第4話 淫化現象
空に浮かぶ二人は、羽や尻尾が生えており、ついでに露出度もかなり高い。
誰がどう見ても、サキュバスそのものだった。
「お母、さん……モニカ……」
リティアちゃんは当然、目の前の出来事を受け入れられず動揺しているが、そんな彼女を横目に俺は冷静に事態の把握に努める。
この村に来るまでのドライブデートの間、またしても無言な俺に気を使ったのだろう。会話のきっかけとして、生い立ちや家族のことを話してくれた。
その中で、妹のモニカちゃんとは双子であると彼女は語っていた。
サキュバスは生まれる瞬間に自分の容姿を自分で決めることができる。そしてそこからの成長も退化も存在しない。
つまりサキュバスに赤子の時代など存在しえないのだ。だからこそ、妹さんが今サキュバスとして目の前にいるのはどう考えてもおかしい。
母親にしてもそう。
サキュバスには、出産という概念が存在しない。
サキュバスが人間の男と…………その…………そういうこと、をしてもだ。サキュバスはおろか人間の子どもだって生まれることはない。
……サキュバスである彼女の母親が捨てられていた人間の双子を育てた。
そしてリティアちゃんは昔のこと故その事実を知らない……ということなら母親に関しては一応の辻褄は合う。
が、それにしたってサキュバスが人間の子どもを、しかも女の子を育てるというのも考えにくい話だ。よって、この可能性は頭の中から追い出す。
となると、残された可能性は……
「淫化現象……か」
「いん、か……?」
リティアちゃんが俺の呟きに反応する。現状の答えを期待してのことだろう。
「……人間の女性が、突然サキュバスになってしまう現象のことだ」
「そ、そんな……!」
「……」
サキュバスは自身の羽や尻尾を消し、人間に擬態することができる。
だからこの現象の噂が出回った当初は、擬態を解いたサキュバスを見て勘違いしたのだろうと反論されていた。
しかし多くの目撃証言や物的証拠が揃えられていく中で、人間が突然サキュバスになることはあり得ると結論付けられた。
このことは一般人には公にされていない。結局現時点においても、原因が何一つ分かっていないことが理由だ。
「あっ……!!」
リティアちゃんが声を上げる。空に浮かぶ二人の後ろに、黒い渦のようなものが出現した。
あれは……空間転移の魔法……!?
……なるほど。気付かれることなく外に出れたのはそういうことか……。
だがおかしい。サキュバスは空間転移なんて使えないはずだ。あの魔法を使える魔族は絶滅したはず……。
「ま……待って!!」
懇願する彼女のことなど気にするでもなく、二人は渦の中へと消えようとしていた。
―――考察は後回しだ―――俺は素早く、捕獲銃の照準を彼女らに定める―――
「……」
「!! ……なっ……!?」
―――しかし構えたはずの銃は、彼女らに一睨されただけで俺の手から吹き飛ばされていた。
なんだ今のは。 魔法……なのか?
