カヲルの詩(詩を抜粋)

1 空/有音


 ぼくは一人 ああ、真っ暗な森の中で

 死んでしまったきみの心臓、探してる

 ぼくは一人 星明り痛い森の中で

 やっと見つけたきみの心臓、握り潰す

 ……グシャ


 だって、そうするしか仕方ない

 きみは死んでもキレイ過ぎたから

 だって、それ以外に対処ない

 きみをモノに戻すためにはね、ね……


 ぼくは一人 黙々と作業し続ける

 湖に身を投げたきみのこと想いつつ

 ぼくは一人 無心に指の群れ 蠢かす

 お腹に力を込め きみの繊維 引き裂く

 ……クチャ


 ああ、きみは誰だろう?

 名前すら知ることはなかった

 ああ、きみは何故逃げた?

 ぼくは怖くないのに……


 あのとき、

 たまたま降り立った田舎の汽車のホームで見かけたきみには後光が射していて、

 それを見てぼくは瞬間に運命を感じて、

 でもその場を去ったのは、

 偶然でなければまた会えると思ったからで、

 偶然でなければまた会えるのは必然だと信じたからで、

 やがて本来の用事を済ませて都心のアパートに戻ったぼくは、

 そういえば、いなくなってしまった存在の大きさと形を心に深く浅く感じながら、

 でも泣くのは嫌だったので大声で、

 あはは、あはは、あはは、

 と笑うと、

 そのぼくの声がとても朗らかだったのがきっと気にいらなかったのだろう、

 ぼくに嫉妬した隣の住民が薄いアパートぼくの側の壁をドンドン・ドンと叩いてぼくを脅し、

 苛つかせ、

 責め苛んで、

 だけどぼくはそれをわずかに怖れながらも、

 必然なんだ、

 だってそれは必然なんだから、

 と呟くのを止められなったのは、

 隣の住人(男)

 ――括弧・おとこ――

 もそれを知っているから嫉妬するんだ、

 とわかっていたからで、

 でもそれから数日間は何も起こらなかったのだけど、

 でもぼくは焦らずに待って、

 待って、

 待って、

 ああ、

 そうだよ、

 待てばいいんだ、

 ただ待てばいいんだから、

 と思い続けながらただ待って、

 何故って、それはそのことをぼくは知っていたからなんだけど、

 やがてぼくはぼくが良く行く街の本屋の棚の前でガラスの向こうにいるきみの姿を見かけて、

 あとはきみがぼくに声をかければ、

 きみの方からぼくに声をかけさえすれば、

 すべては正しく始まったはずだったし、

 始まっていたし、

 始まったんだけれども、

 けれども、

 けれども、

 けれども……


 ぼくは一人 ああ、真っ暗な闇の中で

 死んでしまったきみの心臓、探してた

 ぼくは一人 星明り痛い水の中で

 やっと見つけたきみの心臓、握り潰した

 ……グシャ


 だって、そうするしか無かったよ

 きみは死んでもキレイ過ぎたから

 だって、それ以外に無かったよ

 きみをぼくに戻すためにはね、ね……


 ララララララ らら、ララララララ……

 ワォ ワォ ワォ

 ララララララ らら、ララララララ……

 ワォ ワォ ワォ


 ぼくはひとり ああ、まっくらなもりのなかで

 しんでしまったきみのしんぞうをさがしてる

 ぼくはひとり ほしあかりいたいもりのなかで

 やっとみつけたきみのしんぞうにぎりつぶす

 ……グシャ


 ……グシャ  ……グシャ  ……グシャ

 ……グシャ  ……クシャ  ……グシャ

 ……クシャ  ……グシャ  ……クシャ




2 反射板/月末


 ああ、きみの身体 青いワイン 薄くなる

 ああ、きみの世界 赤い夜空 透ける

 ああ、きみの仮面 白いレモン 寒くなる

 ああ、きみの背中 黒い蒸気 欠ける 


 悪戯が過ぎたから 公園が宙を舞う

 退屈が重なって 釣橋が海に咲く

 運命が尽きたから 内臓が波に乗り

 天才が絡まって 校庭が夢になる


 不思議さが病気を拗らせた芋虫のように

 ぼくの頭の後ろから幼女の声で呼びかける

 災厄が田舎に逃げ帰る国境のように

 ぼくの外側から自分の声で死ね!と云う


 ああ、きみの向こう 重い胎児 本棚の

 ああ、きみの頭蓋 甘い醤油 翳る

 ああ、きみのウワサ 緩い髑髏 金庫に

 ああ、きみの外皮 軽い夕日 化ける 


 追憶が消えたから 星空が血を吐いて

 永遠がダダ漏れし 揺籠が雲丹を喰う

 生命が炊けたから 電流が心砕かれて

 祝日が編み込まれ 猥雑が絵馬になる


 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ

 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ


 不思議さが病気を拗らせた芋虫のように

 ぼくの頭の後ろから幼女の声で呼びかける

 災厄が故郷に逃げて帰った国境のように

 ぼくのすぐ近くからぼくの声で「おまえ死ね!」と云う


 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ

 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ


外宇宙/石鹸


 ぼくの瞳の中のきみの瞳の中のぼくの瞳の中のきみは他人

 きみの瞳の中のぼくの瞳の中のきみの瞳の中のぼくは誰?

