Ⅲ‐7 じゃれる

 結局、それから歌詞の別案を考え、翌日の夕方までに一番のみで三パタンを作り、その中の一つは定番のように会社名連呼みたいなモノになる……というか、ならざるを得ない。

 だいたい、こんな感じだ。


 イシナベ イシナベ

 天使も微笑み 華麗に舞うよ

 イシナベ イシナベ

 みんなも微笑み ほっぺた落ちる

 ラ・カンツォーネ・ディ・モルト・パスティチェリア・イシナベの

 ラ・フェスタ・ディ・アンジェリ

(最後の部分は差し替え可能で、単に「みんなのみんなのお菓子屋さん」となるヴァージョンもある)


「どう思う……って、訊くまでもないけど」

 とタオに問うと、

「まあ、メロディー勝負だな」

 と予想通りの答えが返ってくる。

 さらに――

「歌メロはカヲルに一任するから……」

 とか飄々と宣うので、

「てめーのバンドだろ! 少しは仕事をしろよ!」

 と思いっきり噛み付いて脛を蹴り上げる。

「痛ってーな。おお、もう怖いね!」

 タオが足を抱えてすっごく大切そうに両手で撫ぜ、それから小声で、

「乱暴なウメコだって滅多にそんなことしないのに……」

 とぼやくから、

「どうやったらあの優しそうなウメコさんに蹴られるんだよ、もう!」

 と呆れ果て、わたしが云う。

 まあ、じゃれてただけだ。

 そんなことはわかってる。

「ツバタさんは歌メロまで要求してなかったよね」

 と少し落ち着いたところでタオに確認すると、

「口ずさんでくれぐらいのことは云われるんじゃね、先方で……」

 そんな怖いことを云うものだから、

「歌詞だけでヘベレケでメロメロだから歌メロまでは無理だよ」

 と弱音を吐くと、

「カヲルは天才だから大丈夫」

 とタオに壮大にヨイショされる。

 ま、その言葉が聞きたかったんだけどさ。

 自分の気持ちを奮い立たせるために……。

「じゃ、とりあえず連絡するから……」

「あい」

 そう返事をするとタオが立ち上がり、キッチンの方に歩いて行く。

 ちぇっ、冷たいな。

 とにかく頑丈な狼印のパープル色の鞄からスマホを取り出し、ツバタさんに連絡を入れる。

 が、繋がらない。

 数回かけたが、いずれも圏外だ。

 だからメールにする。

『とりあえず三パタン出来ました。かしこ。カヲル』

 溜息を吐いたらタオが無言で熱いコーヒーを差し出してくれる。

「ありがとう」

「いなかった?」

「出なかった!」

 メールに返事が返ってきたのは、それから三十分以上経ってからだ。

 その内容は怖ろしいことにタオの予想通り。

「そんなに真剣じゃなくていいから一応歌メロも頼みます。向こうに行くまでに聞いてNGだったら使いません。明後日の午前九時丁度に事務所にお願いします。それから、あまりタオのところに入り浸らないように……。おれは疑わないけど、世間は結構煩いからな。では……」

「……だってさ」

 スマホの画面を覗き込んでいたタオにわたしが云う。

「ウメコが騒がないなら平気だろ」

「世間じゃ、そういう問題じゃないんだよ。寸暇を惜しんでセックスしているアイドルもいるらしいからね」

「そんなこといったら、おまえ最近、そもそもセックスしてねーじゃん」

「煩いなあ。別にヒトの勝手でしょ……って、なんでタオにわかるわけ?」

「何日か前クリオネで呑んでてナンパされて、そこそこいい男だったから付いてったのに土壇場で逃げたろ!」

「げっ!」

 いきなり顔が赧くなる。

「どうして知ってるわけ? ありえなーい!」

 するとタオが笑いながら説明する。

「どうしてって、アイツ、オレの知り合いだからさ。世間は狭いっつーの」

「アンタに云われたくないわい」

 そうこうするうち、その日は早番だったウメコさんが帰って来る。

 開口一番、

「あら珍しい。まだいたんだ!」

 と云うから咄嗟に、

「ご主人にはいつもお世話になっております」

 と応じて笑われる。

「久しぶりにご飯作る気だけど食べてく?」

 と返す刀でウメコさん。

「あ、あ、あ……」

 とわたし。

 すると――

「おい、心配すんなよ。前よりずっと上手くなったんだぞ、ウメ子の料理。人の口に入れても平気なくらい」

 とタオが云い、すかさず拳骨で殴られる。

「ま、ウメコもそう云ってることだし、たまには違うモンを口に入れると新しい歌メロが浮かぶかもよ」

「なんだよ、なんだよ、結局仕事の話かよ!」

「あなたたち、いつ見ても仲いいわね。わたしよりも付き合い短いくせに……。で、食べてくの、いかないの?」

「それではご相伴に与ります」

「じゃ、ちょっと手伝ってくれるかな? あなたにちょっと話したいことがあるから……」

 と、そう云い、ウメコさんが不敵にわたしに微笑む。

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