二人の後ろの道

花森遊梨(はなもりゆうり)

新年の二人

 新しい年を迎えた


 セミロングの髪に冬仕様の私服に身を包み、不思議と暗い印象はない暗闇を瞬く紫水晶の如き少女は浅い眠りから目覚めた。


 彼女の名前は忍埼おのざき しのぶ

 ここは彼氏の(実)家である。12月29日からずっと厄介になっている。


 三が日はすでに過ぎた。親戚からお年玉をもらったし、某神社の初詣の行列が生中継で大乱闘ス◯ッシュ◯ラザーズになる一部始終もテレビで見た。


 あとやることといえば一つだけだ。そのためにはこの家に巣食う彼氏を家の外に出す必要がある。一度玄関に向かい、するべき準備を済ませた忍はあらためて標的の部屋に向かう。


「ハルト、外に出かけよう。三が日も終わったし、冬休みを無駄遣いしてちゃあもったいないよ」


 彼氏とやらはカーテンを締め切った部屋でテレビゲームに夢中である。これでプレイしているのが魔族の王子が通りすがりの魔物を殴ってスカウトするゲームとかルイジアナ州のジャックがパンチで新しい家族をスカウトするゲームとかならいいのだが。プレイしているのは配管工オヤジが主人公の世界初の3Dアクションゲームであった。


「悪いが出かけたいなら1人で行ってくれ。おれはデカ島の人喰い花の駆除に忙しいんだ」


 忍は黙って部屋に落ちていたリモートコントローラー。すなわちリモコンを拾い上げた


 ーリモコンの強みとは耐久性である。

 足音を忍ばせ

 ー小学生のフルスイングですっぽ抜けて窓ガラスを叩き割り

  有効射程に標的をおさめる

 ーぶっちゃけ本物のトンファーと形状も強度も変わらない


 今こそ、その力を生かす時だ



 しのぶの こうげき!

 はるとは コントローラーでこうげきをうけとめた!



「躊躇いもなく人の後頭部を狙いやがったなクソ忍め…!人体で唯一強度がスペランカー並の箇所ににつき強打したら確実に残機を失うと知っての狼藉だろうな!」 

反撃で縦横に振るわれるゲームコントローラーのスイングを軽やかにかわしつつ忍は応じる。

「説明的な応酬をどうもありがとう、それなら最初から私にもーう少しだけまともな対応をするべきだったね」

 突き出されたゲームコントローラーを身体をひねって受け流し、その腕を下から掌握した。



 勝負ありである。


「じゃ、私は先に河川敷に行っているから。なるべく早く来ること!少なくとも今テレビの中で人喰い花に頭から丸呑みにされてる配管工のオヤジよりは有意義な時間がまっているからね!」



 「仕方ない、忍に付き合って有意義な時間とやらを送るとするか」



 そんなわけで忍は新年早々河川敷までやってきた。


 それもただの川ではない、川幅が日本一の川の河川敷である(知るか)




 ー忍!!



 声の主は彼氏のハルトだ。フルネームは晴山はれやま晴翔はると。新年早々カーテンも開けない私室に引きこもり、彼女がいるのにゲームを優先し、彼女にリモコンでしばかれてようやく優先順位を切り替えるスロウス男。


「人をリモコンでぶん殴って良くもいけしゃあしゃあと遊びに行けたもんだな?」


「なんやかんや言いながらちゃんと河川敷までやってきてくれたじゃない、ハルトは私にはない協調性ってものを持ってるよ」



 現れたこの男、なかなかの上玉である。


 墨で書いたような力強さ、それでいて毛並みがきれいで光沢がある男眉。


 二重の幅が目尻側が太いことでどこかかわいらしい印象を与える両目、

 大きく高く肉付きのいい鼻を中心に曲線が多く女性的な口…総じて「甘いマスク」の特徴を揃えている。

 この後成長過程を間違えずに年を重ね、各パーツにもう少し彫りが深くなればもう言うことはない。


「で、俺をワザワザ部屋から出してお前は何がやりたいんだ?」

「せっかく新しい年を迎えたんだし、二人で去年を振り返りたくってさ」

「本気で言っているのかよ…お互い振り返れるような一年なんて送ってないってのに」


 そんなハルトの去年一番の出来事はサッカー部、高校デビューするならこれしかない部活の王道に見事入部を果たしたことだ。そして今、チームにとって最後の砦を守り抜くポジションを務めている。


「ゴールではなくベンチキーパーとしてをしているならそう言った方がウケがいいと思うな」


 そういう忍も高校で一旗上げたいと(当然ハルトに)言ってチアリーディング部に入部届を叩きつけた。…今は立派に第一線から離れてみんなに精神支援を与えている。


「つまり忍は高校に行けば何かあると思ってるタイプだ。そして高校を東京に変えれば六年後の未来も予言できちゃうな」



 要はこいつら2人とも高校デビューを目指し一念発起の自己投資の結果、中学時代は丸くて可愛い手のひらサイズの自己嫌悪がたった一年でビキニフィットネス世界制覇レベルの美しいマッチョになり、新年あけましておめでとうと裸神輿に乗って発酵あんこの自家製おはぎを大きな口で食べながら故郷に凱旋してきたという現状である。