 庭に干された死体は空中で溺れたきみの群れ

 岸のお洒落な市街の階段に浮かんだぼくの化石

 時の流れが違うからぼくときみが会えるのは一昨年

 ズレてしまったのは再来年に蝦を食べてしまったから……


 窓の外から聞こえるのは演歌かまたはフォークソングになり損ねたムード歌謡で

 あなたの頭の中は文字で一杯になって破裂して

 そこから時間はスパイラルを一回か二回半くらい下降して

 等身大の蝦が素揚げされる匂いが聞こえてきて

 

 ハキソウデハケナイムカシハミライヲイクラダッテスキナダケハケタトイウノニ……


 船の底から撒かれえるのはカツオかまたはカジキマグロに成り損ねた生命体で

 あなたの身体の外は液で一杯になって嘔吐して

 そこから光子はスパイラルを一回か二回半くらい誤魔化して

 宇宙規模の蝦が消化される景色が聞こえてきて


 ぼくの瞳の中のきみの瞳の中のぼくの瞳の中のきみは他人

 きみの瞳の中のぼくの瞳の中のきみの瞳の中のぼくは誰?

 庭に干された死体は空中で溺れたぼくの群れ

 岸のお洒落な市街の階段に浮かんだきみの化石

 時の流れが違うからきみとぼくが会えるのは一昨年

 ズレていったのは、「ああ、何てこと!」あなたを食べてしまったから……


 ハキソウデ ハケナイ ムカシハ ミライヲ イクラダッテ スキナダケ ハケタトイウノニ……


 吐けそうで吐けない 昔は未来を、いくらだって好きなだけ 吐けたと云うのに……


3 記号/偶像(案1)


 とにかく人が大勢いた

 全員が目的地があるように歩いていた

 大人がいて壮年がいて老人がいた

 子供がいて青年がいて老人がいた

 老人の数が多かった。

 でも、それは単に見せかけかもしれなかった


 ああ、きみは何処にいるんだ?


 駝鳥の引く乗合鳥車を避けながら広場を横切った

 駝鳥は気性が荒いので、とにかく気をつけなければならない

 耳を澄ますと心の内と外でわんわんと鳴る声が大中小のポスターの形で街角に貼られているのに気付かされる

 その中から少しでも探索に関係ありそうな言葉を拾って一つ一つ小まめに嗅いでいると、うっかりと駝鳥に足を踏まれた


 ああ、きみは何処にいるんだ?


 何となくきみに似た人影を見かけたので、その後を付けていった

 まだ声はかけられない

 そのうちにぼくは背後に味を感じてしまった

 そして逃れられない、その味は一周まわって文字色の触感に変わって、ぼくに纏わりついた


 ああ、きみは何処にいるんだ?


 いつもの結論が近づいてきたので、ぼくは息苦しくなって、出口を探す

 出雲の大社が目の裏で笑って、ぼくは行き場を失って、入口に戻る

 出口の枠組みが笑う匂いたちで、ぼくは粋を演出して、吐き気堪える

 入口すでになく背から刺されたので、ぼくは生きられなくなって、その場倒れる


 ああ、きみは此処にいたんだ!

 ああ、ぼくは死んでいたんだ!

 ああ、きみは此処にいたんだ!

 ああ、ぼくはきみでいたんだ!


記号/偶像(背景で重なる語り=独白案1)


 その昔、この世には大勢の天使がいた

 今でも、ずっと南の凍って寒い大地の上を飛んでいる姿が緑の国の人々に目撃されることがあるようだが、レーダーに映らないので存在しないことにされている

 天使は昔、とても大きな身体をしていたが、人々が信じることを止めてしまったので、身の丈がぐっと小さくなってしまったようだ

 だからあの日、ぼくが見かけた天使は夏の終わりに飛ぶ瑠璃色の蜻蛉くらいの大きさしかしていなかった


記号/偶像(背景で重なる語り=独白案2、あるいは三重の語り?)


 天使は可食だが、その構成物には毒が含まれていて、食べるとお腹を壊す

 場合によっては死んでしまうこともあるらしい

 でも年に数人は天使を食べて死ぬ人がいるのが事実なのだ

 ああ、その理由なんて、ぼくは知りたくもない


記号/偶像(これは無いな、たぶん)


 起きていたはずなのに もう一回目を覚ますとぼくの目の前には巨大な駝鳥の口があって

 あっという間に飲み込まれてしまったぼくはもう一つの広場の中にいた

 そこも人で溢れて溢れて溢れていて、仕方がないので

 ぼくはきみになったぼくを探そうと広場を風呂敷に仕舞って燃えないゴミの日に捨てた


 ああ、もうループやサイクルやスパイラルはたくさんだ!

 ああ、もうループやサイクルやスパイラルはたくさんだ!


 すると突然、そんな声が聞こえた

 声はぼくの中からも、ぼくの外からも聞こえてきた

 ぼくは躊躇わずに声の教えに従って行動した

 駝鳥の腹の中の街の、駝鳥の腹の中の街の、駝鳥の腹の中の街で……



4 もしもびっくり


 今もし太陽 消えたら たぶん十分後には ぼくはいない

 地球も火星も土星も 飛んでみんな迷子

 でも神様が望んだのなら それは仕方がない

 みんな一人ぼっちで生きろ


 今もし衛星 消えたら 多分一秒経っても ぼくらは元気

 飛球も加勢も怒声も きっとみんな同じ

 でも潮の満ち干がなくなって あああ、地球びっくり

 子供 生まれなくなり 破滅


 一瞬だ 絶対だ そうなんだ 

 永遠だ 相対だ ああなんで?

 発散だ 蒸発だ そうなんだ 

 分散だ 凝結だ ああなんで?

