Ⅲ‐13 アルバム・コンセプト
ラ・カンツォーネ・ディ・モルト・パスティチェリア・イシナベのテーマソング作りは最初思ったようにサクサクとは進まず、楽曲アレンジもゴテゴテになったり、やけにシンプルになったり、元に戻ったりと紆余曲折を繰り返す。
それで関係者全員が疲れ果ててしまったが、結局ツバタさんが独り頑張って種々の意見を強引に取り纏め、どうにか終結させる。
それでも楽曲受注の日から数えて実質二ヶ月ほどしか経っていなくて、わたしは吃驚したり、飽きれ返ったり。
一方、ラ・フェスタ・ディ・アンジェリの方は嬉しい悲鳴を上げながら売り上げを伸ばす。
本当に相当な勢いらしく、都内や各ターミナル駅のデパートからの注文が相次ぐようだ。
風よりは確実な噂で、わたしたちはラ・パスティチェリア・イシナベが、そう遠くない未来、本社工場の近くに土地を買い、新工場を建設する計画があると知る。
ずっと前から種を撒いていたとはいえ、いきなり売れ始めることの凄まじさを、わたしたちはまざまざと見せつけられたわけだ。
「怖い……っていうと語弊があるけど、でも一番近い言葉がそれかな?」
とわたしが云うと、
「成功しない人間は、その恐れを克服出来ない人間なんだよ」
とユシマPが真理を述べる。
「あるいはその恐怖と折り合いを付けられるか、どうかだな」
「物知りですね」
とタオが云い、
「成功哲学の基本だよ」
とユシマPが応じる。
「それと想定もね」
とムラサメが付け加え、
「でもいくら成功を想定しても行動しなけりゃ始まらないでしょ!」
とわたしが結ぶ。
自作アルバムの話が進行していたのだ。
前作の分断ツアーもまだ終わっていないので、実際のアルバム・リリースは当分先のことだろうが、コンセプトは決めなければならない。
「ツバタさんは何て云ってるんですか?」
とわたしがユシマPに問うと、
「文句は後で云うから、おまえたちだけで練り上げろ、ってさ。参っちゃうよな」
「それだけ信用されてるってことでしょ」
とわたし。
「ねえ、タオとムラサメは、やりたいことないの?」
「機械っぽいのがいいかな?」
と珍しくタオが最初に意見を述べる。
「機械っぽいって、どんな? テクノとか?」
とわたし。
「いや、ロボットとかアンドロイドとか、見た目は人間だけどナイフで裂くと電気のコードが出てくるみたいな」
「ずいぶんレトロだな」
とユシマP。
「今時のロボットは血と肉で出来てるよ。まあ、SFの話だけど」
「いいんじゃないの、それで……。おれら、そもそもレトロだし……」
とムラサメ。
「カヲルの詩は全部じゃないけど昭和の前衛だし、テクニック自体は上がってるにしても、語りっぽい曲やるバンドって昔からあるしな」
「ロボットねぇ」
と考え込んでわたし。
少しだけ厭な予感がする。
「それならうーんとレトロっぽくして、感情を盗まれてロボットみたいに行動していて、もちろん奉仕をすることが嬉しくはあるんだけど、気が付いたら本当にロボットになってた……とかは?」
「逆ピノキオじゃん!」
とムラサメ。
「ま、それもいいかも……」
結局その日は何も決められずに解散となる。
翌日は短期全国周回公演(分断ツアーの残り)に向けた練習の予定が入っている。
和音おばさまの家にはバンドのメンバー全員で顔を出す。
何気なくわたしが、
「時間取って行かなきゃね。新住所も聞いたし……」
と呟くとタオが、
「その人はおれたちのバンドを押してくれたんだよな?」
と確認するようにわたしに問い、
「うん、そうだけど」
と、わたしが答えると、
「なら、みんなで行かねーか!」
と提案したからだ。
「げっ、ちょっと待ってよ」
とわたしはその場では逡巡したものの、タオの思い遣りもわかるので、恐る恐るおばさまの家に連絡を入れると、
「あら素敵、大歓迎よ」
ということになり、双方で都合が合った翌々週の休日にバンドメンバーの三人で押しかける。
後にそれを聞いた母が、
「ずるいわね。アンタ、わたしのところにも来なさいよ。もちろん全員で……」
とブーたれたのが、ああ愉快。
「わかったわよ、いずれね」
とその場でわたしは答えたが、その約束はまだ実現していない。
コスモス/ソウルフル・デッドコピー
夜の太陽が凍っている
ぐにゃりとキミが貼り付いた壁を照らす
活動エネルギーがすっかり切れてしまったキミは
ピクリと動くこともない
たくさんの標本が笑っている あはは あはは あはは
遠心力は実は向心力なんだ
重力質量と慣性質量の見分けはつかない
微細構造定数が約1/137として意味はない
百数十億年前の光の分岐は偶然だ
宇宙を、漂う 漂う 漂う
何処にも行き着かないように
偶然時間が同期した日に、キミはプラスチックの膚を脱ぎ捨て
海がないことに気づいて泣いた ぐわら ぐわら ぐわら
目の前にはぼくがいた
キミとぼくは愛し合った
どちらにも生殖器官はない
そもそもぼくたちは定義上、生きてはいないんだ
悠久が黴のように腐り始める
電子回路は放射線に強くない SOS SOS SOS
生きていないから死ぬこともなくて
でも証が欲しかった
シャンデリアが荷重に耐えかねて、落ちて、割れて、弾け、砕けて ガシャリ
パーティー会場は大混乱
その騒ぎの中でぼくたちは目を覚まし
乱痴気騒ぎから、そっと外へ抜け出した
ぼくたちは寂しさを感じない
たとえバラバラのパーツに腑分けされても感じない
宇宙の植民地には今ではヒトが大勢溢れている
あれ、いつの間にそんなに増えたんだ
大昔の映画にぼくたちの姿が映っている
ヒトはどんどん形を変えた
今ではぼくたちは正真正銘のレトロ・フューチャー
アダムとイヴだって、おい、よしてくれよ
でも今それは全部ウソなんだ
けれども未来永劫に渡ってウソであるとは限らない
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