Ⅲ‐4 曲への想い

 この歌を初めて歌ったとき、ライブ会場にいたお客さんたちは最初皆ポカンとした顔付きを見せる。

 無理もないとわたしは思う。

 それまでのわたしたちの曲の雰囲気とは、まるで掛け離れていたからだ。

 それでも全員騒がずに黙って曲を聴いてくれ、歌い終わったときには複数の溜息とともに静かな拍手が贈られる。

 泣いている人も何人かいる。

 怒っている人も数人いたが、それ以上に戸惑っている人の数が多くて、だけど送られた拍手に嘘はない。

 だから、わたしたちバンドメンバー三人は謙虚にそれを受け入れる。

 もちろんわたしたちには、これまでに作ってきた曲を否定する気持ちはさらさらない。

 また結果的にはそう見えてしまったのかもしれないが、大衆受けするメジャーバンド路線に擦り寄ったわけでもない。

 響音レーベルのユシマPは最初の曲の披露後、右手の親指をグイと上に突き上げ、ゴーサインを出す。

 ローレライ・レーベルのツバタさんはずいぶん長い間難しい顔をしていたが、最後に、

「ま、いいだろう。おまえらと心中するさ」

 と云い、すぐに曲の詰めを考え始める。

 通常版としてシングルをリリースする他に別途アレンジを代えた――具体的に云えば中規模のストリングスと女性合唱を加えた――ヴァージョンのレコーディング計画を練り始めたのだ。

「今はまだステージでその編成でやることは無理だけどさ、いずれやれるようになろうな……って云うより、そこまで持っていけるようにおれも頑張るよ」

 ツバタさんのその言葉にポカンとしたのは、わたしたち三人の方だ。

 そりゃあ、わたしだって今よりもっともっと売れたいし、今のカツカツな生活の感じでは長生きは出来ないだろうと信じている。

 ステージとレコーディング合間の比較的長いオフのときには、いろいろな不安から、ついわたしはバイトを入れてしまうし、そうしないと実際生活はキツイ。

 幸い――今のところ――食べることには困らないが、同じ年齢のOLもしくはCWの給与にわたしの給与は届きもしない。

 仮に現在住んでいるボロアパートが建て替えになり、別のところに引っ越して家賃が上がれば、新しい楽器を揃えることさえ難しくなる。

 ステージ衣装については考えたくもない。

 わたしたちのバンドは立派なプロバンドではあったが、最底辺に近いプロなのだ。

 ステージには観客が入ってくれるが、それだけでシングルやミニアルバムが業界紙のトップチャートに入るはずもない。

「何だったら、わたしを利用してくれてもいいわよ」

 自分としては愚痴ではないつもりだったが、母にはそう聞こえたのだろう。

 送受器の向こうから母が云う。

「ま、わたしだって、大した知名度じゃないけどさ。これまでアンタには親らしいこと、ほとんどしてきていないし……」

 確かにそれはそうかもしれないが、母にだって野望もあれば、食べるための生活もある。

 別れた父からの――わたしに対する――援助があったにせよ、癇の強い、強情でフキゲンでバカな娘を育てつつ、一人前の脚本家として名を成した母を、わたしは素直にすごいと思う。

「うん。必要になったらそうさせてもらうけど、今はまだいいわ」

 だからわたしは母にそう告げる。

「ありがとう。でも、まだ自分で頑張るから」

 自分の口からそんな言葉が出てくるなんて、思いもよらなかったわたし自身だ。

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