 

 きみはもういない……

(適度に繰り返し……)


 でもかみさまがのぞんだのなら それはしかたがない

 でもしおのみちひがなくなって ラララララ



5 放射


 luna……    あなたは光り

 stella……  あなたは輝き

 aqua……    あなたは煌き

 ignis……   あなたは爆ぜる


 luna……    あなたは狂い

 stella……  あなたは燃え尽き

 aqua……    あなたは干上がり

 ignis……   あなたは消える


 Caelum……

  宇宙(そら)を駆けて行(ゆ)く数多(あまた)の魂が、

 Glacies……

  祈りの宝石として結晶し、そして割れる!


 luna……    季節は巡り

 stella……  心は戸惑い

 aqua……    わたしは溺れて

 ignis……   あなたは熔ける


 Caelum……

  宇宙(そら)を駆(か)けて行く数多(あまた)の塊(かたまり)が、

 Glacies……

  命の宝石として結晶し、そして枯れる



6 ウィークエンド/終末の天使


 崖下で波が寄せて弾け、ガラスに変わる 凍る

 旧山で熱が溜まり噴火、鏡に化ける 映る

 市街地で広場裂けて落下、他人が腐る 臭う


 済みません 申し訳 ありません

 心にもなく きみは云って 共犯者を睨む

 偶然で 偶々で 魔が差して

 云われた通り きみは吐いて 被害者を疎む

 

 自分ではわからない 腕に傷をつけただけ

 そうすれば構われる 誰に習ってもいない


 イヌ イヌ イヌ A A A 少年と少女

 キズ キズ キズ B B B 老人と老女


 他人にはわかるのか 首の痕のミミズ腫れ

 反すれば無視される きみは殺してもいいよ


 あいうえお あかさたな 音の群れ

 語り掛けてる きみの言葉 裁判所に響く

 いろはのい 新聞紙 滑舌は

 裁判官の頭の上 天使二位が舞っている


 蒼穹で雲が破裂四散、時間が解けて 止まる

 海岸で津波砕け、避難路錆びて 悟る

 郊外で川が荒れて、微粒子壊れ 終わる


 世界が終わる 

 それはプラスとマイナスの関係性の崩壊

 宇宙定数が僅かにずれて

 ヒトも モノも とにかくすべてが内側から引き裂かれた

 ものすごい勢いで 全部が内側から破裂した

 再構成はない 再構成は、ない ない ない ない ない……

 それで神も死んだが いく位かの天使は無の中に漂って

 溶融して停止した時間の塊で出来た眼球に

 それらの、これらの、あれらの姿を反射していた

 反射していた 反射していた ……

 美しかった!



7 紫外線/虚空


 土から戦車が沸いてくる

 生物のいない星で殺された機械知性のために

 創造はある


 空から便りが降ってくる

 神が溢れた庭で生かされた蝋人形の許に

 救済はある


 非破壊のために戦車はあり 戦車はそのためにしか存在しない

 非放置のために頼りはあり 頼りはそのためになお非在化する


 理由など何処にもない

 理由は安寧のために求められる

 答えなど幾らもある

 答えは必要のために選択され


 戦車が沸いてくるためには まず憎しみがあって

 会話が閉ざされる

 便りが振ってくるためには まず投函があって

 相手が愛される


 けれどもぼくのまわりには投函がなく

 けれどもキミのまわりには憎しみがある


 時が経って 戦車も便りも時空の中の屍となって

 次に生まれてくる生命体/非生命体に認識されるまで静かに眠る

 その完全等方時空の水銀のような眠りを妨げるモノは今はいない

 その完全等方時空の内臓のような眠りを妨げるモノが明日に光る



8 閉回路/遁走


 音のない世界があったら ぼくはきみの無音を聞こうとするだろうか?

 色のない世界があったら きみはぼくを無色に塗ろうとするだろうか?


