Ⅲ‐6 悪戦苦闘
食べれば街が甘くなる
つまめば空が晴れてくる
語ればみんな友になる
お菓子たちの歌が聞こえる
そこまで書いて、わたしはすぐに根を上げる。
「絶対にムリ!」
「まあ、そうクシャクシャしなさんな」
そんなふうにわたしを諌めるのはいつもタオだ。
いつもの風景。
いつものタオの家。
そしてウメコさんはいない。
「最初の三行まではいいと思うよ」
「じゃ、四行目はどうしてダメなのさ」
「何か冷たいんだな。事実を述べてるだけの感じっていうか、醸し出されてるっていうか……」
「そうかー」
「そうだー」
「そうねー」
「そうよー」
「じゃ、語りかけにしてみるね」
食べれば街が甘くなる
つまめば空が晴れてくる
語ればみんな友になる
ホラ、お菓子たちの歌が聞こえない?
「うーん、まだまだ」
「じゃ、どうすりゃいいのさ」
「二行に分ければ……」
「そうかー」
「そうだー」
「そうねー」
「そうよー」
「じゃ、倒置にするね」
食べれば街が甘くなる
つまめば空が晴れてくる
語ればみんな友になる
ホラ、聞こえてこない?
お菓子たちの歌が……
「全然、手抜きじゃん」
「あははは……。バレたか!」
食べれば街が甘くなる
つまめば空が晴れてくる
語ればみんな友になる
ホラ、あなたには聞こえない?
お菓子たちの笑い声
「お、決まったね。これで、まずまずの第一案」
「えー、もういいよ。これだけで……。この詩を元に二番とか三番とかまで書くのって逆に大変なんだよ」
「そりゃ知ってますとも……。だけど字数制限が却って別の意味を運んで来たりもするじゃん。全体が変わったこともあったっけ?」
「あったわよ、いくつも。タオたちが知らないだけでさ。……そういえば今日、ムラサメは?」
「のっぴきならない事情が出来たってカヲルが来る前に電話があったよ」
「ふうん。何だろうね。……まさか、彼女と結婚とか! あるいは親に引き裂かれるロミオとジュリエット?」
「どっちもロミオとジュリエットには見えないだろ」
「まあ、そうね。でもムラサメは普通に格好良いし、ムラカノ(ムラサメ彼女の略)だって、あんなキツイ秘書メイクしなけりゃ、フツーに可愛いのに……」
と、そこで何故か溜息を吐くわたし。
「ねえ、もしタオがムラカノのお父さんでムラサメが『お嬢さんをください』ってやって来たら、やっぱり『バンドなんかやってる馬の骨には娘はやれん!』とか云うの?」
「バンドったって、億単位で金を稼いでいるのもいるわけだから、それだったら『娘をよろしく』とか云うんじゃね」
「じゃ、わたしたち程度だったらどうなのさ?」
「顔を洗って出直して来い、かな?」
「ふうん」
「ところがどっこい、娘の行く末を案じるその母親が実はラ・フェスタ・ディ・アンジェリのファンで、そしてバンドがラ・何とか・イシナベのCMソングを作っていたと何処かの誰かから聞きつけて突如考えが変わり……」
「もう。タオ、止めてよ。わたしにプレッシャーかけて楽しいわけ?」
「おまえがやる気ないから油を注いだんだよ」
「……って、それで、すぐに言葉が浮かぶわけもなく」
「カヲルにはないわけ。ホットケーキとか、杏仁豆腐とかの思い出が……」
「ホットケーキと杏仁豆腐じゃ、ずいぶん違うけど、母の手作りお菓子の話だったらないこともないわよ」
「だろ! 当事はさ、たいして美味いとは思わなかったけど……っていうか、いや、はっきり云って不味かったけど、今思うと心がほっこりするって云うか、美味かったんだよな」
「あたしの場合は母が作ってくれたモノって全部とっても美味しかったんだけどさ、回数が致命的に少なくてね。だからとにかく嬉しかった」
「だろ! だろ! だから、そんな感じで書けばいいんじゃね」
「まあ、云ってることはわかるけど、そうねえ……」
と再びわたしが溜息。
急に全然関係ないことを云いたくなる。
「今現在タオが人のモノだって云うのはどこまでも納得がいかないんだけどさ」
と今更のようにわたし。
「でも、ま、わたしのことを拾ってくれたのがタオで良かったよ」
するとタオはしれっとした顔でこう答える。
「だからさ、それが勘違いなんだよな、カヲルの……。おれはおまえで儲ける気だから……。それでヤル気、満々!」
「いいよ、それでも。だけどさ、タオ、わたしを拾ってくれありがとう」
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