第9話 女騎士クロコ、あだ名はクッコロ


―――そろそろ、日が沈むな。



「よし、今日はここまでにしよう」

「は、はい! ありがとうございました!」


少しふらついてはいるものの、疲れを表情には出さずにリティアちゃんは帰り支度を始める。

……平気だと彼女は言うかもしれないが、流石に今夜の調理は休んでもらおう。……帰りになんか買っていくとするか。



……帰り……。 あ、そうだ。


「……リティア」


……一週間経とうというのに、彼女の名を呼ぶのは慣れない。 なぜかって? 『ちゃん』付けで呼びそうになるからさッ!!


「はい!なんでしょう?」


「帰りにさ



  試験会場、寄ってみないか?」





―――


――――――



  猥褻獣撲滅団体リディアント支部


ここが彼女が三か月後に試験を受けるところであり、この国のハンター並びにハンターオフィスを管轄している場所だ。

各々事務所を持ったりはしているものの、必ずハンターは猥団本部か、いずれかの支部に在籍している。俺も当然、この支部に籍がある。

ちなみに本部のハンターは精鋭の中の精鋭しか就くことができないらしい。 機会があったら見てみたいなーとは思う。


「おっきい建物ですね……!」

「試験当日に始めて来た……だと気圧されるかもしれないからな」

「お気遣い、ありがとうございますっ」


リディアント支部……つまりは俺たちの住むこの国の名はリディアント、なのだが……

……今気づいたんだけど『リティア』と『リディアント』ってちょって似てない?