 中空に塊が現れて タンシチューの味を ぼくらに触れさせたとき

 もしも世界が無数の死骸の上の烏の髑髏に映された毒ニンジンなら

 台風がヘリコプターを回しながら 奈落の上に昇ってくる

 明日が発狂した女の子宮の奥の惜しみない快哉の叫びならば

 ぼくはそれを飲み干そうとしながら 躊躇しつつ きみに恋の歌を捧げよう


 愛している 愛している でも、もういない

 愛している 愛している きみ、いしのなか


9 生命/カンタータ


 あの白いものはなんだろう

 黄昏の街角をはらりとたゆとい

 わたしの目に映り 眼窩を突き貫けて

 脳内に優しく触れて去っていった

 わたしは違う世界を観るようになった


 スズメがネコに身を剥がされ

 一瞬の凶暴が振る舞う自然に

 わたしの声となり 真昼に逆らって

 何処までも曲がらぬ路に落ちて揺れた

 わたしは違うあなたを感じてしまった


 風を吸って膨らんだ中身のないゴミ袋そっくりの死が

 世界には満ち満ちている

 虚空から聞こえて来る ヒトであるわたしを騙る何かが

 この世には幾らでもいる


 微かにざわめく皮膚たちは

 モノになる工程をゆうるり眺めて

 あなたの胸を刺し ドクドク血を流し

 永遠の生命(いのち)を求め 音に裂けた

 あなたは違う形に変わって笑う


 異性体が待つ偏光は

 ビーカーの内側で電子を励起し

 あなたの体験を嘗めては吐き出して

 思い出を解体しつつ 蒼く染まる

 あなたは違うわたしに出会ってしまった


 空に増える数多い気が触れないブヨブヨに膨らんだ死が

 誰かには良く見えている

 奈落から叫んでいる あなたであるヒトを食す気配が

 あなたに/わたしに だけは見えてない


 風を吐いてすぼまった中身のないゴミ袋そっくりの死が

 世界には満ち満ちている

 虚空から染み出て来る わたしであるヒトを騙る何かが

 この世には幾らでもいる


 どこまでも、どこまでも、どこまでも歩いても、必ずその先があった

 海もなく、川もなく、国もなく、人もなく、ただ道だけが続いていた

 もう死んでしまったのだろうか

 それにしては、この扱いは酷過ぎる

 それともまだ生きているのだろうか

 それだったら、もういい加減殺して欲しい

 お腹は空かない 太陽は昇る

 お腹は空かない 月が輝く

 お腹は空かない 風が吹いて

 お腹は空かない 知らない星座ばかりだ

 お腹は空かない 太陽が沈む

 お腹は空かない 月が消える

 お腹は空かない 雨が降って

 お腹は空かない 新しい神話を語ろう


 昔々、この世界は宇宙のどこにも存在してはいませんでした

 いえ、実を云うと、世界は存在していたのですが、その世界を認識する/感じる何ものも存在しなかったので、世界は存在することができなかったのでした

 もちろん世界は、そんなことを知っちゃあいませんし、まるで気付いてもいませんでした

 そうして、ずいぶんと長い年月がいつの間にか経ってしまっていたのでした

 その間ずっと世界は非存在の存在を続けていたのでした

 長い長い間……

 長い長い年月……でも、

 ところがある日、

 世界は自分の足の裏がほんの少しだけこそばゆいのことに気が付いてしまったのです

 はじまり、はじまり……

 はじまり――



10 希望/再生


 死んだ馬の向こう側に死神が立っていたとして

 何を畏れることがあるだろう

 死神は務めを果たすだけだ

 そして馬が良く生きたことをわたしは知っている


 数十年前に悲惨な出来事が起こっても

 おはよう こんにちは こんばんは が繰り返されて

 数十年後にわたしたちの世界が破滅してしまっても

 おはよう こんにちは こんばんは は繰り返されるだろう


 それがわたしたちであれば この世の種として素直に嬉しいが

 それがわたしたちでなくたって ちっとも構やしない



11 希望/非縮潰


 誰一人 いない

 鳥一羽 飛ばぬ

 閉ざされた過去の街

 きみが囚われる


 大砲が 錆びて

 警笛が 途絶え

 覆われた過去の城

 ぼくが囚われる


 ああ そこは心の中

 きみは ぼくは 知っている

 ああ そこは深く深い

 きみは ぼくは 背伸びする


 違うところ 違うところ 違うところ 違うところ 違うところ

 でもそれは

 同じところ 同じところ 同じところ 同じところ 同じところ

 もしも気が付けば


 どちらが先に死んでいるのか

 ぼくに きみに わからない

 どちらが先に生き返るのか

 きみに ぼくに 無関係


 たとえどんなに壊れていても

 たとえゾンビだらけだろうと

 その過去は未来に生き延びて

 ぼくたちに機会を与えるのだ


 たとえ何もなくっても

 たとえ異形ばかりでも

 その城はこの地で待ち

 ぼくらは出会うだろう


 誰一人 いない

 鳥一羽 飛ばぬ

 閉ざされた過去の街

 きみが囚われる


 大砲が 錆びて

 警笛が 途絶え

 覆われた過去の城

 ぼくが囚われる


 けれども最後には手の先が触れ合うんだ

 そして世界は新たな輝きを取り戻すのだ



12 ソラリゼーション/爽快


 詩人が生きていた頃

 町には貧困があった

 子供がお腹を空かし

 誰彼なく物乞いした


 絵描きが亡くなったとき

 故郷の山は消えていて

 若者が職を求め

 六割方弾かれた


 昔はいつも美しく

 昔はいつも忘れられ

 昔はいつも今はなく

 昔はいつも願われた


 歌い手が世を儚み

 空には弾道が見えて