人が新しい生活を踏み出す時、その後ろにはくろれきしが生まれる…‼︎



「さ、そろそろ走ろうハルト」

「話の流れをぶった斬りすぎじゃねえか?」

「暗くなったら走るのが一番。それを教えてくれたのはハルトのはずでしょ?」

「…それを暗くした側から言い出すってのがまさに忍の所業ってやつだよ」


言うが早いか忍は玄関から飛び出した時と同じように走っていってしまった。

つまりあの時はコイツは人の家に土足で…


頭を走る雑念からは意識を逸らし、ワンテンポ遅れてハルトも足を動かし始める 


「走る」というのは、できない人間がほぼいないという特徴を持つ運動の異端児である。

 体育が嫌いな人だって目の前の曲がり角からスター状態の人でも出てくれば踵を返して全力疾走できる。あえて仕事や指示をまっちゃうタイプのファンクだって遅刻しそうならニュートリノのスピードで新幹線を追い越して出張先に行ける。球技なんて嫌いなやつも、コミケ帰りに恥と戦利品が満載のカバンを通りすがりのスクーターに引ったくられさえすればその場で覚醒!我こそがウサイン・ボルトォ!!


 そして、長距離走が苦痛なのはペースができるまでで、それ以降は「暇」という特徴がある。その時間は機械的に足を動かしながら思う存分空想の世界へ行くこともできるのだ。


 学校や会社の名前が書かれたタスキをかけて走る場合は壮絶な覚悟が必要だが、そうでない長距離走ほど「協調性皆無」とか「体育ができない人間」に向いている運動はない、中学時代は陸上部に所属しながらソロで学校の周りを走り続け、実質ひとりイマジネーションクラブを続けた結果、その年のマラソン大会では10位以内に入ることができた、体育では常に中の下であるハルトだったなので、こっそり金を賭けていた女子生徒たちに「そんなに走れるとは……」と驚かれたのを覚えている、その中心にいたのが忍埼忍であった。


 大腿部に携帯電話の振動を感じた。


『置いていかないで』

 電話を

 遥か彼方で手を膝についているシルエットが見える。あれが忍だ。

 忍は瞬発力重視のため、一緒に走るとだいたいこうなる。


 早く戻ろう。あの体勢になった忍を放置すると、五分くらいで草むらめがけてゲロを吐き始めてしまう!


 ー

「ハルトには肝心な部分で協調性がなさすぎるんだよ。そもそも体育は走る以外の道具やスキルをつさう科目になると急にダメになるのにどうしてサッカーとか」


「さて、走って新年らしい気分になったしこのまま帰ろうか!」


「待って待って待てこめんなさい歩くスピードを上げないで置いていかないで!!」

 わがまま放題はこうして静かにさせるのが一番、これはハルトが去年学んだ数少ない有意義のひとつである。


「…よく考えれば私やハルトが新年が来たからってわざわざプレッシャーを感じるなんておかしな話じゃない?」



「私たちがスポーツとか勉強の特待生でおととしは無双しまくったので去年コケたのならば「みんながまってたこの時間」とか「高校生枠と女性枠としかもプロ野球してない枠の三冠王としてプロ野球戦力外通告出演」みたいに芸能人の不倫に匹敵する誹りを受けるかもしれないよ?私たちがつまりダメだったとしても「やっぱりな」とか「知ってた」くらいの評価しか得られないのに」


  

 そう、この二人の新年はまだまだ始まったばかりだ。これから始まる二人を応援してほしい

  

  

「…って、結局俺たち新年以外は何も始まってなくないか?」


 そう、冷静に見れば高校生2人が特に深い考えもなく外に出てなんか走ってやり遂げた気分のみを味わっているだけであり、新年以外は何も始まっていないのであった。


「それは悲観的な見方だよ。たった今、私たちの新しい目標が自動的に決まった、「新しい一年を始めるところまでいく」という新しい目標が」


 まぁ、地域や暦によっては2月が正月だったりもするので、セーフなのだろう。


「企画段階でポシャったコミックかよ」


 とにかく新年は目標があろうが倒れようが何があっても始まるのである。

 むしろ新しいスタートなんか新年に任せ、人は皆、悪魔のようにそれぞれの生き方を貫いてこそ人の生涯、すなわち人生を生きているのである

「とりあえず親戚からもお年玉ももらったし、2人で何か食べに行こ?こういう機会だからロイヤルホストがいい」

「忍は日銭が入るとそうやってすぐ使い込んじゃうからバイトから臨時まで収入があぶく銭に終わっちまうんだぞ?ここはサイゼリヤにしておくんだな」

「そういう晴翔はコスパタイパ言ってるうちに人生のスケールが小さくなってスポーツの世界大会とか見ても観客席の片付けの手間のことを考えてしんみりしてそうだよね」


 今度こそ歩調を合わせて2人は歩んでいく。…どの店に行くは未定のまま。


 とりあえず今年の経済には小型モーターが増設されそうである。

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二人の後ろの道 花森遊梨(はなもりゆうり) @STRENGH081224

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