第7話 股間
「え…………お……?」
「おち〇〇〇。見たことある?」
………………頭が真っ白になるという経験は、母と妹が消えたあの日以来だ。 …………普通に最近だった。
いや、そうじゃなくて!!
「あ、あり、ありませんよそんなの!!!」
自分でもビックリするくらいの大声が出た。
顔がどんどん熱くなっていくのを感じる。 多分、今ならほっぺでお湯が沸かせる気がする。
「んー……そっかー……。 じゃあ、ハンターは無理かもなー……」
「……え?」
ハンターは無理。その言葉に、私は急速に冷静さを取り戻した。
「ど、どういう意味でしょうか?」
「えっとねー。 サキュバスによってはさ、好みの男を監禁して所有物にするんだって」
「そ、それは勉強しました」
「んで、そうされた男って大体は全裸で捕らえられてるんだって。 理由は、分かるでしょ?」
「ま……まぁ。 サキュバスなわけ、ですから」
ジェイミーさんの言わんとしていることがよくわからない。
それが…………あれを見たことがないこととどう関係するのだろう?
「リティアちゃんがハンターになったらさ、当然そういう人を助けることもするわけでしょ?」
「は、はい」
「その時にさ、全裸の男を見ながら普通に救助活動できるのかなーって」
「あ―――」
そうか。そういうことか。
確かに私は男性の裸なんて見たことがない。
しかしサキュバスに監禁された方々は被害者であり、早急に救出しなければならない対象だ。
その時私が、恥ずかしいから、見られないからと視線をそらし、救出活動が滞るなんてことあってはならないのだ。
「……そこまで考えが及んでいませんでした」
やはりジェイミーさんはしっかりしている。私よりずっと頭も良い。
「うんうん。だからさぁ―――」
「……?」
「エースに見せてもらおうよ。本物を」
…………
……………………
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!??」
自分でもビックリするくらいの大声が―――これついさっきも言ったっけ―――なんて言ってる場合じゃない!!!
「な、なんでそうなるんですか!!?」
「なんでって、今のうちに見慣れた方がいいんだからさ。せっかく男が同居してるんだし、頼もうよ」
「……べ、別に……その、せ、成人向けの作品を見るとかでもいいんじゃ……」
「いやいや、ハンターが救うのは生きた人間だよ? 本とか映像で見慣れても意味ないと思わない?」
「う……」
反論することができない。ジェイミーさんの言い分は的外れというわけではないからだ。
「ジェ……ジェイミーさんは御覧になったこと、あるんですか……?」
「いんや、私もないよー。今日さ、保健の授業がそういう内容だったわけ。んで、ちょっと興味湧いたんだよね。
でさ、多分リティアちゃんも見たことないだろうなーと思って。 せっかくだし一緒にどうかなって……そんな感じ?」
「は、はぁ……」
どうしよう。なんだかもう、エースさんに見せてもらう流れになってしまっている気がする。
普通に断ればいいはずなのに、ジェイミーさんの言うことも間違っているわけではないので、切り出せない……。
……あ、そ、そうだ……!
「で、でもエースさんが嫌がったら! その時は勿論諦めますよねっ!?」
「そりゃあねー。でもハンターになるためってことなら断らないと思うけどなー。
あ、そうそう。だからこそリティアちゃんが見せてって頼んでよね。 私が言ってもふざけてると思われちゃうだろうしさ」
「う、うぅ……」
「じゃあ今日エースが帰ってきたら早速お願いしよう! 心の準備、しといてね!」
「はぃ…………」
断言できる。この心の準備が完了することは、絶対にないだろうと。
「ただいま」
今日のサキュバスもべっぴんだったなーと思案しながら、俺は玄関の扉を開ける。
ま、でも今やこの事務所にはサキュバスなんか目じゃないほどの超べっぴんがいるんだけどな!!ガハハ!!
今日の昼飯の時なんて、もう新婚さんだなコレ、と思い続けてたくらいだ。表情に出さなかった自分に拍手したいぜ。
俺が仕事から帰ってくると必ずいつも玄関まできてお出迎えしてくれるし、将来良いお嫁さんになるな。 当然婿は俺だけど。
「…………?」
しかしおかしいな。今日は出迎えてくれる気配がない。
まぁ家事やらなんやらで忙しい時もあるだろうし、仕方ない―――と、靴を脱ぎ終えたあたりで
「お……おかえり、なさい……」
と顔だけひょこっと覗かせて、リティアちゃんはお出迎えをしてくれた。
…………え?まって。なにその仕草。めちゃめちゃ可愛いんだけど。流石俺の嫁。
……しかし表情には出さないよう努める。……自分で言うのもなんだけど、俺結構頑張ってると思う。
「……どうした?」
「えっと、あの…………その…………」
「?」
「お………………」
「……お?」
「おち〇〇〇!! 見せてもらえないでしょうかっ!!??」
――――――
―――――――――
――――――――――――ハッ!!