 老人が死を選ぶと

 不具者が生贄となる


 彫刻家が立ち尽くし

 海では生物が溺れ

 妊婦は汚染されても

 次の命が生まれる


 未来はいつも清潔で

 未来はいつも笑みとあり

 未来はいつも今はなく

 未来はいつも輝いた


 それを奪ったのは誰でもない

 この星はそんなこと知っちゃあいない

 それを奪ったのはおまえたち

 おれたちはそんなこと知っちゃあいない



13 溶鉱炉/水浴び


 割れて粉々に砕け散ったのはわたしの映った窓ガラスではなくて

 窓ガラスに映ったわたしの方だった

 すべてに潤いを失ってカサカサに乾いてしまうのならば

 素焼きのお茶碗のように渋い焦茶色に透き通って

 壊れてしまえば良いと思ったのだ


 過去に一度でも美しい頃のあった人は幸いだ

 ただそれだけの想いを胸に一生を暮らして行ける

 ただし、強靭な精神力を持つ者、に限るが……

 ただし、他人(ひと)との比較が意味無しと思える者、に限るが……


 何百年の時が経っても

 月に刻まれたあの足跡は残っている

 けれども百年にも満たないほんの僅かな時間に

 人は、心を得、笑い、泣き、心を失い、退場する


 しばらくの間ですけど、動物だったことがあるんですよ

 酒場で知り合った言語学者の老いた妻は云った

 その間、いったいどんな気分がしたのです

 自然と口が動いて、わたしが問うと

 あら、全然憶えていないのよ、だから幸せだったんじゃないかしら

 さして楽しそうにでもなく、老婦人が答える

 言語学者の銀髪が彼女の言葉に乗って、さよさよと靡く


 みんな忘れてしまうのだから人生なんていらない

 すべて失ってしまうのだから友達なんていらない

 この世界の中にはどうしたって 叫んだって わたし独りしかいないのだから

 この心の外には狂ったって 脳死したって わたしの他には誰もいないのだから


 今日は大きなカピパラになってお風呂に入っている夢を見て寝よう

 そしてもし次の日にわたしが目覚めたならば

 わたしはその日を受け入れるだろう



14 装置/色彩


 幽霊が虚数の時刻に目の前を通り過ぎる

 そこに実数の影は落ちない

 すると丸くて四角くて三角な物体が

「やあ、この辺りもすっかり変わってしまってね」と云いながら時空を遡り

 過去のわたしを、とある事故から救ってくれた

 今やっと、それがわかる

 そして、この世界とはロジックの違う怪物が現れるのは、まだ先だ


 超人が無数の場面で音も無く活躍する

 見れば老人の杖が崩れる

 やがて黒くて黄色くて真っ青な抽象が

「あの、高速道路の下を潜り抜けて右」と説明しつつ角を曲がると

 未来のあなたを、とある限定から守りに行った

 まだ今は、それと知れぬ

 そして、この世界とはロジックの違う怪物が現れたのは、もう昔


 そのスイッチには、多分、触らない方がいい

 あのウィットには、きっと、決まった主がいない



15 温もり/半円形


 あ

 そら

 ぴかり

 くるった

 ものたちが

 ぼうととかす

 しがおとずれて

 としがあかくそまる

 えいえんのあしおとが

 またとおざかってしまい

 みらいはあなたのうしろで

 うぶごえをあげることも

 あかるくわらうことも

 しることなくさって

 せんしゃのような

 いしにかえり

 はれつして

 こなごな

 やみが

 おり

 む


16 腐乱/新鮮


 いまどき猫いらずを飲んで死ぬとは

 あなたはなんて気取り屋なんだ

 本当は長く長く舌を伸ばして

 あの空をぺろりと嘗めたかったのだろう


 あなたのお通夜はとても静かで

 はしゃぐ子供も、憎しみ多いエリシャもおらず

 曇天だったので当然、星だって見えず

 その向こうにあるあの空をあなたからひた隠した


 数日後、あなたは焼かれ

 煙に変わって憧れの空に上って行った

 あの空はあなたを受け入れて、あなたを天国に導き

 わたしの何気ない想いがあなたの魂を天と地の二つに引き裂いた


 人の想いはいつだって勝手なもので

 林檎の味がしたり、梨の味がしたり

 無花果の味がしたり、毒人参の味がしたり

 サクランボの味がしたりする


 やがて、それがゆっくりと無味無臭になって

 やっとあなたは一つに戻れる

 

 だけど本当に無に還れる日は、遠く、とおい


17 茫漠/端麗


 どれだけ書き込んでもノートは言葉を飲み込んで行く

 絡み合った肉体は太陽のように固まって

 わたしをあなたから遠ざける

 

 あれだけ抱き合ってもベッドは想いを逃がしてしまう

 睨み合った双眸は楽園のように流れ出し

 あなたをわたしから薄れさす


 溺れているのは、わたしの頭の中のあなたの世紀

 呻いているのは、あなたの心の外のわたしの生気


 どれだけうろたえてもノードは刺激に撃たれてしまう

 笑い合った口許は冷原(ツンドラ)のように燃え滾り

 ふたりをひとりへと解き放つ


 唱っているのは、すでに壊れてしまった永久機関

 黙っているのは、天空の意思に拉致されたあの日


18 烏合/待合室


 会った 行った 売った エッダ 追った

 買った 切った 喰った 蹴った 凝った

 去った 知った 吸った 競った 反った

 発った 散った 攣った 照った 撮った

 鳴った     縫った 煉った 乗った

 張った     振った 減った 彫った

 舞った             漏った

 ヤった     結った     酔った

 

 割った 

 


