第5話 ここから始まる物語
「ハンターになるためには、ね……」
事務所に着いた俺たちは、所長を交えて先ほどの会話の続きを始める。
ちなみに更生施設へは事務所に来る前に既に立ち寄った。……最後までうるさかったなアイツ。
「そうね、まず試験が三か月に一回あるの。内容は筆記と実技、それから面接ね。合格すればライセンス獲得。ハンターを名乗れるわ」
この前試験があったばかりだからまた三か月後ね、と所長。
この会話が始まる前に、村で起きたリティアちゃんの家族のことは話してある。
それ故か、所長もリティアちゃんの希望を無下にする気はないようだ。
「三か月……ですか……」
「……慰めになるかはわからないけど、サキュバスを殺すのはご法度だから。
仮にあなたがハンターになる前に他のハンターがご家族を見つけたとしても大丈夫よ。必ずまた会えるわ」
「……はい」
「……ところで、試験の日までどうするつもり?」
「え……?」
所長は急に訊ねてきた。……今聞いたばかりなのに、予定が立っているわけないでしょうが。
「えっと……、とりあえず試験勉強を……。 あ、でも私運動神経があまり良くないから、実技の方をメインに……」
「一人で?」
「えっ、そ、そうなります……ね」
「実技試験ってようはハンターとして最適な動きができるかどうかのチェックなの。
これってハンター稼業に詳しくないと独学では限界があると思うんだけど、その辺どう考えてる?」
「あ、あぅ……」
なぜかまくし立ててくる所長。案の定リティアちゃんはしどろもどろだ。
……いくら所長とはいえ、リティアちゃんを困らせるようならおじさん出るとこ出ちゃうぞっ。
「おい、あんまり困らせ―――」
「だからさリティアちゃん。
ウチの事務所で暮らさない?」
「………………え?」
「どえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!??」
「…………なんでアンタが大声出すのよ……」
出るとこ出るつもりが出ちゃいけない奇声が出ちまった。
「そ、そんな……ご迷惑じゃ……」
「勿論タダでとは言わないわ」
半ば放心状態の俺を無視して、所長は話を進めていく。
「リティアちゃんにとっては朗報なんだけど、実は本部の決定で『淫化現象対策委員会』が設立されることになったの。
発生件数も増えてきたから、各地の事務所が一丸となって対応する必要アリと判断したってわけね。
各事務所との情報交換に始まり、そもそもとしての発生原因の究明……これまで以上に活発化することになるわ」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。 それでね、私その委員会メンバーに選ばれちゃって。しばらくは忙しいから家を空けることが多くなると思うの。
ついさっきまでは家政婦さんを雇おうかなー、なんて考えてたんだけど……」
「あ……! そ、それで私を……?」
「ご察しの通り。私が家にいない時の家事をあなたにお願いしたいのよ、住み込みでね。 あっ、ところで家事は―――」
「で、できますっ! 母が仕事で忙しかったので、私が担当していました!」
「ふふ、良かった。 家事さえしてくれれば、他の時間は勉強に充ててくれて構わないわ。
家賃も生活費も払わなくていいし、ウチにある資料や道具も好きに使ってくれていい。
エースの時間がある時は、彼に実技の指導をしてもらえばいい。 どう?結構良い条件だと思うんだけど」
「う、嬉しいです! とっても!!」
―――
――――――
ハッ!!?
あまりの衝撃に意識がほぼ逝きかけていた。
しかもなんてこった。俺が放心している間に、どうやらリティアちゃんの同居が決まってしまったらしい。
いやよくない。実によくない。この事務所には俺も住んでいるのだ。
こんなタイプの子が一つ屋根の下だなんて状況、どうにかなってしまうかもしれない。
「お、俺は反対だ!」
咄嗟に言葉が出る。
……しまった。 今の言い方だと、リティアちゃんを拒絶したみたいに聞こえてしまう。
「あっ……そう、ですよね。 ……ごめんなさい、私……」
案の定落ち込んでしまうリティアちゃん。
いや誤解だ……! それを説明しなくては―――
「……この家の主は私なんだから、アンタに拒否権なんかないんだけど。
一応理由を聞こうかしら?」
「……この家には俺も住んでる。お、俺みたいなおっさんと一緒に暮らすなんて……嫌だろう?」
とりあえず今の発言で、リティアちゃんに非はないと伝わったはずだ。
実際彼女はまだ20代前半。何するかわからない男と同居なんて、居心地はあまり良くないだろう。
「んー……、まぁ確かにそこは訊いとかないとね。 どう、リティアちゃん?そのことに関しては―――」
「大丈夫です」
「……へ?」
即答する彼女に、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
するとリティアちゃんは、そんな俺の目の前まで近寄ってきた。
…………手を伸ばせば抱きしめられる距離だ。 ……つまりそれは、抱きしめてもいいってことだ。 いや駄目だ。多分捕まる。
リティアちゃんは上目遣いで俺を見つめてくる。 くそっ……。この世に法律がなければ抱擁しているところだ。
「だってエースさんは」
「……?」
「女性に興味がないのですから、私になにかしようなんて思わないでしょう?