衝撃のあまり意識が他界に高い高いされてしまった――――――いや何言ってんだ俺。
―――思考をまとめたいが、彼女の発言が頭の中でルフランする。 たまちんのルフランである。
今はどういう状況で、どういう流れでこの状況になったのだ? 何なのだ、これは! どうすればいいのだ?!
「う……うぅ……」
「!」
赤面しつつも、今にも泣きだしそうなリティアちゃん。
駄目だ。彼女を泣かすなんてことだけは断じてしてはならない。
冷静になるのだ。彼女の発言に対する最適解を瞬時に導き出せ。
―――どうやら彼女は俺の股間が見たいらしい。
お望みとあらば喜んでパンツをずり下げたいところだが、なんとなく正解の行動ではない気がする。
俺が今すべき行動。それは――――――
「な、なんで……?」
まずは理由を訊く。 そう、多分これが正解だ。
「―――とまぁそういう流れでのリティアちゃんの発言だったわけですよ」
「……あ、そう」
「……うぅ」
ジェイミーがあっけらかんとした様子で説明する。対照に、リティアちゃんは手で顔を覆っていた。いちいち可愛い子である。
とりあえず現状は把握できた。 ならば俺が次にするべきことは
「いや、そんなことする必要ないけどね」
真実を話し、彼女を安心させることである。
「……ふぇ?」
覆っていた手から、真っ赤な顔を覗かせるリティアちゃん。いちいち可愛い子であるさっきも言ったねコレ。
「……確かにそういうケースはある。だがそもそもとしてハンターには、依頼を断る権利がある。別の奴がやればいいだけだ」
「あっそっかー! じゃあ自分にはできそうもないからやらないってことも言えるんだー」
「ああ」
そう、単純な話だ。男の裸が見たくなけりゃそういう事件は受けなければいい。
当然その分の収入は減るし、断り方によってはハンターへの印象が悪くなる場合もあるが、見たくないものを見るよりはマシだろう。
「で、でも……」
しかし今の説明を聞いてもなお、リティアちゃんの表情は浮かないままだ。
「……ん?」
「本部の……猥褻獣撲滅団体直々の依頼は基本的には受諾しなければならないと拝見しました。
その場合は、その……裸が見れないからなんて理由では断れないのではないでしょうか……?」
なんと、もうそんなことまで頭に入っているのか。
たくさん勉強してるんだな。
褒めるために俺は、リティアちゃんの頭を撫で―――る妄想をした。
脳内で彼女をいいこいいこしながら、努めて冷静に教示する。
「そのパターンでも問題ない。猥団直々の依頼ってことは、つまりは緊急の案件ってことだ。
ハンターが断らない限り、直々の依頼の時は猥団の補佐が数人つく。
この場合ハンターはサキュバスの捕獲に専念し、被害者の救助は補佐が行うんだ」
「……あ」
「まぁ要約すると、周りがどうにかしてくれるから気にしなくていいってことだな。
そもそもハンターは女性が多いし、君みたいに見れないって奴は珍しくないから、気にしなくていい。
そういう依頼は男のハンターか、見慣れてる女ハンターが受ける。ただそれだけのことだ」
「………………はあああああぁぁぁぁぁーーー…………」
リティアちゃんは大きな溜息をつき、ようやく明るい表情を取り戻した。
「そ、そうですか……。 私、本当に、恥ずかしさでどうにかなっちゃうんじゃないかと……」
「ご、ごめんねーリティアちゃん! 私そうとは知らずに余計なこと……」
「い、いえ! ジェイミーさんは私の今後を想って言ってくださったのですから、どうかお気になさらず……」
……とりあえず解決……ってことで良いだろう。
リティアちゃんは俺に何度も頭を下げた。
教えてくれたことへのお礼か、セクハラな発言をしてしまったことによる謝罪か。きっと両方だろう。
―――おち〇〇〇!! 見せてもらえないでしょうかっ!!??―――
……………
…………………………録音、したかったなぁ……。
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ご覧いただきありがとうございました!
シスターリティアの異能については、そのうち明かされる予定です。
週に一、二回は投稿していきたいと思っておりますので、応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。
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