第10話 来襲、そして二人目の異能
「その……すまない。君にも嫌な想いを……」
「い、いえ! そんな、謝ることなんて……」
「しかし……」
クロコさんは私にも謝罪の言葉をかけてくれた。
……エースさんと話している時とは違い、今は騎士の風格を感じる。 彼相手だとあれだけ取り乱すのはやっぱり……。
で、あるならば―――
「あの、エースさん。ちょっとクロコさんと二人でお話したいのですが……」
「ん……? ああ分かった。 外で待ってるよ」
「すみません……」
気にすんな、と一言告げエントランスホールを後にするエースさん。
……こういう時何も聞かずに立ち去る姿は、ちょっと良いなって思います。
「……なんだろうか? 私と二人でなんて……」
「一つ、質問してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。 ハンターの先輩として、答えられることは何でも答えよう」
「……エースさんがサキュバスの催淫にかかったら、嬉しいですか?」
「な……ッ!?」
驚き、一歩後ずさるクロコさん。 まったく予想だにしていなかった質問なのだろう。
「ハ……ハンターとしてそんなこと良いと言うわけが……ッ!!」
「ハンターとしてはそうかもしれません。 でも……クロコさんご本人としてはどうでしょう」
「!」
その私の言葉から察するものがあったのだろう。クロコさんは観念した様子で
「き……気づいたのか、私の、気持ちに……」
と、赤面しながら告白した。
「うう……恥ずかしい……。 まさか初対面の女の子にバレるなんて…………」
正直クロコさんの呟きがなければ気づくことはなかっただろう。
もしかしたらあの呟きは、ご本人は口に出したつもりがなかったのかもしれない。
「あ、その……べ、別に問い詰めたいわけではなくて……! 私、応援したいんです!」
「お……応援?」
そう。別に自分の推理を当てて満足したいわけではなかった。
「今はなんとも思っていないとしても、今後エースさんが女性に興味を持つ可能性はゼロではありません!」
「そ……それは勿論そうだが……」
「もしかしたら、サキュバスの催淫にかかってしまう日が来るかもしれません!」
……そうなってしまうと、ハンターは辞めちゃうかもしれないけれど…………。 それはそれ、これはこれだ。
「私は今エースさんと行動を共にすることが多いですから。 万が一、その瞬間に出くわすことがあったら―――」
「ま、まさか……!?」
「はい! クロコさんにすぐお伝えします! だってそれは、チャンスの到来でもありますから!!」
言い終わるやいなや、私を強く抱きしめるクロコさん。 よ、鎧が痛いです……。
「なんて良い子なんだッ!! ありがとう! 君が彼の弟子になったことを神に感謝しなければ!!」
「よ……喜んでもらえて良かったです……。 あの、鎧が……」
……その硬い鎧の感触に触れながら。ふと、一つの可能性が頭をよぎった。
―――もし私が、エースさんを好きになってしまったら―――
そうなったら私は、クロコさんを応援するという言葉を反故にするのだろうか。
催淫にかかった瞬間を見たとして……自分の胸にだけ留めることなく、彼女にも伝られるのだろうか。
……いや。 エースさんがサキュバスの催淫にかかる可能性と同様、それも万が一くらいのものだろう。
クロコさんがどのような経緯でエースさんを好きになったのかはわからないけれど。
今の正直な私の気持ちとしては、自分に興味を持つことがない人のことを好きになるというのは、ちょっと想像がつかない。
だから大丈夫。そんなことにはならない。
そう思って私は、その可能性を頭の片隅へと追いやった。
入り口付近で待つこと数分。リティアちゃんとクロコが共にやってきた。
……気のせいだろうか。なんだか二人の距離が縮まって見えるのは。
どんな会話をしたのか気になるところではあるが、紳士として訊ねるのはやめておこう。
めちゃくちゃ気になるけれども。紳士だからな。ものすっごく気になるけれども。
クロコに別れを告げた俺たちは、帰り道にある弁当屋へと足を運んだ。
案の定リティアちゃんは自分が作ると渋ったのだが、訓練で疲れている彼女に無理をさせる訳にはいかない。
言うことを聞かないなら指導はしないぞといったら、頬を膨らませながらも納得はしてくれたクッソカワイイー!!
時間も時間なので、弁当屋はそこそこ混んでいた。ざっと20人くらいだろうか。
俺はもうなにを頼むか決めたが、リティアちゃんは壁に貼られたメニュー表とにらめっこしている。
ちなみに「奢るよ」と言ったら「流石にそれは困ります」と言われてしまったので大人しく引き下がることにした。
彼女を困らせるのは俺の本意ではないからな。 ……それはそれとして困った表情は乙なものだけどッ!!
