Ⅲ‐10 口ずさむ

 実際、現場の雰囲気と楽曲のイメージがどう繋がるのか、自分でも良くわからない。

 それに付け加えれば、ラ・パスティチェリア・イシナベの誠実なイメージは、ここに来るまでもなく既にわたしの中で出来上がっている。

 ラ・フェスタ・ディ・アンジェリの最初の一口でそれがわかったのだ。

「そういえば、わたしたちのバンドを推薦してくれた社員の方がいるんですよね?」

 だから、そのことを訊ねてみたくなる。

 イシナベのお菓子の誠実さはまともな舌を持った人間なら誰でもわかる。

 不思議なのは、その味とわたしたちのバンドを結びつけた糸だ。

 タオの云うように、わたしたちのバンドはまだまだ有名ではないから広告会社経由で指名される有名バンドや作曲者もしくは作詞家よりも絶対的に安いだろう。

 でもだからと云って、よりによって何故わたしたちなのだろう、という疑問が残る。

「ええ、そうよ」

 とわたしの疑問に美代子社長がきっぱりと答える。

「正直いって最初にあなた方のビデオクリップを見せられたときの印象はクエッションマークでしたよ。でもカヲルさんの歌声は嫌いではなかったし……。そして、さっきのあのメロディー」

 そう云って、あろうことか美代子社長が曲のメロディーを口ずさみ始める。

 わたしもツバタさんも吃驚して聞き入るしかない。

 もちろんオオヤギさんは自分の職務を果たしている。

 音は若干揺れたが、由美子社長が大きく外すことなくメロディーを最後まで口ずさみ終える。

「少し間違っちゃったかしら?」

 と由美子社長の細い目に間近から見詰められ、わたしはブンブンと大きく首を横に振る。

 ついで――

「OKです! 全然、大丈夫です!」

 と慌てて言葉を付け加える。

「でも凄いですね。社長さん、ピアノとか楽器を習っておれらたんですか?」

 それに答えて由美子社長が云う。

「違うのよ」

 と一旦言葉を区切り、

「すごいのはカヲルさん、あなたの方よ。音楽に無縁なこんなおばあちゃんに、お歌を口ずさまさせたりするのですから」

 と一気に続ける。

 だから――

「あ、ありがとうございます」

 と素直にわたしが礼を述べる。

 それに応じ、

「もちろん今のでまったく悪くありませんけど、でももっと良くなるのでしたら期待しますよ」

 と美代子社長までがわたしにプレッシャーをかける。

 だから、ままよ、とわたしは思う。

 考えてどうにもならないなら自分を信じるしかないじゃないか!

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