19 柔らかく融ける指


 その扉は絶望から出来ていて

 普通に開けることはない

 けれども扉には玻璃の窓が嵌め込まれていて、覗くと

 仮面を被った子供の群れが

 夕立のように踊っているのが見える

 怖い 怖い 怖い

 それはわたしの感情

 祭り 祭り 祭り

 それはだれかの感傷

 ラララララ……


 その引戸は偶然から出来ていて

 普通はリズムが合わない

 けれども引戸にはオシロスコープが仕掛けてあり、覗くと

 仮面を被った生者と死者が

 隠れ処のように怒っているのが判る

 痒い 痒い 痒い

 それはあなたの現状

 絶えろ 絶えろ 絶えろ

 それは自然の現象

 ルルルルル……


 とにかく追われるようにして目の前にあった梯子を上に上にと昇る。

 その間、景色は暗転/明滅を繰り返したが、わたしは、それに気づきもしない。

 やがて雲の中からオーバーハングが現れ、そこに扉があったので、わたしは無我夢中でドアを開けて中に入る。

 真っ暗だ。

 真っ暗で、真っ暗だ。

 けれども目を瞑ると気の触れた妖精たちが襲ってくるので瞑ることが出来ない。

 でもそれがプラスに作用し、やがて目が暗さに慣れ、わたしは形を見い出す。

 そして、わたしは唐突に悟ってしまう。

 そこが明日であることを。

 明日という名を持つ架空の時空であることを。

 架空の時空だから、細部はわたしの空想の思いのまま。

 だから、わたしが誰もいないと思えば誰もいず、誰かがいると思えば、そこに誰かが創造される。

 わたしの頭の中で声が鳴る。

 わたしがそういうヒトでなかったならば、世界に飢えた老人と子供は存在しなかったかもしれない。

 わたしの中で声が啼く。

 わたしがそういう脳気質でなかったらば、世界は笑いに満ち溢れ、人は死ねばいつまでも尊ばれたかもしれない。

 仮定は架空で、そしてまたドアがあり、ノブをまわせば向こうからもグイとまわしてくる気配が感じられる。

 わたしはぞっとして身体中がゾワゾワしたが、同時にわたしは知ってもいる。

 相手にドアを開けさせてはならない。

 決して相手にドアを開けさせてはならず、かつ、わたしが一番にドアを開けねばならないことを。

 さもなければ世界は永遠にわたしから奪い取られ、悠久の期間に渡り、何処でもない場所になってしまうからだ。ああ……。


 その世界は誘惑から出来ていて

 普通は人間がいない

 けれども世界には神様がウロウロと彷徨い、願うと

 仮面を被った信徒と使途が

 音楽のように湧き出て来るのがウザい

 憎め 憎め 憎め

 それがこの世の生業

 愛せ 愛せ 愛せ

 それがわたしの非意識

 ふふふふふ……



20 肴/さかな・魚


 あなたの顔が段々と変わっていって

 ついに魚になった

 だからあなたとすれ違った詩人は吃驚してしまって

 本来吐くべきだった息を飲み込んでしまい

 それからしばらく経って

 ふう はあ ふう と魚臭い息を吐いた

 そういった日常もある


 月の痘痕がだんだんと変わっていって

 ついに魚になった

 だから望遠鏡で観ていた人は吃驚してしまって

 本来描くべきだった地図を間違えてしまい

 それから結構長く

 ふう はあ ふう と魚臭い夢に落ちた

 だが、それは御伽噺だ


 攻めて来るのはサンショウウオばかりではない

 アダムはいつだって間違いを繰り返す

 ぼくが好きなのはあなたの横顔じゃなくって

 今更のように檻の中に引き返すのか?


 みんなの顔が段々と変わっていって

 ついに魚になった

 けれどぼくだけはいつまでも同じで困惑してしまって

 本来知るはずだった愛を失ってしまい

 それから一遍死んで

 ふう はあ ふう と魚臭い息を嗅いだ

 傍らで笑うのは誰?


 攻めて来るのは人間型ばかりではない

 国家ははいつだって間違いを繰り返す

 ぼくが好きなのはあなたの闘争じゃなくって

 今更のように母の胸に眠る姿だ!



21 じっと・ずっと/じっと


 未来は過ぎ去り過去はまだ来ない

 それは一つの繰り返し

 それとも言い直し


 書いたことが実現すると云った

 キミが夢見たことじゃなく

 夢が見たキミだ


 生命線 運命線 太陽線 知能線

 感情線 向上線 健康線 火星線


 犬の仮面を被った鴨たちが

 ある日一斉に蜂起し

 飛んでいなくなる


 煩い場所で静かにファックした

 蠢き 叫んで 暗転

 明日は蟲の餌


 結婚線 財運線 直感線 人気線

 印象線 妨害線 寵愛線 影響線

 

 ああ、足りない 足りない 足りない……

 ああ、落ちてく さらさら さらさら……

 ああ、見えない 見えない 見えない……

 ああ、どこまで こなごな こなごな……



22 レントゲン/白く映える


 死んだ猫の想いがぐにゃりと床に横たわる

 旧い町の坂をのぼって来る女性の被っている大きな麦藁帽子に目がいって

 いつのまにか、それが背後にあった

 わたしが行ってしまった

 