そんなエースさんだから……私も何も気にしませんし、安心できます」
そ……
そうだった……!!! 俺は女に興味がない設定だった……!!!
リティアちゃんが気にしないと言うのなら、俺が拒否する理由は何もなくなってしまう……!!
どうしたもんかと所長の方をチラリと見ると、笑いを堪えた表情をしてやがる。ちくしょうめ。
なんて返事をするべきだろう……と考えていると玄関から―――
「たーだいまー」
と、陽気な声が聞こえてきた。所長の娘であるジェイミーが学校から帰ってきたのだ。
所長は俺を横目に玄関に赴く。そして
「おかえりジェイミー。 突然だけど今日からシスターの子が一緒に住むことになったんだけど、良い?」
「シスター……ってことは女の人っ!? 可愛い!?」
「え、ええ。 多分あんた好みの子だと思うわ」
「やったー!! いいよいいよ、大歓迎ー!」
なんて声が響き渡る。ジェイミーは女子高生であるがとにかく可愛い女性に目がない。 下手したら俺よりおっさんかもしれない。
「あ……シスター……」
「……?」
リティアちゃんが呟く。今の会話で何か思い至ったのだろうか。
「ハンターを目指しますから、還俗を……。村の修道会を、辞めてこないといけませんね」
少し寂しそうに言葉を紡ぐ。しかしそれでも、彼女の決意が揺らぐことはないだろう。
…………ん?
待てよ……?
シスターを辞めるってことはつまり……
「シスター服をもう着ない……ってことか?」
「えっと、そうなりますね。もう修道服を着るわけには―――」
「それはダメだッ!!!!」
……人生で一番大きな、拒絶の叫びが出た瞬間かもしれない。
突然の大声に驚くリティアちゃんだが、ここは譲れない。
彼女のおかげでシスター服の良さに気づけたし、何より彼女にはこの服がよく似合っている。
しかしどうしよう。なんて言えばいい。着続けてほしいだなんてどうやって―――
「確かにそれはダメだよ!!」
声のした方を向く。そこには仁王立ちしたジェイミーがいた。
「あなたがリティアちゃん!? うわーめっちゃカワイー!! 未婚?私と結婚しない!?」
「え、えっ?」
「あ、そうそう話は聞こえたよ! シスター服めっちゃ似合ってるじゃん! 着るのやめちゃうなんてもったいないよ!!」
「で、ですが辞める身ですから……」
「んー、じゃあこうしない? 私がそれに似たコスプレ用のシスター服衣装を買ってきてあげる!!
それを着て生活するぶんには問題ないでしょ? 本物じゃないわけだし!」
「えっと……ど、どうなんでしょう……」
「決めた! 何が何でも着てもらうから! 断るんだったら貴方が一緒に住むの認めないからね!!」
「わ、分かりました! 着ますっ!!」
「よろしい!!」
…………どうやらリティアちゃんのシスター服は、まだまだ拝めることになったようだ。
…………ありがとうジェイミー。衣装代は俺が全額出してやるからな。
一段落して、所長室には俺と所長の二人だけになった。
リティアちゃんは今ジェイミーに家の中を案内してもらっている。
「いい機会だから女慣れしなさいよ。ずっと一緒に暮らしてれば耐性もつくでしょう?
そうすれば女性に興味がないっていうアンタの嘘もバレることがなくなろうだろうし、私も安心だわ」
「……」
「まぁ大丈夫よ。もしアンタが我慢できずに彼女に何かしようとしたなら、ちょん切って良いってジェイミーにも言っといたから」
…………何を、とは訊かなかった。
だが言われなくとも、彼女に何かするつもりはない。
リティアちゃんは俺が女性に興味がないから安心できると言っていた。
逆を言うと、興味があるとバレてしまえば彼女は不安になってしまう。
好きな子を不安がらせるなんて、そんなことは断じてしてはならない。
どうなるかわかったもんじゃない同居生活ではあるけれど。
彼女のためにも、興味がない素振りを貫くとしようじゃないか。
「ここ私の部屋! あ、寝るときは私のパジャマ使っていいよ! ぱっと見平気だとは思うけど、一応サイズ合うか着てみて!」
「あ、ありがとうございます。 それでは、失礼して……」
「うわっ! 思ったより胸大きいねリティアちゃん!! 着痩せするタイプ!?」
「ジェ、ジェイミーさん! さ……触るのはナシです!」
…………
……………………貫けるかなぁ、俺……。
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