第2話 シスターに乾杯を
「あ、あそこの道を右です」
「ん」
当日。俺とリティアちゃんは所長が借りたレンタカーで、サキュバスのいる村へと向かっていた。
運転は俺で、助手席には彼女。後ろの席には今回使用する武器や道具なんかが置かれている。
隣に座る彼女はシートベルトをしっかりと締め、お行儀よく姿勢を正して座っているのだが……。
「……」
そんな姿に、少し胸の高鳴りを感じた。
俺の周りには男女問わずガサツな奴が多いから、こうした立ち振る舞いが眩しく映って見えるのかもしれない。
っと、いかんいかん。心を穏やかにしなくては。
昨日所長にああは言ったものの、俺としても今の収入が揺らいでハンター活動の継続が困難になるのは喜ばしくない。 クールを貫け。頑張れ俺。
…………ところで、そんなに不安なら彼女の依頼を断るべきではという声もあるかもしれないが、その選択肢だけはありえない。
……なぜかって? それは……
村を救うカッコイイ姿を見せて、彼女に感謝されたいからだ!! そしてあわよくば惚れてほしいッ!!
横目で彼女をチラリと見る。シスター服だけではない、顔やスタイルも正直好みだ。
しかし女性に興味がないことになっている以上、俺からこの想いを伝えることはできない。
でももし彼女から俺に告白してきたとしたら……。 その時は……まぁ、あれだ。 やぶさかではないな、うん。
「……」
……彼女の表情は目的地に近づくにつれ強張ってきている。仕方のないことではあるが。
ここは一つ気の利いた言葉をかけて、俺への好感度を上げるのも悪くないな。
…………
……
なんて言えばいいかわからん。
なんてこった。ここにきて彼女いない歴=年齢の弊害が出てしまうとは。
いや落ち着け、大丈夫だ。こういう時のためにクインの娘、ジェイミーから恋愛小説を借りて読んだではないか。
「君の……」
「え?」
「君の明るい未来に、乾杯」
「……えっと……。 飲酒運転は、ダメですよ?」
「…………ん」
よし、うまく話せたな。好感度の上がる音が聞こえたぜ。
村の入り口が50メートル先に見えたところで車を停める。
今朝出発前に話した作戦内容を改めて確認する時間だ。 淡々と語り、いぶし銀な様をアピールしよう。
「まずは俺だけが村に入り、サキュバスを探しだす」
「はい」
「戦闘が始まったら空に向かって何かしらの分かりやすい合図を送る。
合図を確認出来たら君も村に入っていい。 そして閉じ込められているであろう女性たちを助け出してくれ」
伝えると同時に、彼女に食料と飲料の入ったバッグを渡す。
村の女性の人数は概ね彼女から聞いていた。これくらいあれば皆が皆お腹を空かしていたとしてもとりあえずなんとかなるだろう。
「……本当に、大丈夫なんでしょうか……?」
受け取りながら、彼女は不安そうな声を出す。
「サキュバスを捕らえる前に私が村に入ってしまっては、男の人に、その……」
それ以上言葉は続かなかったが、襲われてしまうはず、と言いたいのだろう。だがその点は問題ない。
「気にしなくていい。今回の相手は生まれたての初心者サキュバスだ。
熟練のサキュバスは攻撃魔法の使用と同時にでも催淫対象へ命令を続行できるが、初心者は違う。
俺との戦闘がはじまったら催淫は中断され、村の男どもは行動を停止する。 だから君が何をしようが突っ立ったままだ」
「どうして、初心者だと……?」
「単純な話だ。熟練のサキュバスほどハンターをより強く敵視している。
こんな目立つような、外からでも分かるような催淫の仕方はしないってことさ」
そう、サキュバスの催淫はかかっているかどうかは見た目で判別することはできない。
普段の行いから逸脱した行動をとれば分かりやすいが、そうでない場合見分けるのは困難なのだ。
なので最も厄介なのは『普段と変わらない行動をするように催淫されている男』だったりするのだが……。
閑話休題。
とにかく、今回のように急に男を暴徒とさせるような雑な催淫をするのは、ハンターを舐めている初心者サキュバスくらいのものなのだ。
そうであるならば、空腹で体調を崩す前に村の女性たちを早めに助け出す方が確実に良い。
「な、なるほど……!」
合点がいったのか、手をポンと叩くリティアちゃん。 は? なにその動き。 可愛すぎておかしくなりそう。
彼女を車に残し、俺は村へと歩を進める。
ちなみに今の俺は司祭の格好をしている。 それはなぜか?
昨日の会話であったように、確かに男のハンター相手にはサキュバスは催淫できると思って油断する。
しかしそれはサキュバスとハンターの対峙の仕方によりけりなのだ。
例えば、人の多い街中でサキュバスがハンターと対峙した場合は油断するだろう。
それは必ずしも自分を捕獲しにきたハンターだとは限らず、偶然による接触の可能性が大いにあるからだ。
しかし今回のようなケースは違う。
サキュバスがいるとあからさまに分かるこの辺境の村に、わざわざ男のハンターがやってきたら、確実に警戒されるだろう。
だからこそサキュバスを見つけ出すまでは武器は勿論、戦闘の意志さえ見せてはならない。
そこでこの司祭の変装だ。リティアちゃんはシスターであり、当然この村には教会がある。
宣教活動や信徒の世話をしにきたというていで入れば、あまり警戒はされないだろう。
ちなみにこれらの服も飲食物もレンタカー同様所長が用意してくれた。出発が今朝になったのはそれが原因だ。
しかし催淫の効かないハンターが来たと知られれば、サキュバスが村の女性たちを人質にとる危険性もある。
早く助け出すべきなのは勿論だが、それ以上にバレてはいけないのだ。
……仕事できる男って感じだな!今の俺!!
この件が解決したら、リティアちゃんは俺にどんな言葉をかけてくれるだろうか。
期待に胸を膨らませつつ、村の中へと入って行く。
「……」
そこに広がっていたのは想像通りの景色。
男たちが、うろうろと歩いている。
「……」
逆に言えば う ろ う ろ する以外の行動をとっていない。
基本的にサキュバスの催淫は操る人数が多いほど精度が落ち、精密な命令は下せないようになっている。それがこの結果というわけだ。
立ち止まってボーッとしているわけではないので、パッと見は村の営みを感じなくもないが
女性が見当たらないこともあり、よっぽど勘が悪くない限りは違和感を覚えるだろう。
「あの……こちらの村の教会に用があって来ました。場所を教えていただけませんか?」
「……」
近くの村人に話しかけてみるがこちらも想像通り、反応はない。もし俺が女性だったなら、この男たちは俺を軟禁するため行動しただろうけど。
しかしこの会話の目的は、サキュバスに『村に新しい男が入ってきた』と伝える、というところにある。
サキュバスは催淫している男を通じて情報を取得できる。
おそらく今ので伝わったことだろう。俺を催淫するため、目の前に現れるはずだ。
「さて」
バレないよう、さりげなく戦いやすそうな場所に移動するとしようか。
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