第8話 実技指導、二回目


「ほ、本日もよろしくお願いいたしますっ!」

「おう」


おち〇〇〇事変(俺命名)の翌日。今日俺たちはハンター専用の訓練所に来ていた。

リティアちゃんへ二回目の実技指導を行う日だ。


やはり昨日の今日ではまだ恥ずかしさがあるのか、時折目を伏せたりするリティアちゃん。

そんな彼女は今、動きやすいラフな格好で俺の前に立っている。 流石にシスター服では動きづらいから、仕方ない。


それにシスター服ではなくとも、やはり彼女は魅力的だ。

女性の服の名称には疎いので上手く言語化はできないが、とりあえずいつもと違い腕も脚も露わにしている。えっちである。

普段は黒のベールに包まれている彼女の柔肌は、しかし確かに今目の前で白き輝きを放ち―――うおっまぶしっ!


…………余談だが、一回目の指導の時ジェイミーが「ブルマ買ってきてあげるからそれ着て訓練しなよ!」と言い放った。

俺は異議を唱え却下した。 そんなん見てたら指導どころじゃないよ。ムラムラが始動しちゃうよ。


「ふぅ……」


一回深呼吸をし、教官の心持に切り替える。

卑しい気持ちをゼロにすることはできそうもないが、真面目に指導を始めよう。 ―――挑むのであれば、受かってほしいから。







「構えがワンテンポ遅いな。もう一回最初からいこう」

「は、はい!」


訓練開始から10分。今彼女には拳銃のエアガンを持たせ、射撃訓練をさせている。

サキュバスの捕獲方法はいくつかあるが、一番用いられているのはネットガンと呼ばれる捕獲銃だ。

捕獲銃にはスナイパー型やランチャー型など様々な種類があるが、俺がリティアちゃんに勧めたのはハンドガン型。

扱いやすいし持ち運びも楽、網弾(もうだん)も安いということで、初心者のハンターなら大体コレを使っている。


構造には詳しくないので専門的なことは言えないが、簡単に言うと網弾は網を弾丸状に固めたものだ。

その網弾が何かにぶつかると固まりが解け、捕獲用ネットが展開する……という仕組みらしい。

それだけにとどまらず、なんと使用されている網は魔力を遮断する効果があり、触れれば魔法が使えなくなる。

……流石にこっちはどういう仕組みか気になったので訊いてみたら、企業秘密だと言われた。ちくしょうめ。


更にサキュバスは逃走する際は大体羽を用いて飛び立とうとする。

仮に本人を完全にネットで包むことができなかったとしても、羽にさえ絡めば上手く飛ぶことができない。

そういった意味でも、慣れていないハンターにはおすすめの方法だった。


「今度は照準が合ってないな。それじゃあ羽にも当たらないぞ」

「す、すみません」

「いや、でも一回目よりは無駄な動きが減ってる。謝らなくていいよ」


とはいえ、『誰にでも扱いやすい』と『誰にでも捕まえられる』はイコールではない。

サキュバスだって動き回るし、こちらに魔法を仕掛けてくる。ただ銃を構えているだけでは何にもならない。足を使わなければ。


そこで彼女には、とにかく動き、体勢を素早く整え、銃を構え、的に照準を合わせ、当たったらまた動き……という行動を繰り返し行わせている。

移動する場所は的に弾が当たったタイミングでこちらが指示する。だから直前までどこに向かえばいいか彼女にはわからない。


どう飛んでくるかわからない魔法を避け、避けた先でもなお姿勢を崩すことなくサキュバスに素早く照準を合わせる……

この訓練をそつなくこなせるようになれば、これらの必要な動きが意識せずともできるようになるはずだ。







「よし、そろそろお昼休憩にしよう」

「はぁ……はぁ……、りょ、了解ですっ……はぁ……」


時間になったので一旦切り上げる。 まだスタミナ不足なリティアちゃんは息を切らしていた。

彼女は訓練を頑張った結果喘いでいるので、そんな今の彼女に邪な気持ちを抱くのは人として最低である。 つまり俺は人として最低である。


リティアちゃんの歩幅に合わせ、休憩室まで移動する。周りを見渡すと、俺たち同様二人組で行動している人々が多かった。


それもそのはず、この訓練所はハンターライセンスがなければ使用することができない。

つまりハンターにはなりたいがコネは無い、という者は入場できないのだ。

なので利用して訓練の効率を上げたり、貸し出される道具を使用したいといった場合、リティアちゃんのようにどこかしらの事務所に弟子入りすることになる。


逆にライセンスを獲得した者は、自身の生活費のため依頼を貰えるよう動き回ったりするので、訓練からは遠ざかる。

その結果がこの、二人組の多い訓練所内部というわけなのだ。



休憩室の一角に二人で座る。 呼吸が整ってきたリティアちゃんは、バッグから俺のお望みの物を取り出した。


「こっちがエースさん用のお弁当箱です。お口に合うと良いのですが……」

「悪いな」

「いえ、訓練に付き合ってくださっているので、これくらいは」


そう、リティアちゃんが作ってくれたお弁当である。