 昨年死んだ姪はくにゃりとした子供だった

 石畳が何処までも続いて周りが壁ばかりなので一体何処にいるのか惑って

 気がついたら、外側から見ていた

 世間を置き去りにして


 叔母は小柄な叔父にびしゃりと叩かれ続けて

 世間体だけを気にする叔父は叔母の着物に隠れるところばかりを叩き叩き叩き

 斜向かいの、愚かな町の医者は

「転んだのですか?」と問う


 生き返ったあなたはカチャリとスプーンを落とし

 その音はわたしを素通りして第二番目のわたしの耳の上を横を斜めを掠め

 知らぬうちに、そこからも遠ざかり

 闇の中に溶け込んだ


 ※ 種明かしで、この歌詞をレントゲン透視すると、こんな感じだ。


 いきかえったあなたはかちゃりとすぷーんをおとし

 おばはこがらなおじにびしゃりとたたかれつづけて

 さくねんしんだめいはくにゃりとしたこどもだった

 しんだねこのおもいがぐにゃりとあしによこたわる


 そのおとはわたしをすどおりしてだいにばんめのわたしのみみのうえをよこをななめをかすめ

 せけんていだけをきにするおじはおばのきものにかくれるところばかりをたたきたたきたたき

 いしだたみがどこまでもつづいてまわりがかべばかりなのでいったいどこにいるのかまどって

 ふるいまちのさかをのぼってくるじょせいのかぶっているおおきなむぎわらぼうしにめがいって


 しらぬうちに、そこからもとおざかり

 はすむかいの、おろかなまちのいしは

 きがついたら、そとがわからみていた

 いつのまにか、それがはいごにあった


 やみのなかにとけこんだ

 ころんだのですかととう

 せけんをおきざりにして

 わたしがいってしまった



23 花を包む


 花を包む 視線掴む

 君は弾む 心が開く


 犬が笑う 空が晴れる

 虹が光る 心はぐくむ


 今 いま 今を感じて

 今 いま 今がここにある


 砂が迫り 家が壊れ

 人が去って 独りになっても


 橋が流れ 道路が割れ

 山が崩れ みんな消えても


 今 いま 今を確かめ

 今 いま 今を信じてる


 何があろうと ぼくは 野に咲くものを愛すだろう

 何があろうと ぼくは 萌えた命を包むだろう


 遠くを見る 無心に見る

 やがて見える 君の姿が


 近くに寄る 二人駆ける

 ぼくが抱く すべて始まる


 今 いま 今が降り立つ

 今 いま 今が生きている


 今 いま 今を感じて

 今 いま 今がここにある



24 季節/嘘ばっかり


 輪郭がずらされ昇る熱帯夜(夏)

 偽者が映える野中の雪祭り(冬)

 囚われた獣の腹に革命歌(秋)

 気配りの記憶初めて食べる芹(春)


 廃屋の炬燵に放射能、眠る(冬)

 薄闇に毒づく沈丁花、紅く(春)

 羽虫追う虹色の蝙蝠、飛んで(夏)

 擦り切れた布団に埋まる茸、狩り(秋)


 偶像が空からぬらり落ちる夏

 神経の制禦壊れて溜まる冬

 改行を繰り返しつつ毟る秋

 ずぶずぶと絵本に足が沈む春



25 捨てないでください


 何が困ると云って アパートの前に 恋人を捨てられることだ

 これが三輪車だったら まだ わからなくはない

 捨てたのか 放置されたのか それは謎だとしても

 そこに繋がるのは 間接的な関係だからだ

 それに三輪車だったら

 会社や学校に遅刻しそうな大人か若者が乗り捨てることもない

 だから 安心できる

 