もしかしたら彼女は、この地が生み出した女神なのかもしれない。


「ちょっと中も見ていくか」

「え……い、いいんですか?」

「エントランスホールまでなら誰でも普通に入れるよ」


常連客のような面持ちで堂々と中へ向かう俺とは対照的に、委縮した様子で後をついてくるリティアちゃん。

小動物さながらの可愛さである。やはり女神に違いない。 ありがとう母なる大地。






「……わぁ……。 中も凄いですね……!」


ホールに入るやいなや、きょろきょろとあたりを見回すリティアちゃん。

訓練所とは違い、流石に俺と一緒だとしても彼女はこれより奥には行けないが、それでも充分刺激にはなったようだ。


「来てよかったか?」

「はい!必ず合格してみせます!」

「頑張ろう」

「はいっ!!」


サキュバスの力が増す夜の時間帯を避けているため、ハンターの活動時間は基本的に朝から夕方までの間。

外も暗くなった今ではエントランスホールにハンターの姿はほとんどなかった。

……まぁだからこそ今来たわけだが。 知り合いにリティアちゃんといるところあんまり見られたくないし―――


「エースッ!!」



――――――見られたく、なかったのになぁ…………。



「久しぶりだな! 私に会うのが怖くて避けていたのか!?」

「…………なんで俺がお前を怖がるんだよ」

「当然だろう! 貴様の嘘が暴かれるのを恐れるが故だ!!」 


……相変わらずうるさい女だ。リティアちゃんの慎ましさを分けてやりたいぜ。


「……あ、あの、エースさん。こちらの方は……」


そんな慎ましいリティアちゃんは、コイツの勢いに気負けしたのか小声で語り掛けてきた。

……白状しますと今のささやく小声に、我が耳は大変喜んでおります。


「ああ、コイツもハンターだ。 見た目で何となくわかるかもしれないけど、女騎士を自称している変な奴だ」

「へ、変な奴とはなんだッ! 私の騎士への憧れを侮辱するな! 斬るぞッ!!」


いいや、お前は変な奴だよ。

騎士への憧れから、鎧を着てハンター稼業をしているのはまだいい。

だが憧れ故、コイツはサキュバスの捕獲に銃をはじめとした飛び道具の類を一切使わない。

腰に携えた両刃の剣のみを使ってサキュバスをぶっ叩き、弱らせた後にわざわざ自分の手で縛り付けるという捕獲スタイル。


殺しちゃダメなんだから鈍器にすればいいのに剣にこだわるし、道具の使用も拒むから捕獲にいつも時間をかけている。

……ほらごらんなさい。やっぱりお前は騎士に固執する変な奴だよ。


「……んで、名前は確か…………。 クッコロ」

「ク ロ コだッ!! その名で呼ぶなッ!! マジで斬るぞお前ッ!!」


剣の柄に手をかけ、大声で騒ぎ立てるクッコロ……もといクロコ。

騎士に憧れているわりに、いつも俺に対する言葉遣いは騎士のイメージとは程遠い奴でもあった。



「ク……クッコロ?」

「……あー……」


コイツがクッコロと呼ばれているのは、単に名前をもじったから……ではなくちゃんとした理由がある。


何度も話に上がっている通り、サキュバスの催淫は女性には効かない。

しかしそれとこれとは別として、『男性だけでなく女性にも情欲を抱くサキュバス』は少数ではあるが存在している。

催淫という手段が使えないため、魔法を用いてどうにかこうにか女性を屈服させた後に貪るようだ。


……なんとなく察した方もいるかもしれないが、コイツは以前その女性に欲情するサキュバスに捕らわれてしまった。

まぁ間一髪同僚が助けに入れたおかげで事なきを得たのだが、丁度その同僚が入ったタイミングでコイツはサキュバスに向かって


「くっ……殺せ! 辱めを受けるくらいなら死んだ方がマシだッ!!」


と言い放っていたのだ。


そしてその同僚が口が軽く、尚且つコイツ自身堅物で周りに敵を作っていたもんだから、話は瞬く間に広がった。

以来、コイツは陰でクッコロと呼ばれるようになってしまったのである。



―――のではあるが、この成り行きを説明するのはなんだかリティアちゃんを穢す感じがして嫌なので、止めておこう。



「間違えた間違えた。クロコだよ。女騎士クロコ」

「貴様という奴は……ッ」


とりあえずは一旦落ち着いたのか、クロコは柄から手を放す。そしてリティアちゃんを一瞥した。


「……彼女は?」

「あ、も、申し遅れました! 私リティアといいます! エースさんとは―――」

「……そうかッ!! やはりお前は嘘つきだったのだなエース!!」


リティアちゃんの自己紹介を遮り、勝ち誇った笑みを浮かべながら俺を指さすクロコ。

おい、リティアちゃんの自己紹介を遮るなんて重罪だぞコノ女郎。


「う、嘘……ですか?」

「そうとも! 私は前々から怪しいと思っていたのだ! エースのような顔つきの男が女に興味ないなんて事あるわけがない!!

 どんなカラクリがあるかはしらんが、絶対に嘘だと確信していた! 女好きに決まっていると!!

 こんな可愛い彼女を連れているんだ! とうとう白状したようなもんだなエースッ!!」


と、捲し立てるクロコ。

……顔つきがどうとかそこそこヒドイことを言ってはいるが、恐ろしいことにコイツの勘は当たっている。

そう。皆さんはとっくにご存じの通り、吾輩は女好きである。


「……」


……真実を突き付けられているということもあり、どう返事したもんか悩んでいたのだが―――


「エースさんが嘘なんてつくはずありませんっ!!」


そんな俺より先に、隣に立つリティアちゃんが口を開いた。


「な、なに……!?」

「エ、エースさんはとっても素敵な方です! そんな嘘つくはずがありません!!

 一緒にいてもそういう素振り一切見せませんから! 女性に興味がないのは本当なんです!!」


……彼女にしては珍しく、語気強めに反論してくれた。


―――してくれたとこ本当に申し訳ないんですけど、嘘なんです。

―――素振りは見せないよう必死こいてるだけです。



……罪悪感で苦しい。  吐きそう。  ……なので


「ごめん、ちょっとトイレ」


一旦逃げることにした。









「……なるほど。君はアイツの弟子なのか」

「はい。クロコさんが仰っていた彼女というのは間違いです」


エースさんがお手洗いに行っている間、私はクロコさんの誤解を解くよう努めた。


「……男女の関係では、ないのだな……」

「そうなります」


……自分でも良くないと思いながらも、少し言い方が強くなってしまっている。

エースさんを嘘つき呼ばわりされたことは、どうやら自分の想像以上に不快なことのようだった。


「……」


クロコさんは黙り込んでしまう。

ど、どうしよう……。やっぱり強く言いすぎちゃったのかな……。



―――しかしクロコさんは、あたふたしてしまっている私に対してではなく、一言


「…………やっと、光明が差したと思ったのにな……」


とても小さな声で、そう呟いた。


「……?」


「……お待たせ」

「……あ、エースさん」


そんなタイミングでエースさんが帰ってきた。……今のクロコさんの呟きは、恐らく聞こえてはいないだろう。


「……エースさん? なんだかすごく憔悴していらっしゃるような……。 大丈夫ですか?」

「ああ……大丈夫大丈夫」

「ならいいのですが……」



「……エ、エース。 さっきはその……決めつけて色々言ってしまって……悪かった」


クロコさんが謝罪の言葉を投げ掛ける。しかしエースさんは


「おいおいおい、しおらしくすんな。お前には似合わねぇよクッコロ」

「お……お前!! 人がせっかく……!! というかクッコロじゃ―――」

「『辱めを受けるくらいなら死んだ方がマシだッ!!』」

「―――!! あ、謝るんじゃなかった! いつか絶対斬ってやるッ!!」


……こ、これはケンカ……なのでしょうか? 多分、エースさんがクロコさんが落ち込まないよう配慮した結果だとは思うのですが……。

…………それにしてもくっころって何なんでしょう。 辞書に載っているのかな?


二人の口喧嘩を見ながら、私は先ほどのクロコさんの言葉を思い出していた。


「……」



もしかしたらクロコさんは



エースさんが好きなのかもしれない



そう考えれば、先ほどの光明が差したという言葉にも納得がいく。


エースさんが私という彼女を作ったと勘違いしたからこそ、光明……希望が見えたと発言したのかもしれない。

エースさんの女性に興味がないという言葉を嘘にしたいのも、そんな想いがあってこそのものなのかもしれない。



もし、私のこの考えが正しいのであるならば。


そんな叶わない恋をするのは、どんなに苦しいものなのだろうか。

自分に興味を持ってくれない相手を好きになるというのは、どんなに……。



私はまだ誰かを好きになったことがないから、想像でしか推し量ることができないけれど。


エースさんの姿を見る。

もし、私が彼を好きになったとしたら―――


 想像する。 想像して…………



  ―――辛いなと、そう、思った。

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