こんな芸当ができるサキュバス、今まで見たことがない。
すぐさま俺は銃を拾おうとした。 が……もう間に合わない。
「……」
リティアちゃんの家族は、彼女に別れを告げることもなく、彼女の前から姿を消した。
「ありがとうございますハンターさん、おかげで助かりました」
「いえ」
俺は今催淫の解けた村長と報酬の話をしていた。
正気に戻って早々悪いとは思うが、こっちも商売だからな。
とはいえこの村の人たちは全員淫害保険に入っていたので、報酬は保険会社から貰うことになった。
……サキュバスによる事件が多発している今の時代、淫害保険への加入はほとんどの人が行っている。
保険に入っていれば、自身が催淫され加害者になった場合、催淫された者から被害にあった場合等々
サキュバスが起こしたあらゆる事象の対応や面倒を見てくれる。前述の通り、加入していればハンターへの報酬も保険会社が支払うことになる。
この村では以前村長の働きかけで、男女問わず全員保険に入ることにしたそうだ。
……正直有難い。今回みたいに集団で催淫されたケースにおいて、数人だけ保険に入ってない……みたいな時、結構対応面倒なんだよな。
一通りの話を済ませて、俺は村を後にした。
帰り際に村の女性たち……特にシスターの娘たちから感謝された時に興奮したのは、ここだけの秘密だ。
「待たせてすまん」
「いえ……」
外に停めていた車にたどり着く。リティアちゃんは既に助手席に座っていた。
落ち込んでいる彼女には申し訳ないのだが、淫化現象が発生した人物の家族であるため報告書を書いてもらわなければならない。
なので、一緒に事務所に向かうことになった。 ……ちなみに後部座席には
「ねぇーこのカッコー暑いよー」
本日捕らえたサキュバスが乗っている。面倒だがコイツを施設に運ぶのも重要な仕事だ。
ちなみに今の彼女は網で取り押さえられており、尚且つ大きな袋に体を入れられ頭だけ出している状態である。
というのも、サキュバスの催淫には条件があり、素肌を最低でも全身の60%以上は晒していないと発動することができないようなのだ。
だからこそサキュバスは露出度が高い。それ故、今のコイツは誰を催淫することもできやしない。
「あんまりうるさいと口もふさぐぞ」
俺の言葉に、ぶー、とむくれるサキュバス。くそっ、可愛いことしやがる。
「……」
リティアちゃんは何も言わない。
……彼氏いるのかどうかなんて、訊ける状況ではなくなっちまったな。
とりあえず今は彼女から俺に話しかけてくるまでは、俺から声をかけるのはよした方がいいだろう。
エンジンをかけるためキーを差し込む。
その時だった。
「エースさん。質問、してもいいでしょうか?」
彼女が俺に話しかけてきたのは、想像より何百倍も早かった。
「……ん?」
彼女の方を見る。
その表情は、何かを決意した様だった。
……多分俺は、彼女が次に発する言葉を知っている。
「サキュバスハンターになるには、どうすればいいんでしょうか」
「……」
想像通りの言葉ではあったはずなのに、俺は返事に詰まってしまう。
サキュバスハンターがほとんど女性なのは催淫が効かないから、と前に語ったことがあるが、実はもう一つ理由がある。
それはハンターを目指す者の多くは、自分の彼氏や夫……つまりは大切な異性をサキュバスに取られたという経験故に志願するからだ。
取られた彼氏を取り戻すために……はたまた自分と同じ想いを他の女性に味わわせないために……彼女たちはハンターを目指すのである。
リティアちゃんの場合、サキュバスに取られたわけではないし異性というわけでもない。
しかし大切な人が目の前から消えてしまったというのは、ハンターを目指す他の女性たちと変わらない。
おそらく彼女は他の人にではなく、自分自身の手で家族たちを見つけ出したいと考えているのだろう。だが民間の立場では限界がある。
ハンターになれれば他のオフィスからの情報が入ってくることもあるし、調べる際の権限も増える。 ……理には適っている。
「……どうすれば……か」
でも俺としては、リティアちゃんにハンターになってほしくはない。
サキュバスは殺人を好まないとはいっても、例えば魔法による落石等で命を落としたハンターもいないわけじゃない。 死ぬ可能性は、ゼロではない。
「……」
でもそれは俺のワガママだ。好みの子に危険な目にあってほしくないという、俺のワガママ。
彼女の人生を賭けた選択を一蹴するには、あまりにも弱弱しい理由だった。
だから。
「……そのことは事務所で所長も交えて、話すとしようか」
「……わかりました。……ありがとう、ございます」
……発した感謝の言葉は、俺が今反対しなかったことに対する安堵の表れだったのだろうか。
―――エンジンがかかり、車は走り出す。それ以降、彼女が口を開くことはなかった。
重い静寂が、訪れる―――
「あー、お腹すいたぁー。 ねーおやつ持ってないのー? 袋の中ムレムレするぅー。 汗やだぁー」
―――訪れそうな気がしたが、気のせいだったようだ。
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