なんでマイナス同士を掛け合わせるとプラスになるの？

佐々井サイジ

　バインダーに挟んだ裏紙に、正負の数の掛け算のパターンを四つ式を書いた。一つずつ具体的な数を当てはめながら解説したあと、日葵ちゃんは唇をしまい込んで考え込んでしまった。小六のときから一年ほど日葵ちゃんの家庭教師をしてきたので、だいたい何を難しいと思っているのか予想できるようになってきた。

「マイナス同士がなんでプラスになるのか、いまいち納得がいってないんじゃない？」

「さすがだね、先生」

「俺を誰だと思ってるんだ」

　わざとらしく腰に手をやる仕草をしたのに日葵ちゃんは見てくれてなくて、俺の書いた計算式を眺めている。

「やっぱりわかんない。マイナス同士がプラスになるわけないよね。浮気女と浮気男がくっついたらまともに付き合ってるってならないよね」

「例えが独特だね。しかも解釈がズレてると思うよ」

　そうかなあ、と言って日葵ちゃんは俺を見た。

「じゃあもう一度、別の例えで解説するよ。例えば、Ａくんは毎日100円を使います。でもここ最近3日間は100円を使いませんでした。この考え方って減るはずだった100円は−100円、使うはずだった3日も減ってるから−3日、これを掛けると300円となり、実質増えたことになるよね」

　日葵ちゃんの目は右に傾いている。自分なりに解釈している時間なのだ。こういうときは追加で話さずに待った方が良い。

「難しいなあ。もう一回聞いてもよくわかんないかも」

「とりあえずマイナス同士をかけるとプラスになることだけ覚えとけばいいよ。テストでも『なんでマイナス同士を掛けるとプラスになるのか説明しなさい』みたいなものはでてこないしね」

　これ以上、解説を求められると俺も難しい。文系の俺はそこまでこの原理を理解し尽くしているわけではない。このマイナス同士の掛け算も、日葵ちゃんから絶対に質問されるって思ったから事前に調べていただけだった。そもそもネットで調べてもよくわからない解説が多い。大学生の俺ですら満足に理解していないのに、中一になる直前の子には難しすぎるだろう。

「あっ、こういうことかな」日葵ちゃんは少し体を弾ませて言った。「私が問題解いてるときに、先生が『トイレ借りるわ』って言って部屋を出てお母さんとキスしてるのをお父さんにばらさないように、先生が来る週2回のときに1000円もらうとするね。でもすでに過ぎちゃった分が4日あるから、−1000円×－４日で4000円、もらわないといけない、っていう理解でいいのかな？」

「ごめんね日葵ちゃん、その例えが正しいかどうか、今冷静に考えられないよ」