 誰が困ると云って デパートの床に 恋人を放たれることだ

 これがラブホテルだったら また 話が変わるが

 飽きたのか 逃げてきたのか 身体に傷はないが

 腸とか精神に 異常がないかどうかわからない

 それに見た目が好みなので

 こっそり ひっそりと 家に持ち帰ってしまいたい衝動に駆られてしまう

 見て唇が乾く


 父にバレると云って リゾートの部屋に 恋人を追い遣ってしまう

 これが一昨日だったら 危ないところだった

 湯が沸いて 景色も良くて 心休まるのだが

 母の気が知れずに 余計なことを考えてしまう

 眉の綺麗な顔が歪み

 身を左右に振って これまで聞いたことがない 艶っぽい声が布団の中で

 わああん と木霊する


26 破綻/知らないこと


 何度、暖簾をくぐっても 現れるのは廃墟だった

 靴下を脱ぐと同時に足も脱げてしまって

 わたしが大地に囚われる

 まあ それもいいだろう

 植物になって野を覆いつくしてやる

 独りの楽園を作ってやる


 何度、扉を開いても 崩折れるのは正義だった

 軍服を着ると洩れなく思想が織り込まれて

 友だちが敵に見えてくる

 まあ それもいいだろう

 戦艦に乗って 海を燃やしてやろうか

 泣いたおまえの胸を砕こうか


 経済が笑いながら甘い言葉を囁き

 政治家が国民に背を向ける

 成り上がった国と落ちぶれた国が衝突し

 親と家を失った子供が死ぬ

 ああ、お腹が空いた


 何度、平手を喰らっても 悪夢は終わらないのだった

 みんなが信じて(/騙され・ユニゾンで) それを強固にしているからだ

 諍いが日常風景

 まあ それもいいだろう

 宗教を興し 民を救いに出ようか

 それとも破壊神を呼び出すか


 隣国が眉を顰め 一方的に罵り

 守銭奴がこの国を支配する

 世襲の金持ちと下賎な輩が

 労働者を相変わらず搾取する

 ああ 喉が渇くな


 経済が笑いながら甘い言葉を囁き

 政治家が国民に背を向ける

 成り上がった国と落ちぶれた国が衝突し

 親と家を失った子供が死ぬ

 ああ、お腹が空いた



27 堕天使/Our Angel was Rising


 つまらぬ喧嘩で妹は死んだ

 錆びたナイフで胸を刺されて死んだ

 駆け寄った姉は「どうしてわたしじゃなかったんだ!」と咽び泣いた

 その声がいつまでもストリートに響き渡った

 底辺だったから仕方がないが、この国はかつてこんな風じゃなかった

 けれども姉妹はそのことを知らない

 生まれてからの日常しか知らない

 汚れを普通と感じることしか知らない

 そして胸をナイフで深く刺されれば人が死ぬと云うことは

 幼い頃から知っている


 界隈に舞い降りた天使は見た

 沈んだ瞳でその光景を見た

 揺らいだ空気は「わおおおん、うわおん、わおうおん!」と伝わりつつ

 無関心な傍観者たちの心を揺さ振った

 神が見放したから当然だが、天使は残って堕天使と揶揄された

 けれども天使にはどうでも良いのだ

 天使には人の心がわからない

 せいぜい、その振幅が感じられるだけだ

 けれど涙の出ない構造である天使の目は何故か濡れる

 神と離れてからのことだ


 涙の枯れた姉は感じていた

 涙の枯れる前から感じていた

 頬を打つ風は「おまえは妹ではないのだ!」と語りかけて

 けれどもその声は姉の耳には届かなかった

 天使と人には同じ光景が、まるで違ったものに感じられるのだ

 けれども同調するところはあった

 深く深い宇宙の最果ての地で

 人の心と天使の夢が交わるのだ

 だから姉はその瞬間、胸の奥に微かな救いを感じ

 生きる希望も生まれるのだ


28 昔/今


 昔、わたしには恋人がいた

 今、わたしには恋人がいない

 昔、わたしには命がなかった

 今、わたしには命がある

 昔、わたしには一つの夢もなかった

 今、わたしには多くの夢がある

 昔、わたしにはあなたを想う心があった

 今、わたしにはあなた以外の人が恋せるような気がしている

 昔、わたしはたくさんの大変なことを味わった

 今、わたしはたくさんの大切なことを味わっている

 ありがとう、感謝します、昔のわたし

 そして、ありがとう、感謝します、今のわたし







29 いまは いない/いる、きみへ


 きみはもうしんでしまったのだから

 はなしかけることができない

 きみはもうてんにかえったのだから

 はなしかけることはできない

 でもきくことはできる

 わらうことはできるよ

 だからなくことはもうしない

 きみにくるしみはない


 きみはもうしんでしまったのだから

 うたをうたうことができない

 きみはもうどこにもいないのだから

 がっきをかなでることもない

 でもきいてはくれるよ

 じっとみつめてくれる

 だからかなしみはもうないさ

 ぼくにくるしみはない


 わたしのなかにきみがいて

 わたしのなかにぼくがいる

 わたしのなかにおもいがあり

 わたしのなかにみんながいる


 らら ららら らら ららら……

 らららら ら ららら……

 

 きみはもうしんでしまったのだから

 となりにみることはないけど

 きみはもうきえてしまったのだから

 ときにはさびしくもおもうよ

 でもきみをかんじるさ

 ふれることはできるよ

 だからもうしたはむかないで

 みんなにえがおみせる


 らら ららら らら ららら……

 らららら ら ららら……


 わたしのそとにきみがいて

 わたしのそとにぼくがいる

 わたしのそとにおもいがあり

 わたしのそとにみんながいる



30 五月のある日/十一月のない日


 赤い 赤い 赤い 液が流れ

 黒い 黒い 黒い 闇を這って

 少女は壊れてしまった

 勝手に壊れてしまった

 少年のことは、もう見えぬ

 だから少年は少女を食べる

 だから少年は少女を食べる

 がぶり がぶり がぶり

 うをお うをお うをお


 緑 緑 緑 コード跳ねる

 黄色 黄色 黄色 神経網

 少年は犯されて死んだ

 見ず知らずの相手だった

 初恋の人は、もういない

 だから少年は自分を毀す

 だから少年は自分を毀す

 ぼきり ぼきり ぼきり

 あをう あをう あをう


 みんなが毀れていなければ

 あの子たちだけが毀れてる

 みんなが毀れているならば

 あの子たちだって同(おんな)じだ


 青い 青い 青い 空の下で

 白い 白い 白い 雲を見上げ

 わたしは毀れてしまった

 勝手に毀れてしまった

 あなたのことは、もう見えぬ

 そしてあなたはわたしを知らずに

 だからわたしもあなたを知らずに

 きえる きえる きえる

 ゐをゑ ゐをゑ ゐをゑ



31 コスモス/ソウルフル・デッドコピー

 

 夜の太陽が凍っている

 ぐにゃりとキミが貼り付いた壁を照らす

 活動エネルギーがすっかり切れてしまったキミは

 ピクリと動くこともない

 たくさんの標本が笑っている あはは あはは あはは

 遠心力は実は向心力なんだ

 重力質量と慣性質量の見分けはつかない


 微細構造定数が約1/137として意味はない

 百数十億年前の光の分岐は偶然だ

 宇宙を、漂う 漂う 漂う

 何処にも行き着かないように


 偶然時間が同期した日に、キミはプラスチックの膚を脱ぎ捨て

 海がないことに気づいて泣いた ぐわら ぐわら ぐわら

 目の前にはぼくがいた


 キミとぼくは愛し合った

 どちらにも生殖器官はない

 そもそもぼくたちは定義上、生きてはいないんだ

 悠久が黴のように腐り始める

 電子回路は放射線に強くない SOS SOS SOS

 生きていないから死ぬこともなくて

 でも証が欲しかった


 シャンデリアが荷重に耐えかねて、落ちて、割れて、弾け、砕けて ガシャリ

 パーティー会場は大混乱

 その騒ぎの中でぼくたちは目を覚まし

 乱痴気騒ぎから、そっと外へ抜け出した


 ぼくたちは寂しさを感じない

 たとえバラバラのパーツに腑分けされても感じない

 宇宙の植民地には今ではヒトが大勢溢れている

 あれ、いつの間にそんなに増えたんだ


 大昔の映画にぼくたちの姿が映っている

 ヒトはどんどん形を変えた

 今ではぼくたちは正真正銘のレトロ・フューチャー

 アダムとイヴだって、おい、よしてくれよ


 でも今それは全部ウソなんだ


 けれども未来永劫に渡ってウソであるとは限らない

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ソウルフル・デッドコピー・プリーズ り(PN) @ritsune_hayasuki

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