「…………あれ……?」
「どうした?」
なぜかメニュー表から視線をそらし、一人の女性を見つめるリティアちゃん。
「あの人……なにか―――」
と、リティアちゃんが言い終える前に
その女性は―――擬態を解いた。
サキュバスの、来襲である。
サキュバスにも魔法の練度があるが、どのサキュバスでも共通して使用できる魔法はいくつか存在する。
その代表格が『擬態』と『被服変化』。
擬態はサキュバスの特徴を隠し人間として潜むために。
被服変化は衣服を自由に変更できる魔法で、こちらも普段の露出度の高い服……つまりサキュバスにとっての正装を隠すために使われる。
ほとんどのサキュバスは擬態を解くのと同時に衣服も正装へ切り替える。露出度を高め、催淫を行うためだ。
今目の前で擬態を解いたサキュバスも、例にもれず正装へと着替えていた。
「チッ……」
時すでに遅し。この店にいた男たちは店員も含め催淫を受けてしまった。
いくら唐突な出来事とはいえ、この艶めかしい肢体を一瞬でも見てしまっては、男として反応してしまうのは致し方ないだろう。
……よく見るとお尻半分見えてるし。半ケツだよ半ケツ。 公然わいせつ罪だよこんなん。判決、有罪!
「女たちは動くんじゃないよ。この理性のない男たちに、襲われたくはないだろう?」
下卑た笑みを浮かべてサキュバスは告げた。店内にいる10名ほどの女性たちはもう身動きが取れない。
「……」
しかしサキュバスが擬態を解いた瞬間、奥の方にいた女性店員が何かしらの操作をしていたのを俺は見逃さなかった。
おそらく、この店が契約している専属のハンターへ連絡を送ったのだろう。
ハンターオフィスの稼ぎ方には種類があり、ウチのように依頼を引き受けるタイプもあれば、各店舗と専属契約して警備活動を行う事務所もある。
専属契約の場合は被害の有無に関わらず、毎月一定の収入を約束されている。
一方依頼を受けて収入を得る場合は、当然依頼数によって毎月の収入にはバラツキがある。どちらを選ぶかはハンターの性格次第だ。
今のご時勢、サキュバスの被害を警戒してほぼ全ての店舗がどこかしらと専属契約を交わしている。この店も例外ではないだろう。
ご時勢繋がりで一言付け加えると、今男性だけの職場はほとんど存在しない。必ず女性も数名雇っている。
理由は言わずもがな。男性しかいない状態で催淫されてしまっては誰もハンターに連絡できないからである。ちょうど、今のように。
「さーて、私の可愛いオスたち。最初の命令はねぇ……」
おそらくこいつも初心者サキュバスだろう。多分専属ハンターの存在すら知らない。だからこんな野蛮な手段をとる。
慣れたサキュバスはひっそりとばれないよう催淫を行い、静かに自身の欲求を満たすものだ。
まぁサキュバスは仲間意識が低いので、情報交換などもろくに行わないだろうから仕方ない部分ではあるが。
……さて。 この手の突発的な現場にハンターがいる場合は、当然捕獲活動が求められる。
依頼ではないため報酬は猥団から直接支払われることになる。 小遣い稼ぎといこうか。
「……」
「……」
隣に立つリティアちゃんへアイコンタクトを送る。今回のようなケースに遭遇した時の対処法は予め伝達済みだ。
……といっても難しいことはなにもない。
リティアちゃんはサキュバスに決して歯向かうことなく、従順に行動すること。
一方俺はしばらくは催淫にかかったフリをし、命令に従う。そして隙を見て捕獲する―――この2点だ。
コイツは俺みたいな例外はおろか、下手したら女性客の中にハンターがいたかもしれないということすら考慮していない可能性がある。
経験からして、特に問題なく捕まえられるはずだ。
―――むしろ問題なのは―――
もう一度隣の彼女へ目をやる。
間違いなくリティアちゃんはあのサキュバスが擬態を解く前に反応した。
彼女自身は今、なんとなくの勘が当たっただけと考えているのかもしれない。 しかし、ただの勘と片付けるのは尚早だ。
彼女はまだハンターとして活動したことはない。
自惚れるわけではないが、現役の俺が気づかなかったものに先に勘づく……というのは少し考えにくい。
相手の言動から擬態を見破る……ということであれば可能だったかもしれないが、彼女は今それすら行っていなかった。
可能性として浮かぶのは……何かしらの特異体質。
俺と同様に……原因不明の特異体質の線が濃厚だ。
―――だからこそ、一つだけハッキリしていることがある。
特異体質同士の俺たちって、まさにベストカップル!!!
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