傷口に暴風を〜最弱ハズレとバカにされるスキル【隙間風】の冴えない雑用係の俺、『円満追放』とはいえ失意のまま帰ったら婚約者は伯爵令息とお楽しみ中でした〜

第1話 「シンプルに弱すぎるんだよな……」




   ◇◇◇◇◇



 ――辺境都市「リペルゼン」 冒険者ギルド



「シンプルに弱すぎるんだよな……」


 Aランクパーティー“白狼牙(ホワイトファング)”のリーダーであるロウは内容のない雑談を終えると、小さくつぶやいてエールを煽った。


「……そうだな」


 俺は苦笑しながら肯定する。


 「久しぶりに酒でもどうだ?」と誘われた時から、なにか話があるんだろうとは予想していたし、その内容にもおおよその見当はつけていた。


 ロウはバツが悪そうに頭を掻き、チラチラと俺の顔を見ては視線を逸らす。


「……“代わり”は見つかってるのか?」


「……!!」


「ハハッ、そう驚かなくてもいいだろ? 話の内容は理解しているつもりだ」


 俺はパーティーを追放される。

 女神からの恩恵(スキル)も【隙間風(ドラフト)】と呼ばれる微風(そよかぜ)を生み出すことしかできない。

 

 火おこしで重宝するようなハズレスキル。


 レベルは[38]。

 この一年レベルアップもしていない。

 ステータス強化も頭打ち。これ以上、俺が強くなれる事はない。Aランクパーティーにいていい実力じゃない。


 そんな事はわかってる。


 ロウは困ったように頬を掻き口を開く。


「……ま、魔術師が1人加入してくれる。冒険者の経験はないが、色々と補佐もしてたと言っていたし、問題はないと思う」


「そうだな。魔術師が加入すればホワイトファングはもっと上に行けるよ……。前衛はロウとシャルだけで充分だし、補助系の魔術師がいればもっと戦闘が楽になるだろう……」


「……ああ」


「ハハッ……これからもっともっと登っていくんだろうな」


「……レイン、これからのクエストは過酷なものになっていく。俺は、」


「いいんだ、ロウ。足手纏いだという自覚もあるしな! リーダーとしていい判断だ。本来なら俺から言うべき事だったんだが……、うん……。悪かった」


「あ、謝るなよ! 俺たちもたくさん話し合って結論を……。シャルなんて猛反対で……」


「ふっ……わかってる。俺の身を案じてくれてるんだろ? それに無能な俺を庇うことで誰かが大怪我をする可能性もあったかもしれない」


「……レイン! 俺は恩を仇で返すようなことを」


 困ったように笑うロウに俺は「気にするな」と虚勢を張りながらエールに口をつけた。



 3年間……。こんなに長くパーティーに置いてくれていたのはロウなりの恩返しだろう。


 駆け出しの頃の“白狼牙(ホワイトファング)”がゴブリンの群れに襲われているところを助け、「俺たちに冒険者としての生き方を教えてくれ!」とパーティーに誘ってもらった。


