第11話 瞳の外の変質者

「じゃあ最初の命令ねぇ。女共の手足を縛ってちょうだぁい」


来襲したサキュバスのご命令は想像の範囲内のもの。余計なことをされないようにするためだろう。


「道具は……コレを使ってねぇ」


そう言いながら、自らの手のひらにいくつもの縄を出現させる。

サキュバスはこの程度のものであれば、魔法で生成することが可能だ。


俺は催淫にかかったフリをし、その縄を受け取った。

そして物凄くさりげなく、しかし足早にリティアちゃんの方に向かう。


……リティアちゃんが他の男に縛られるのを見るなんて我慢できません。 ならば、俺がやりましょう。

計画通り他の男たちは縄を持ちながら他の女性のもとへと向かった。 やったぜ。


催淫状態ではないとバレてしまってはまずいので、心の中で謝りつつ他の女性陣と同様にリティアちゃんの手足をきつく縛る。

リティアちゃんは表情で俺に『気にしないでください』と訴えてはいたが、縛ったときは痛み故か「んっ……」と嬌声をあげてしまった。



嬌 声 を あ げ て し ま っ た 。




―――とてつもないものを聞いてしまった俺は、下唇を噛みしめながら必死に平静を装う。


…………危ない危ない。もう少しでゴリラのような雄たけびをあげるところだった。ウホホイウホホイ!!



全ての女性の手足を縛り床に座らせたサキュバスは、しかし念のためなのか


「……そうねぇ。一応目隠しもしておきましょうかぁ」


と告げ、それ用の布も作り出す。

受け取った俺は先程と同様、リティアちゃんの元へ歩み寄った。



……正直に申し上げますと、縄縛りからの嬌声を聞いた身としては、目隠しをつけるくらいなら先ほど以上のことは起きないだろうと思っていました。


しかしそれは。大きな間違いでした。


「ん……」


顔を少し上に向け、目を閉じ、目隠しを受け入れる体勢をとるリティアちゃん。


そう。それはまさに。



キス待ち顔であった。



…………


手汗をダラダラたらしながら、しかしリティアちゃんにその汗がつくことがないよう慎重に目隠しをする。

……リティアちゃんが目を閉じてくれていてよかった。今のおれはきっと、気持ちを押し殺しきれずに梅干しのような顔になっているだろうから。


しかし。衝撃は終わらない。


目隠しを付け終え、リティアちゃんを見る。 そこにあったのは―――





―――えっちだった。



えっちがあったのだ。

目隠しってえっちなのだ。

今まで目隠しの女性なんて見たことがなかったのだ。

なんなのだこれは。えっちなのだ。エチチチチチチチチ。



…………流石にちょっと心が限界だったので、サキュバスに見えないよう注意しつつ…………満面の卑しい笑みを俺は浮かべた。

これは一旦我慢せずに表情に出すことによって、煩悩を打ち消す由緒正しき所作なのである。嘘である。今考えた。


「…………」


しかし思いのほか効果があったのか、次第に落ち着きを取り戻す我が心。

グッバイ煩悩。どうせまた戻ってくるだろうけど。今日の日はさようなら。





サキュバスはカウンターへと腰掛け、男たちはその周辺へと集められた。周りに歩幅を合わせて、俺も奴のもとへ赴く。

視線を動かさぬよう気を配る。あまりきょろきょろとしていては、意識がハッキリしていることがバレてしまうからだ。


店内の男たち全員の集合を確認すると、サキュバスは口元を緩ませ


「そうねぇ……まずは、足でも舐めてもらおうかしらぁ」


と恍惚の表情で告げた。どうやらコイツは支配欲がお高いらしい。

俺は気づかれぬようポケットの中に手を忍ばせ、捕獲用のネットボールが入っていることを確認する。


ネットボールは拳銃型の捕獲銃よりも更に携帯用に特化した捕獲道具だ。

ただし銃と違い、距離が遠すぎると簡単によけられてしまうこと、投げるスピードやコントロールがハンターに依存することから万人にはオススメできない代物だが。


「最初はぁ……誰に舐めてもらおうかなぁ……」


サキュバスは辺りを見渡し品定めを行う。 行為に及んでいる隙をついて、捕まえさせてもらうとしよう。


「じゃあぁ…………あなたぁ」


……


俺だった。





ペロペロペロ


ペロペロペロ


「ああぁ……いいわぁ、あなた上手よぉ」


俺は一心不乱に、靴を脱いだサキュバスの足を舐める。

……屈辱だった。催淫にかかったフリでもなければ、俺がこんなこと好き好んでやるはずがない足ウメェ!!

つま先からふとももにかけて丹念に舐める。まるで奴隷ではないか。本当に耐えがたい行為だ足ヤワラケェ!!

