第6話 あれから一週間


「おはようございます、クインさん」

「おはようリティアちゃん」


午前七時。起床した私は、リビングでクインさんと挨拶を交わす。

既に彼女は支度を終え、玄関に赴こうとしていた。


「じゃ、悪いんだけど私もう行くから。後はよろしくね」

「はい! お任せください!」


私がこの事務所のお世話になってから今日で一週間。

クインさんは毎日この時間にはお仕事に出かけて、帰ってくるのは夜遅く。

新しい組織を立ち上げるというのは、やはり大変なのだろう。


クインさんをお見送りした後は、自分と、ジェイミーさんの分の朝食を準備する。

エースさんは今日は午後からお仕事。お昼近くまで寝るとのことだったので、朝食は用意しなくていいことになっていた。


「……うー……おはよー……」

「あ、おはようございますジェイミーさん」


ジェイミーさんがあくびをしながらリビングへとやってきた。

……彼女は朝があまり得意ではないのですが―――


「……」

「あの……ジェイミーさん」

「んー……! やっぱリティアちゃんのシスター服見ると元気が出てくるねー」

「あ、ありがとうございます」


この格好を見ると調子を取り戻してくれる。 私としては、嬉しいやら、恥ずかしいやら。

結局私はジェイミーさんのご提案通り、コスプレ用のシスター服で日々を送っている。見た目は今まで着ていた修道服とほとんど一緒だった。


…………還俗した身なので思うところがないわけでもないんですが、着慣れた服ではあるので、過ごしやすくはあります。


何着も買っていただいて、流石に悪いと思いお金をお渡ししようとしたら、なんとエースさんが払ってくれたとのことでした。

その際「『俺が払ったことは内緒にしてくれ』って言われたから、リティアちゃんも知らないふりしてねー」とジェイミーさんに伝えられました。  …………内緒とは……。

感謝を伝えたい気持ちで山々なのですが、知らないふりをしなければならないため、その機会は訪れそうにありません。


今後エースさんに何か贈り物をするタイミングがあったら、その時に色をつけてお返しするとしましょう。




ジェイミーさんも学校へ向かい、いよいよ朝の家事を始めます。 まずは掃除から。

といってもする箇所は台所やおトイレ、お風呂などの水回りくらい。後はリビングを簡単に。

一週間に一回、ジェイミーさんの学校がお休みの休日に、皆で家全体をお掃除するのがこの事務所のならわしなので、私もそれに倣います。

ただハンターのエースさんは休日が不定期で、クインさんは委員会で毎日お忙しいため、この前の休日はジェイミーさんと二人っきりで行いました。

ジェイミーさんはまだ学生さんなのにとてもしっかりとしてらっしゃいます。 ………………ちょっと普段の言動が、その…………卑猥な時もありますけれども…………。



さて、掃除を終えたところで次はお洗濯です。

カゴの中の衣服を洗濯機に入れ、電源を押して、コースを選び、洗剤を入れて……っと。


ちなみに私の家には洗濯機なんて高級な物は置いてなくて、洗濯板を使っていました。

やはり名うてのハンターオフィスともなると稼がれているようで、他にも家電がたくさんあります。

最初はかなり面食らいまして、洗濯機もスムーズには扱えなかったのですが…………


今ではメモを見なくても使いこなすことができます。えっへん。


…………これは余談ですが、初めてのお洗濯の際エースさんの下着に触れた時も少し面食らってしまいました。

…………少しだけですけどね?異性の下着に触れるのは初めてだったので仕方ないのです。 今はもう平気です。ええ、平気ですとも。




「……おはよう」


洗濯物を干し終えると、エースさんが起きてこられました。


「おはようございます! 昼食の準備、できていますよ」

「……悪いな」

「いえいえ」


二人で机に座りご飯をいただきます。

エースさんから話しかけてくれることはあまりなく、会話は大体私から始まります。 あ、勿論お互いの口に食べ物が入っている時は喋りかけたりはしませんよ?