四日前。一回目の実技指導の時、どこかでお昼でも食べようかと提案した俺に、彼女は


「あ、こ、これ作ってきたので、良かったら……」


と、お弁当を渡してくれたのだ。

その時の俺の脳内は『結婚してくれ』の言語で頭がいっぱいだったので彼女との会話の詳細はイマイチ思い出せないが

訓練の日のお昼は毎回彼女が作ってくれるということになったのだった結婚してくれ。


「いただきます」

「どうぞっ、召し上がってください」


…………君を召し上がってしまいたい!!と猛る心の中のもう一人のボクを押し殺しながら、お弁当を口にする。

…………うまい。うまいよぉ…………。生きてて良かったぁ…………。


「……うまいよ」

「!! ありがとうございます! 嬉しいです!」


俺の返事に安堵した様子で、ようやく自分の弁当箱を開け始めるリティアちゃん。

……彼女の一挙手一投足を見ながらなら、白米だけだったとしても何杯でもおかわりできる。そんな気がしたお昼だった。




「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでしたっ」


お弁当を食べ終えた俺たちだったが、勿論すぐには訓練を始めない。食後すぐの運動は消化不良を招きやすいからな。

なのでこの時間は、リティアちゃんの勉強を見る時間に充てていた。


「―――じゃあ次の問題。サキュバスは素手でも熊に勝てる。マルかバツか」

「バツです!」

「理由は?」

「サキュバスの身体能力自体は一般的な成人女性と同等なので、魔法を使用しなければ勝つことはできません!」

「正解」


とまぁこんな感じだ。

まだ一週間ではあるが、暗記力に関しては問題なさそうに見える。……ネックになるのはやはり実技か。

しばらくは生活に影響のない範囲で受ける依頼数を減らして、指導の時間を増やしてあげたほうがいいかな。


「よし、問題なさそうだな。 何か質問とかあるか?」

「…………質、問……」

「…………?」


何気なく言っただけなのだが、少し考え込んでしまったリティアちゃん。


「なにか悩み事か?」

「あ、そういうわけではないのですが……その……」


しばらくして……意を決したように彼女はこちらを見据えた。 そして


「も……もし言いたくなければ、秘密でいいんですけど……。

 その……エースさんはどうしてハンターを目指したのかなって…………ちょっと、気になりまして……」


―――ああ、そういうことか。

確かに場合によっては相手との関係を悪くする可能性が無くもない質問だ。だから言いづらかったのだろう。


彼女には自らの家族のために、という明確な目標がある。

もしかしたらハンターについて勉強していく中でふと、『エースさんは何故目指したのだろう』という考えがよぎったのかもしれない。

…………まぁとりあえず、俺の答えは決まっている。


「大した理由なんかないよ。女に興味持てない俺がサキュバスハンターになれば一杯稼げるだろうって思った。それだけのことさ」

「な、なるほど……」

「幻滅したかい?しょうもなくて」

「い、いえそんな!! 手段を間違えない限りは、お金を欲するのは悪いことではありませんから!

 …………私こそ、仕様もない質問してすみませんでした」

「いやいや、師匠の志を知りたいと思うのは弟子としては普通のことさ」


冗談まじりに返すと、リティアちゃんははにかんだ笑みを浮かべた。

ああ……やはり君の笑った顔を見ると、心が温かくなる。








だからこそ



本当の理由は君には言いたくないんだ




もしかしたら、俺に恐怖を抱いてしまうかもしれないから


もしかしたら、笑いかけてくれなくなってしまうかもしれないから





サキュバスは殺人を好まない。

サキュバスとの戦闘で命を落としたのは、魔法によって崩れた瓦礫の下敷きになってしまったり

魔法を避けようとして誤って転落してしまったりと……。とにかく、直接的なものではなかった。




―――ただ一匹、あいつを除いては。



あいつはサキュバスの中で唯一、自身の快楽のためだけに人を殺した。

それも一人や二人ではない。大量虐殺を行ったのだ。

……自身の手を汚すだけにとどまらず、催淫した男共も使って。


いつからか『ジョーカー』と呼ばれるようになったあいつだけは、ハンターの鉄則である『サキュバスを殺してはならない』に該当しない。

捕獲が望ましいとされてはいるが、『命の危険を感じた場合生死は問わない』とされている、例外の化け物なのだ。


「……」


あいつはここ数年目撃証言が一切なく、人知れず死んだのではなんて声も上がっている。


有り得ない。

あんな怪物がひっそりと死ぬ訳がない。 必ず、どこかに潜んでいる。


―――いや、必ず見つけ出してみせる。




俺がハンターになった目的は





あいつを、この手で殺すためだから


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