 それ以前は、どのパーティーに入っても奴隷のような扱いだった。必要とされるヤツになろうと、知識だけは人一倍あるDランク冒険者だった俺。


 いつも【隙間風(ドラフト)】を最弱ハズレだとバカにされ、パーティーが昇格するとすぐに追放されて来た。


 そんな自分が、駆け出しのみんなの力になれるのは嬉しかった。真面目に学びメキメキと成長していくみんなが眩しかった。


 同郷で結成されているパーティーに5歳も年上の冴えないヤツを仲間として接してくれて……。優秀なスキルを授かった者ばかりの中に、俺みたいな異物を置いてくれて……。


「今までありがとう。世話になった」


「それはこっちセリフだ、レイン……」


「ハハッ……。頑張れよ? 応援してる」


「……ああ!! い、いつか誇ってくれ! 俺たちがSランクになって、いくつもの偉業を達成して……。その時、“あのパーティーは俺が育てたんだ”って……自慢してくれ」


「ふっ、なに言ってんだよ……。もう誇りだぞ? お前たちと一緒のパーティーだった事が」


「……レインっ!!」


 ロウのブラウンの瞳はじんわりと潤んでいく。人一倍、責任感の強いヤツだ。俺を追放するのも俺や仲間を思っての事だとわかっている。


 あまりの居心地の良さに甘えていた。


 ――常に最悪の状況を考え、備えを怠るな。


 冒険者として初めてロウたちに教えたのはこんな事だった。それを実践できてなかったのは俺だ。……こんなヤツに恩を感じる事はない。


「ロウ! 勘違いするなよ? お前たちは俺なんかの助けなんてなくても立派にやっていけるヤツらばかりだった!」


「……ふっ、スキルに溺れて魔力切れ。あの頃の俺たちは本当にバカだった。神童と持て囃されて田舎から出て、魔物の本当の恐ろしさなんか一切知らなくて、」


「ばぁか! 俺が先輩風を吹かせたかった時に、たまたまお前たちが困ってたから利用させてもらったんだよ!」


「なんだそれ……。……そんなヤツが徹夜して魔物や土地の情報をかき集めるような献身的な補佐ができるかよ」


「ロウ……」


「レイン。あんたは最高のサポート役であり、最高の先輩であり、最高の仲間だった。……だが、」


「充分だ。その言葉だけで……」


 気を抜くと号泣してしまいそうだ。


 本当に3年間、必死になって雑用をこなして来た。

 頼りにしてくれるみんなの支えになろうと、寝る間も惜しんで知識を詰め込んで来た。


 初めてのCランク、Bランク、そしてAランク。俺のリサーチ不足でみんなが危険にならないように、本当に必死に……。


 それを認めてくれただけで満足だ。

 全てが報われた。ロウたちに出会う前の奴隷のような日々も、コイツらの仲間になるためだったのなら別にいいと思えるほどに。


 うん……。“だが”の続きはわかってる。


 「最高」だったとしても、同行するだけで精一杯の俺は皆の命を危険にする。仲間の命を預かるリーダーである以上、ロウの判断は正しい。



 スッ……



 俺はロウにジョッキを伸ばした。

 更に涙を溜めたロウはニカッと無理矢理の笑顔を作り、カンッと勢いよくジョッキを合わせる。



「レイン……。本当に感謝して、」


「「「本当にありがとうございました!!!!」」」



 ロウの言葉を遮るように、“残りの3人”がギルドの入り口から雪崩れ込んできた。



「うぅっう……、先生(ぜんぜぃ)ぃ!!」

「レインさん! 本当に……うぅっ!」

「……本当にお世話になりました! レイン君!」



 号泣しているのは【白竜鱗(ドラゴ・スケール)】の盾役から最前衛までこなす拳闘士シャルル。


 静かに泣いているのは希少である回復系のスキル【回治癒(カイチユ)】を授かった回復術師メイラ。


 鼻水を垂らしているのは【氷結(ヒョウケツ)】の氷属性の魔術師クーガ。


「……ったく。仕方ねぇな、お前ら」


 ついには涙をこぼしたのは、【炎氷魔狼(エンヒョウマロウ)】の魔剣士ロウ。


 レベル平均(アベレージ)、64。

 ステータスも申し分ない……。

 

 このメンツに補助系の魔術師が加わるんだろう?

 ハハッ……なんだそれ、最強かよ。


 王国に3つしか存在しないSランクパーティーに登り詰めるのも夢ではないはずだ。


 ただ、俺はそこにいないだけ。

 これからの旅についていけない冴えない雑用特化の24歳がパーティーを離脱するだけの話だ。



「「「「「かんっぱーーい!!」」」」」



 5つのジョッキが重なり合い、エールの泡が宙を舞う。


 さぁ、思い出話に花を咲かせよう。

 最年長の俺が泣くわけにはいかないがな。


 うん。俺が泣くのは“エルザ”の胸の中にしよう。

 それまでは絶対に我慢してみせるから……。


 そんな事を決意しながら婚約したばかりの幼馴染が「レイ君、よく頑張ったね」なんて頭を撫でてくれるのを想像する。


 今回の遠征……いや、俺のホワイトファング最後の長期クエストは、予定より2日も早く達成したが、こんな事なら少し余裕を持って過ごせば……。


 そうすれば、あと2日間だけでもホワイトファングの一員でいれたのになどとぼんやりと思いながらエールに口をつけた。





※※※【あとがき】※※※


次話、めちゃくちゃNTRてます。

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