第2話 「……殺してやる」
◇◇◇◇◇
――辺境都市「リペルゼン」
「うっ! ううっ、えっぐ、えっぐ!! レイン……! レインっ!! 俺は……おではぁあ!!」
結果的に誰よりも大号泣していてたのはロウだった。酒が弱いくせに随分とペースが早かったからなのか、俺がすんなり受け入れたことで緊張の糸が切れたのか……。
どちらにせよ、愛らしい限りだ!
そう思うくらいにはいい気分だ。
俺だってなかなかに酔っ払っている。
新しい魔導師がどんなヤツかはわからないので、クーガにもこれまでの魔物や土地の資料を渡しておいた。俺がホワイトファングに返せる恩はそれだけ。
クーガなら俺の資料を読み取り、どこをどのように事前準備すればいいかも伝わるはずだ。
そのやり取りで涙したのはやはりロウだった。
見目麗しいシャルルに「先生……最後に2人で飲み直しそう?」と誘われたが、“あわよくば”なんて考えない。
懐いてくれていたのはありがたいが、俺には愛すべき婚約者がいるからな! 裏切るような事はできないさっ!
「じゃあな! 送別会、ありがと!」
俺はしんみりならないように笑顔で別れを告げると、
「レイン……いや、“レインさん”!! 本当に俺たちはあんたのおかげで……!! うぅっ!!」
おそらく明日は記憶がないと思われるロウが挨拶を返す。
リーダーとしての自負と恵まれたスキルを持つロウ。
パーティー内の上下関係を崩すのは良くないと敬語と敬称を辞めて欲しいと言ったのは俺だった。
――じゃあ、その代わりレインも敬語なんてのは辞めてくれ。俺たちはあんたに教えてもらう立場なんだからな?!
ロウなりに必死だった。
仲間を死地に追いやってしまった責任を人一倍……。
みんなはそれを理解してるから自分にできる事を必死になって……。
あぁ。ダメだ……。
やっぱいいヤツらだなぁ……!!
ま、まだ泣かない! 泣くわけにはいかないだろ!
これ以上、コイツらに迷惑をかけれない!
「ハ、ハハッ!! 別に今生の別れってのでもないだろ! また帰って来た時は話を聞かせてくれよ」
俺の言葉に3人はジワァッと涙を浮かべ、ロウは「ううぅっ……」と涙を加速させる。
……あぁ。そういう事か。
酔っていても頭は回ってる。
……要は、だからこそ、「今」って事だ。
うん。……やけに腑に落ちた。婚約者がこの街にいる俺への配慮もしてくれてたって事だろう。
「ふっ……拠点を移してもやるべき事は変わらない。大丈夫だぞ? 俺はお前たちがどこにいても応援してるからな!」
俺がニカッと笑顔を浮かべれば、
「先生ぇ!!」
「レインさん!」
「レイン君!!」
3人は一斉に飛びついて来て、フラフラのロウは俺の横にダイブしてぶっ倒れた。
「「「「ぷっ……、アッハハハッ!!」」」」
最後に笑い合えるような日々だった。
我慢してても涙がちょちょぎれるってもんだ。
「さぁて!! それじゃ、エルザの元に帰るかな!」
「……先生! ひどい!!」
「ハハッ! 悪いな、シャルル」
「で、でも、あーし、2番目でも、」
「レインさんの婚約者さん、この街1番の美人さんじゃないですか?」
「ちょっ、クー君!! 今、あーしのターン、」
「クーガ、何が欲しいんだ? なんでも買ってやるぞ?」
「もお!! 先生まで!!」
「アハハハッ!!」
こんな何気ない会話も最後。
「ふふっ……。ほら、ロウ。起きて? レインさんが行ってしまいますよ?」
「ん? ぅん……。わかってる。ありがとうな、レイン」
「私はメイラですよ?」
「ああ。わかってる。愛してるぞ、メイラ」
「ふふっ……。ええ、私もです……」
2人のバカップルぶりもこれで最後だ。
「ロウ……。シャルル、メイラ、クーガ……」
名前を呼んだ俺にみんなは1人ずつコクンと頷き返してくれる。……うん。これ以上の言葉は必要ないよな?
俺は軽く手をあげて背を向けた。
「“レインさん”!! “お世話になりました”!」
俺はもう振り返れなかった。
4人が頭を下げてくれているのもわかっていた。
だからこそ、振り返れないのだ。
「……うっ。うぅっ……頑張れよ……」
いくら理由に納得できても、寂しいってのが本音。
自分の無力さが歯痒いのも、これからもずっと一緒にいたかった仲間と離れるのも、また居場所を失うのも……。
俺は内心では、(『上』を目指すより俺を選んで欲しかった)なんて……身勝手事を考えて、勝手に傷つくような傲慢なヤツだ。
もちろん、そんな事は口が裂けても言葉にしないが、わずかでもそんな事を考えてしまう、どうしようもないクソやろうなのだ。
(ふっ、確かに追放されて当然だよな……)
今、本当の意味で飲み込めたような、まだ心残りがあるような不思議な感覚。
でも、今までの『追放』とは真逆の心境なのは本当だ。
頼むからこけてくれるな。これからも真っ直ぐなまま。どんな壁もみんなで力を合わせて頑張って欲しい。
本当に……誰一人欠けることなくSランクという高みに立って欲しい。
ドサッ……
1人、ベンチに腰掛けぼんやりと夜空を見上げる。
「はぁ〜……いい月だ」
満月を見上げると、ふとエルザの笑顔が浮かぶ。
……エルザは許してくれるだろうか?
Aランクパーティーを追放された俺でもちゃんと受け入れてくれるだろうか……?