こんな鬼畜な命令をするサキュバスを野放しにするなんて断じてあってはならない。早く捕まえなければいけなイケドアトモウチョットダケ!!


「んふっ、ありがとうもういいわぁ。 じゃあ次は誰に―――」


ペロペロペロ


ペロペロペロ


「…………あれ? もういいって命令したはずだけどぉ……」


ペロペロペロ


ペロペロペロ


「!? あなた……っ、まさか私の催淫が―――」



「! 今だオラァ!!」


俺は素早くサキュバスに向かってボールを投げた。

まさに計画通り。必要以上に舐めることによって相手に動揺を与える作戦だったのだ。

決して。決して我を忘れて夢中になっていたわけではないので勘違いはしないように。


「きゃあっ!!」


この距離で外すはずもなく、ボールはサキュバスに当たり網が展開される。

それを確認した俺はすぐさま自分の上着を脱ぎ、サキュバスに被せて素肌を隠す。


催淫は魔法ではなくサキュバスという種族の特性のようなもので、網で魔力が遮断されていたとしても使用できる。

そのため、捕獲した直後は直ちに何らかの方法でサキュバスの露出を少なくしなければならない。これはハンターの鉄則である。

そうしなければ、周りの催淫されている男たちに新たな命令を下され、攻撃をしかけられてしまうからだ。


「くっ……このぉ……!!」


袖で固く結び、肌を覆い隠すことに成功する。これで魔法も催淫も行うことはできなくなった。

数時間経っても新たな命令が下されなければ、催淫状態は勝手に解除される仕組みだ。

逆を言えばここにいる男たちは後数時間ボーっと待機状態となってしまうが、それは致し方ない。

念には念を入れて、隣で突っ立っている男の上着もお借りし、サキュバスの顔を覆った。


「リティア。捕獲は完了した」

「お、お疲れ様です……!」


彼女のもとへ向かい手足の縄を解く。


「悪いが周りの女性たちの縄を解くの手伝ってくれ」

「も、勿論で―――」


続けて彼女の目隠しも外す。 ……今更だけど、目隠しのおかげでさっきの足舐め行為は見られずに済んだ。

あの命令自体も小声だったので、何が起きていたのかリティアちゃんにはわからないだろう。サンキューサキュバス、フォーエバーサキュバス。


「―――すって、きゃあ!!」

「え……? あっ……!!」


目隠しを外した瞬間、今度は手で目を覆ってしまうリティアちゃん。


なぜならそう、今の俺は上半身裸だったからだ。

視界が開けた瞬間、半裸の男が目の前にいてはこの反応もやむなしだった。


「す……すまん」

「い……いえ……お、お気に、なさらず……」


そう言って目を覆いながら後ろを向き、そのまま周囲の女性の縄を解くリティアちゃん。



…………正直言って、ちょっと興奮した。






「あっ、エースさんがサキュバス捕まえてくれたんですか?」

「……おう」

「ありがとうございます!」


しばらくしてから到着した専属ハンターの女性は、状況を確認した後俺に声をかけてきた。

……知らない顔だな。向こうは俺を知っているようだが。

まぁ俺は催淫の効かない男ということで、ハンターの間で結構話題に上がるらしいから、多分それで知っているのだろう。


「お疲れさまでした! 事後処理はやっておきますのでお任せください!」

「了解」


……言動の節々から喜びの感情が見て取れる。 ……当たり前か。

専属ハンターは事件の発生、解決の有無に関わらずの固定給だ。サキュバスに強い恨みでもない限りは、事件なんて起きない方が断然楽で良い。

駆けつけたら事が済んでいて、むしろラッキーと思った故の態度だろう。


「……じゃあ、帰ろうか」

「は、はい!」


後のことを専属ハンターに任せ、リティアちゃんと共に帰路に就く。

夕食に関しては、先程女性店員に感謝の気持ちとしてお弁当を貰ったので、ありがたくいただくとしよう。



―――残る問題は、サキュバスに勘づいたリティアちゃん、か。

―――とりあえず……この件は所長と要相談、だな。


「あの、エースさん」


ついさっき俺の半裸を見たことにより、少し頬を紅潮させているリティアちゃんが話しかけてくる。


…………きっかけがなくて、実は未だに彼氏がいるのか訊けてないんだけど、あの様子じゃいなさそうな気はする。

……でももしこれでいるって言われたらどうしよう。俺吐血すると思う。比喩じゃなくてマジで。


「ん?」


「さっきのご活躍、凄かったですっ! 私も、エースさんみたいなハンターになれるよう、頑張りますねっ!」



……


…………



どうしよう。 嬉しさのあまり吐血しそう。


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