさ。
「ふっ……。では、行きましょうか、“アイリス様”」
顔を上げながらスッと令嬢に手を差し出す俺だが、すぐに首を傾げる。
「…………っっ!!!!」
リンゴのように顔を真っ赤にしている無表情の少女が俺を見つめて固まっているからだ。
「……ア、アイリス様?」
ガシッ……!!
少女は真っ赤な顔のまま俺の手を掴むと、
「あなた方の不貞は白日の下に晒される事でしょう! 今後、“私たち”への接触は一切禁止します!! では、ご機嫌よう!!」
早口で一気に捲し立てると、グイッと俺の手を引いて部屋を飛び出した。
綺麗な銀髪が揺れるのを眺める余裕も、耳の先まで真っ赤になっている少女を愛でる余裕も……、ましてや、エルザたちに最後に皮肉を吐き捨てる余裕も、俺には一切なかった。
「破壊の公爵令嬢」。
数々の異名を轟かすディアルノ公爵家の令嬢の「力」を目の当たりにしていたからだ。
(……て、手が潰れるぅうううう!!)
あまりの握力と片手で軽々と引きずる腕力に必死に歯を食いしばることしか出来なかったからだ。
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