ふっ……、大丈夫か。
エルザは俺が奴隷のような日々を過ごしてた事も知ってるし。……いや、でも!! 収入の面ではかなり減ることに……。
なんだか不安になって来たな。
エルザは俺にはもったいない婚約者だ。
まず見た目のスペックが違いすぎるし、誰にでも優しいし、笑顔が可愛いし……。それでいてノリもいいし。
同年代のヤツらは一度はエルザに恋していたくらいの女なのだ。まさに高嶺の花。幼馴染とはいえ、なんで俺を選んでくれたか不思議で仕方ないくらい……。
「はぁ〜……、童貞は継続かよ……」
――ちゃんと結婚してからね?
家も買って同棲を始めたばかりなのに……。
また収入が安定するのを待たないといけないって事か。
とはいえ……、
「慰めてもらおう!」
俺は勢いよく立ち上がった。
今は全てをネガティブに取ってしまう。
居場所が全て無くなったわけじゃないって早く安心したいんだ。もう夜も遅いし寝てるかもしれないが、今日くらいは少し甘えたい。
少し足早に歩を進めた。
まだ騒がしさの残るメインストリートを抜け、教会の脇を通り、巨大な領主邸の裏に回る。
閑静な住宅街の一軒が俺がホワイトファングで稼いだ全財産をつぎ込んで用意した新居だ。
2階の寝室にはまだ灯りが灯っているのを確認する。
「よかった。まだ起きてるな」
俺は「ふっ」と頬を緩めて鍵を開ける。
今日、追放された事をどう伝えるか。
今後はどうしていくか。
どうすればうまく伝えられるだろう。
無力で冴えない婚約者である事を謝らないとな。
ガチャッ……
家に入ると「んっ、んんっ……」と泣き声のようなエルザの声が聞こえ、俺は首を傾げながら階段を上がる。
感動する本でも読んで……、
「あっ、んんっ。ぁあっ! はぁ、はぁっんんっ!」
だんだんとはっきりと聞こえてくる声に足が止まる。
バクンッと心臓を握られたように苦しくなり、目の前の天と地がひっくり返ったかのようにグワングワンッと揺れる。
ガッ……
無意識のうちに手すりを掴むが……、
「あっ、んんっ、ぁっ、“アベルさまぁ”!!」
エルザの……自分の婚約者の甘美な声は、否応なしに俺の鼓膜を揺らす。
「んっ、あっ……んんっ、ぃっ……!! あっぁあ……はぁあっ、あっ、ぁっ……んんっ……」
「ククッ……。本当にイヤらしい女だ!!」
「あっ、ぁっあ、アベル様っ、んんっ! いいっ、です!」
「クハハッ! ハァ、ハァ、そんなに腰を浮かせて! ハァ、ハァ、痙攣して……っ!! そんなに良いか!?」
「んっ! んんっ! ぁあっあっ! 壊れて……っしまいますぅう!」
聞こえてくる声は現実感がない。
ただただ頭を鈍器で殴られたような衝撃と、心臓を直接鷲掴みにされているかのような息苦しさ、ざわざわと全身の毛が逆立つような憤怒……。
姿が見えずともその姿を想像してしまうのは当たり前の事で……、混乱した頭で“アベル”という男を探すのは必然で……、衝動的に腰に装備してあるナイフに手をかけるのは仕方ない事で……。
「うっぷっ……おぇええっ……!!」
だが、込み上がる吐き気に抗えず嘔吐する。
目の前がグワングワンと回っているのは酒のせいなんかではない。これまでのエルザとの思い出が頭を駆け巡っては全てが吐き気に変換されていく感覚。
「おぇぇっ……!」
涙が込み上げてくるのは追放されて悲しいからでも、嘔吐が苦しいからでもない。
いままさに地獄に立っているからだ。
「ぁっ! んんっ、んっ、ぁっ、」
「ハァ、ハァ、ハァッ!! くっ……!!」
「んっ、ぁっ、あぁああっ!!」
エルザの絶叫と共に声が消えたが、脳内では未だ鳴り響いている。ボソボソと何かを話している声が聞こえるが、内容は聞き取れない。
「……“アベル”」
思い当たったのは領主の息子……伯爵令息“アベル・フォン・リペルゼン”……。先日、成人したばかりのクソガキ……。その甘ったるい顔だった。
グイッ……
ゲロまみれの口元を拭い、カチャッと腰のナイフを抜く。
「……殺してやる」
揺れる視界の中、なんとか階段を一段上がったところで、俺はまた足を止める。
コンコンッ……
こんな夜更けに玄関ドアを叩く音が響いたからだ。
ガタガタッと動く音は2階から。
返事を待たずにガチャリと扉が開いたのは1階。
コツコツコツッ……
我が物顔で家に入って来たのは銀髪赤眼の1人の少女。頭巾を被っていない教会のシスターのような格好だが、一目で違うとわかる。
もう何が何だかわからない俺はナイフを持ったまま少女の一挙手一投足をポカンと見つめる。
少女はゲロまみれの階段を無表情で登り始め、俺にチラリと視線を向けると、
「……物騒です」
一言残して、俺を追い越していく。
「……はっ?」
それが俺の精一杯の返事だったのだが、それは無視される。階段を登りきった少女はクルッと振り返ると小首を傾げた。
「あのドアを蹴破っても構わないですか?」
暗がりの階段を満月が照らしている。
少女の銀髪はところどころ金色に輝き、透き通る真紅の瞳は逆光でも怪しく光を放っている。
その光景は女神や天使と言った人外の者を描いた絵画のよう……。唖然とし、呆然とさせられ、時が止まる。
ドガッ!!!!
ハッと我に返ったのは、ドアが蹴破られる音を聞いた後だった。
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