……エースさん、もしかして喋るのあまり好きじゃないのかなと思ったこともありましたが、ご本人曰くそういうわけではないらしいので、気にせず話しかけちゃいます。

人とお喋りするの結構好きなんですよね、私。




「じゃあ行ってくる」


昼食を済ませたエースさんは、支度を終えお仕事に出かけます。


「はい! 行ってらっしゃいませ」

「……そうだ、明日は時間あるから。 ……また実技指導するよ」

「あ、ありがとうございます!」


前回の実技指導は三日前。 お恥ずかしいことに、かなりの筋肉痛になってしまいました。

それを踏まえて、あの日からは合間を縫って筋トレをするようにもしています。


エースさんは表情があまり変わらず、正直言うと何を考えているのか分からない時もありますが、指導はとても丁寧に、優しく教えてくださいました。

凄く素敵な方だなって思います。 ご厚意に応えるためにも、必ず試験に合格しないと!




昼食の食器を洗い終えた後は、しばらく自分の時間です。

書斎をお借りし、試験勉強を始めます。

まずはこの一週間で学んだことの復習をし、咀嚼するとしましょう。


「……サキュバスは夜の方が活発であり、やむを得ない場合を除き捕獲は朝昼が望ましく……」

人によると思いますが、私は暗記の際は音読したほうが覚えやすいと感じます。 他の方がいたらちょっと恥ずかしいですけど、今は一人ですし。


「……サキュバスは仲間意識がかなり低く、捕まりそうな他のサキュバスを助ける、というような行動を起こすことはない……」

これは、意外だなと感じました。エースさんによると、自己中心的な奴らばかりだから、なのだそうです。


「……サキュバスの見た目は誕生した瞬間に本人が自由に決められるが、それ以降の変形は不可能……」

羽や尻尾を消して人間に擬態することはできても、身長やスタイルを変えるのはできないらしいです。


「……しかしながらサキュバスがどこで、どうやって生まれているのか。サキュバス自身もわかっておらずその生態は現時点においても謎に包まれており……」

最初にこの文を見た時はビックリしました。 ……淫化現象と同様、いつか解明される日がくるのでしょうか。


「……現在のサキュバスハンターの仕組みを作ったのは猥褻獣撲滅団体という組織であり……」

クインさんが言っていた本部というのはこの猥褻獣撲滅団体の本部のことであり、各地の支部……ひいては全てのハンターを管理しているそうです。



―――かつてこの世界には、サキュバスの他にも多くの魔族・魔物が生息していたようです。

その中でも、触手や粘液などを使って人に猥褻な行為をする者たちの総称が『猥褻獣』。 撲滅団体は、この時から存在していたと書かれています。

サキュバス以外の魔族・魔物が絶滅した時、半ば自動的に猥褻獣撲滅団体は対サキュバス専門の組織となりました。

しかし他の魔族がいなくなった影響なのかサキュバスの数は急増。その際に撲滅団体は今のハンターの仕組みを作り上げた……と。



……そういえば昨日、クインさんに「猥褻獣撲滅団体って名称少し長いですよね」とお話ししたら「通称『猥団』って呼ばれてるわよ」と仰っていましたっけ。


…………少し引っかかった私は、本棚から辞書を取り出す。

…………わいだん……わいだん…………、あった。



猥談 性に関するみだらな話



…………

…………ぐ、偶然ですよね。偶然。






「たーだいまー……おっ良い匂い」

「おかえりなさい」


勉強を終え、夕食の支度をしているとジェイミーさんが帰ってきました。

手洗いうがいを済ませた彼女は


「……ねぇ、ご飯の支度あとどれくらいで終わる?」


と訊ねてきました。お腹ペコペコなのでしょうか?


「もうすぐ終わりますよ」

「……じゃあ、終わったらさ」

「?」



「大事な話があるんだけど、いい?」



それは私が初めて見る、彼女の真面目な表情でした。







支度を終わらせた私は今、ジェイミーさんと向かい合わせに座っています。


「……」


一体何を話そうとしているのでしょうか。

なにか、彼女を怒らせるようなことをしてしまったのでしょうか。

……一緒に生活するのが耐えられないと、言われてしまうのでしょうか。


「あの、さ」

「は、はい」

「質問……してもいい?」


無言で頷き、彼女の次の言葉を待つ。




「リティアちゃんってさ……












  男の人のおち〇〇〇って、見たことある?」





…………


……………………




…………………………………………へ……?





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